青少年の懊悩 03

「では、私服での審査に移る前に、審査員の紹介をします!」

ミゲルが勢い良く右手を挙げると、それを合図にラクスが一歩前に出た。

「ラクス・クラインですわ。今回このミス・ザフト・コンクールの審査委員長を務めさせていただきます」

あのまわりの心まで溶かすような微笑みを浮かべ、彼女は一礼する。

頭を上げるときに、最前列の中央に座っているラスティと目が合った。にっこりと笑みを深くする。

何故か背筋を悪寒が走り、ラスティはぶるりと身を震わせた。

「な…何だ…?」

「見ろよラスティ!い…今、今ラクス様が俺に微笑んだぞ!」

興奮した同僚の声で、ラスティは我に返った。と言っても、勘違いした同僚は放っておいて、アスランのほうへと視線をやる。

案の定、と言うか、アスランは真っ青な顔でがたがたと震えていた。

今すぐ側に行って支えてあげたい衝動に駆られるが、如何せん彼はステージの上。

「何だかロミオとジュリエットみたいだ…」

「ああ?ラスティ、何か言ったか?」

切なげな溜息をつくラスティを、両隣の席に座る同僚たちが怪訝そうに見る。

だが彼がそれに答える前に、ステージの上のラクスが口を開いた。途端、誰もがそちらに気をやってしまう。

「それでは、その他の審査員の方々を紹介いたします」

舞台の上がまた薄暗くなり、今度はラクスにピンライトが当てられた。

続いて二本目のライトが観客席中ごろを照らす。

「うそ…」

ラスティは思いもよらぬ人物をそこに見つけて、呆然と席を立った。

まわりの同僚も、他の観客たちも、皆一様に驚いた顔をしている。

しかしそれも当然のこと。

「国防長官…」

「右から順に、パトリック・ザラ様」

驚きのあまり掠れたラスティの声に被さるように、ラクスの歌うような言葉が響く。

「エザリア・ジュール様、ユーリ・アマルフィ様、以上のお三方ですわ」

しんと静まり返った会場に、ラクスの声が場違いなまでに明るく響き渡った。

誰もが息を詰め最高評議会議員の三者を凝視する中、最も大きな衝撃を受けていたのは、他でもない、その子供たちである。

「は…母上…」

イザークは冷や汗を大量に流し、

「今度は…きっとラクスさんの差し金ですね…」

ニコルはこれ以上ないというほどの渋面をさらし、

「…ち、父上、どうして…」

アスランに至っては、ラクス登場の衝撃と相まって、それ以上言葉も出てこないほど混乱していた。

ステージ上にいる他の参加者たちが、同情を含んだ視線を三人に送る。観客のうち比較的前方に座る同じ訓練所の仲間たちも、何とも言えない表情で三人を見た。

ただ、ミゲルとディアッカだけが、うんうんと満足気に頷いている。

「いやホント、ラクス・クラインを審査員にってミゲルが言い出したときは正気を疑ったけど、ある意味これ以上の適役はいなかったなぁ」

「だろ?彼女なら顔も効くし、ネームバリューもあるし」

「問題はあの四人が審査員だと、スゴク私情に走った審査をしそうだってことぐらいか…」

上機嫌だった顔を少し歪めて、ディアッカは嘆息する。

「まぁ、その点は仕方ないんじゃないか?一応公平にお願いしますとは頼んでおいたが…」

ミゲルはそう答えながらも、一抹の不安を感じたようだ。ラクスのほうへと視線を送り、何度か確認するように頷く。

しかしラクスは二人の視線を感じながらも、一瞥にもせず、ただアスランを見ていた。

アスランはそれに気付くと、引き攣った笑みを浮かべる。何と言っても相手は婚約者だ。見詰められて笑顔を返さないわけにはいかない。しかしこの状況下では、それはあまりにも酷な話だった。

