2003年5月1日、愛知県豊橋市に残る二川本陣と併設の資料館を訪れました。豊橋駅から
JRで一区間。料金190円。浜松行きに普通に乗車。一区間だからすぐ着くと思っていましたが、10分ほど
かかりました。駅から旧東海道を歩き始めました。1キロほどと聞いていましたが、歩いても歩いてもなかなか着
きません。途中で不安になりましたが、資料館まで、あと450メートルの表示を見てほっと一息。ちょっと
大げさですが、着いたときは「やっと着いた」という思いでした。
豊橋市内で開かれた文化講演会の後、訪れたため遅くなり、資料館に着いたのは午後4時。
受付で「4時半までですが、いいですか」と聞かれたので、「いいです」と答えると、「本陣のほうはぴったりに
閉めますが、資料館は45分までいいので、先に本陣を見てきてください」と言われ、駆け足で見てきました。
東海道五十三次には111件の本陣がありましたが、今に残るのは、ここ二川と草津だけ、といいます。
草津の本陣は見ていないので、分かりませんが、ここの本陣は解体修理されているため、古い木材を使っている
のですが、整然としすぎていて、私には古さが感じられず、少しがっかりしました。
駅から歩いていて不思議に思ったのは、宿場町の面影が希薄なこと。1軒や2軒は、それらしいたたずまいが
ありましたが、近代的な建物ばかり。これほど古い建物が残っていない宿場町も珍しい。テツ&トムばりに
「なんでだろう」です。私は、こう考えました。「経済基盤が江戸時代以降も沈下していない。経済的に
裕福なため、古い家をいち早く建て替えたのであろう」と。
二川宿は、東海道五十三次のうち33番目の宿場町。町並みの長さ東西12町16間(約1.3キロ)で、
宿場としての規模は小さく、「東海道宿村大概帳」(天保14年)によると、家の数が328軒、このうち
本陣、脇本陣各1軒、旅籠38軒となっています。安藤広重の保永堂版東海道五十三次に「名物かしわ餅」
の看板がかかった茶店と、三味線を弾きながら旅をする盲目の女性3人が描かれています。
本陣に併設される資料館には、資料がそろい、出版物も多く、歴史を感じさせます。私も数冊買ってきましたが、
機会があったら再度、訪れようと思っています。
【写真は解体修理された二川宿本陣の外観】(2003年5月17日作成)