その笑顔を見て、ラクスは一層その笑みを深くした。にっこりと音のしそうなその満面の笑みに、アスランの肩が震える。

「アスラン…?」

ニコルが労わるようにアスランの肩を抱く。

アスランは我に返って、ニコルを見た。そして彼の心配そうな顔を見つけると、弱々しく微笑んだ。

「大丈夫。…何でもない」

「何でもなくはないだろうが。まったく、これくらいのことで落ち込むなんて、貴様にはエースとしての」

「イザークは黙っててください」

エザリアの登場に動揺していた自分のことは棚に上げてのイザークの言動を、一言の元に切って捨てるニコル。

イザークはぐっと詰まったが、すぐに言い返そうと口を開く。

だがそれよりも早く、背後から女性の声が割り込んだ。

「三人とも、もう私たちは引っ込む時間よ。ステージから退場して」

言われて振り返ってみれば、ミゲルとディアッカが何やら観客に向かって話している。この後の審査についての説明をしているようだ。

予定では、この間に参加者の休憩と着替えを済ませることになっていた。

「アスラン、行きましょう」

そっと肩に手を添えて、ニコルがアスランを舞台袖へと促す。

ひとつ大きく舌打ちしてから、イザークもその後に続いた。

参加者の退場が完了すると、ミゲルとディアッカが中央のステージに立ち、照明が絞られた。ゆったりとした音楽が流れ出し、舞台装置が自動的に移動を始める。

「では、これから審査の方法についての説明を始めたいと思います」

ミゲルが振り返ると、巨大パネルに先程紹介があった四人の審査員の顔が映し出される。参加者とともに舞台袖に退場したラクスの箇所だけ静止画だったが、他は皆動画である。

「コンテストは前半、後半に分かれ、前半では軍人としての美しさを競っていただきました。これから始まる後半では、軍人としてではなく、一人の人間としての美を体現して頂く予定となっております」

観客席から拍手が沸き、どこからか口笛が上がった。特に前方の軍部関係者の中には、歓喜の雄たけびを上げるものまでいる。

だが、ミゲルの後を継いでディアッカが口を開くと、途端ぴたりと歓声が止む。

異様な雰囲気の中、ディアッカは説明を続けた。

「審査員の方々には、前半、後半の結果を総合的に判断して頂き、最終的にグランプリ一名、準グランプリ二名を選んでいただきます」

総合的な判断、というのは、裏を返せば何も基準はない、ということだ。このあたりに主催者ミゲルの大雑把な性格がよく表れている。

「では、審査員の方々に、前半を終えての感想を伺ってみましょう」

パネルが切り替わり、パトリックの顔が全面に映し出された。威圧感のある渋面に、ミゲルとディアッカは一瞬たじろぐ。

少なくとも、この人は自分の息子を贔屓したりはしないかも知れない。

「ええと…では、審査委員長のラクス・クラインさんは移動中ですので、まずはパトリック・ザラ国防長官のご意見を伺ってみましょう」

「どうですか、ザラ委員」

ミゲルに続いて、ディアッカがパトリックを見上げる。

それを受けて、パネルの中のパトリックが、重々しく引き結ばれたその口を開いた。

「26番が優勝だ」

瞬間、水を打ったように観客が動きを止める。

ミゲルとディアッカも、咄嗟に対応できずに、口を開けたまま固まってしまった。

即座に対応できたのは、やはり同じく審査員であるエザリアとユーリだった。

「何を言うか!25番で決まりだろう」

「いいや、24番のほうが…」

拳を握って力説する二人に、パトリックがうるさげな視線を向ける。

「今意見を聞かれているのは私だぞ」

「お前のは意見じゃないだろうが!いけしゃあしゃあと…!」

「そうだぞ、パトリック。こういう場合にはな、どこが良かったとか、そういったことを…」

「だから26番が…」

どこまでも続きそうな言い合いに、ようやく立ち直ったミゲルが割り込む。

「落ち着いてください」

途端、三人が勢い良く振り返った。自分に向けられた六つの視線に、ミゲルは思わず仰け反る。だが、背後にディアッカがいることを思い出し、先輩としての意地で、踏み止まった。

「せ、整理してみましょう。ザラ委員は26番のアスラン・ザラさん。ジュール委員は25番のイザーク・ジュールさん。アマルフィー委員は、24番のニコル・アマルフィーさんを特に推している、と…いうわけ…ですね…」

最後まで言い終わらぬうちに、ミゲルは自分の失言に気付いた。わざわざアスラン達の正体をばらすような真似をしてしまったのだ。

しかし、観客の多くは議員達の口論の様子に呆気に取られたままだったので、それほど混乱なくすんだ。

とは言え、それを幸いとすることは出来ない。このまま三人の審査員に任せておいたら、事態の収拾が着かなくなる。

どうしようかと考えあぐねている内に、ピンクの髪をした救いの女神が舞い降りた。

「あらあら、どうなさったのですか?」

通用口から入ってきたラクスに、観客の視線が移る。

しめた、と、咄嗟にミゲルは照明係に合図を送った。それを受けて、ラクスにピンライトが当てられる。

「ラクス嬢、審査委員長として、前半を終えての感想をお願いします」

「感想、ですか?」

強引にまとめに入ろうとするミゲルに、ラクスは瞬く。だが、一度くすりと笑むと、審査委員席に向かいながら口を開いた。

ミゲルは何となく、この歌姫が恐ろしくなる。

「そうですね…私は、皆さんとてもお綺麗だと思いましたわ」

言って、ふわりと笑った。

こんなセリフを待ってたんだ、とディアッカが拳を握る。

「ラクスさんの仰る通り、皆さんとても美しかったですね。では、更に美しい彼女たちを御覧に入れましょう」

少々強引だが、まあ良いだろう。ミゲルはディアッカに頷くと、舞台袖にすでに控えている参加者の女性に合図を送った。

「それでは、後半の始まりです!」

その少し前のこと。舞台袖は騒然としていた。

「あの三人はどうしたの!」

「まだ控え室に…」

「ここまで来て、立て篭もりなの…?」

「違いますよ。もっと性質が悪いんです」

ドタバタと動き回っていた女性たちは、自分たちの中に混ざっても違和感ない高めの声に、ぴたりと動きを止めた。

「ニコル君…!」

「他の二人はどうしたの?」

「やっぱり、立て篭もり…」

「ああもう、落ち着いてください」

一斉に詰め寄る彼女たちに、ニコルは両手を上げて押し返すような仕草をする。女性に囲まれて悪い気はしないが、さすがに二十人以上に鬼気迫る表情で迫られては、頬を染める気にもなれない。

「僕とアスランは、出られます。しかしイザークは…」

重々しく話し出すニコルを、女性たちは固唾を呑んで見守った。

「イザークは、すぐには無理です。ちょっと事故がありまして…」

「事故?」

聞き返されて、ニコルは真剣な顔で頷く。そして詳しい事情を説明しようと口を開いた。

だが、すぐに閉ざしてしまう。

「ニコル?」

控え室の方から、アスランが現れたからだ。片手にタオルを持ち、何故かまだ軍服を上に羽織っている。

「アスラン君、あの服は?」

「一応、この下に着ています。ニコルが、出番まで上にもう一枚着ているようにと…」

「そうなんです。それが原因なものですから」

ニコルの発言に、また皆の視線は彼に戻った。訳が分からず、女性たちはもとより、アスランも目を瞬かせる。

「論より証拠。アスラン、そのタオルを広げてください」

「あ、ああ…」

戸惑いながら広げられたタオルを見て、女性たちは動きを止めた。瞬きも忘れて、食い入るようにそれを見詰める。

タオルには、おびただしい量の血がべっとりと付いていた。

「替えのタオルが欲しいんだ。まだ、止まらなくて…」

何故か申し訳なさそうに言うアスランに、女性たちは我に返る。

「アスラン君、それって…」

「鼻血です」

聞かれたアスランではなく、ニコルが答えた。

場に気まずい沈黙が流れる。

「つまり…イザーク君が鼻血を出したわけね…」

「あ、はい、そうです。服を着替えて顔を合わせたら、突然…。理由が良く分からないので、心配なのですが…」

律儀に答えるアスランに、何人かが嘆息する。

「いや、理由は明白だから。…ニコル君は、大丈夫だったの?」

「僕はイザークとは違います。いざと言うとき困るじゃないですか、これくらいで鼻血を出すようでは」

いざと言うときとはどんなときだ、と何人かが心の中で突っ込む。

第一、イザークの鼻血の原因がはっきりしているのだから、その元凶とも言うべきアスランに看病させるのは如何なものだろう。

だが、ニコルはそんな周りの様子を気にもせず、てきぱきと指示を出し始めた。

「取り合えず、後半は一人ずつ舞台に出ますから、イザークの出番までまだかなり間があります。イザーク無しで話を進めましょう」

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