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Artist

サンディー

Title

パシフィカ


pacifica
English Title PACIFICA
Date 1991
Label 東芝EMI TOCT 6375(JP)
CD Release 1991
Rating ★★★★★
Availability ◆◆◆◆


Review

 日本に真にワールド・ミュージックといえるものがあったとすれば、沖縄ものを除けば、このサンディーぐらいしか思い当たらない。サンセッツのリーダーで、パートナーであった久保田麻琴と、西洋文化にかこまれて育ったアジア人としてのアイデンティティを問うた"MAD CHINAMAN"(WEA WMC5-25)で一躍注目を集めたシンガポールのディック・リーとのコラボレーションにより、90年に発売されたはじめてのソロ・アルバム"MERCY"(東芝EMI TOCT-5923)は、日本人にもワールド・ミュージックがつくれることを知らしめてくれた傑作だった。
 
 たとえば、唱歌「さくら」をとりあげ、これにラップや最新のテクノロジーを施して、ポップでモダンなものに仕立て上げてしまうという発想は、日本を外から眺める視線なくしてはありえない。いまでは珍しくもないことだが、「上を向いて歩こう」のような“懐メロ”を、'SUKIYAKI'として洋楽化してリメイク(しかもダンドゥット・アレンジで)したのもこのアルバムが最初だったように思う。"MERCY"のリミックス盤"COME AGAIN"(『コム・アゲイン』)(東芝EMI TOCT-5996)では、久保田と親交があった喜納昌吉&チャンプルーズ「花」をもっとも早くリメイクしている。
 また、インドネシアのミュージシャンを使ってみたり、'IKAN KEKEK''SURIRAM'といった東南アジアの伝承歌をとりあげたというのも、日本対西洋の二元論から抜け出せないでいた日本のポップスに、(久保田や細野晴臣の仕事を除けば)ほとんどはじめて汎アジア的な視点をもたらしたといえる。
 
 本盤は、"MERCY"の成功を受けて、約半年後の翌91年にリリースされた彼女の最高傑作。久保田とディック・リーのコラボレーションは、ますます冴えをみせ、また、新たにインドネシアからアリヴォウォが1曲でプロデュースに参加し、アジア的な密度がより濃くなったばかりでなく、サンディーの出身地であるハワイ、さらにタヒチといったポリネシアにまで視野に収めた環太平洋ポップス、文字どおり“パシィフィカ”が展開される。
 
 アルバムは、タイトルになっているディック・リーの作品'PACIFICA'で幕を開けるが、しっとりしたアジア的なラテン・アレンジが施されているのに耳を奪われる。50年代なかばから60年代前半にかけて、日本を含めたアジア諸国のポピュラー音楽に与えたラテン音楽の絶大な影響力をよく理解していればこその心憎い演出だ。
 さらに'PACIFICA'からつなぎ目なしに、ハワイとタヒチの民謡、それにディックの作品がミックスされた'ALOHA MAI〜LAORANA〜PACIFICA'がはじまる。こちらは前の曲とはうって変わって、どこまでも陽気で清々しい。楽園の天使のようなサンディーのヴォーカルがすばらしく、のちの"SANDII'S HAWAII"シリーズ(SUSHI 02 / SUSHI 03 / EASTWEST AMCY-2755)を予感させるもの。ここまでの約7分間だけでも、本盤はすでに傑作の名に値する。

 アリヴォウォがプロデュースした続く「黒い瞳」は、ダンドゥット・アレンジで演奏される。サンディーはこれをインドネシア語で歌う。もとは、アルフレッド・ハウゼがロシア民謡をもとにコンチネンタル・タンゴとして演奏して大ヒットさせたもので、昭和30年代には日本語詞が当てられよく歌われたらしい。フランキー堺がクレイジー・キャッツ結成前の植木等、谷啓、桜井千里らをメンバーに加えたシティ・スリッカーズと作った名盤『スパイク・ジョーンズ・スタイル』(日本コロムビア COCA-9321)でこの曲を耳にする前から、昭和36年生まれのわたしにも聞き覚えがあったということはかなり人口に膾炙したのであろう。

 ほかにも、日本で生まれたラテンのリズム“ドドンパ”を用いた渡辺マリのヒット曲「東京ドドンパ娘」をラガマフィン・スタイルで演じてみたり、美空ひばり「真赤な太陽」では、ドン・ウォズっぽいヘヴィーでクールなファンク・アレンジが冴えわたり、アーヴィング・バーリンが手がけた58年のワーナー映画の主題歌'SAYONARA'はいかにもディック・リーごのみの透き通ったヴォーカル・ハーモニーが加えられたりと、選曲とアレンジ・センスのよさに舌を巻く。また、前作同様、'LENGGANG KANGKONG''BADINDING'といったマレイシアかインドネシアあたりの伝承歌を、伝統を生かしつつスマートにモダナイズしてみせるが、ここでのサンディーの節まわしは堂に入ったもの。これらのヒントはマレイシアの歌姫サローマあたりにあるのでは‥‥?サンディーは、のちに久保田と設立した自主レーベルSUSHIから、マレイシアとインドネシアの曲を中心に、現地のミュージシャンたちと直球勝負した傑作アルバム"AIRMATA"(『アイルマタ』)(SUSHI 01)を送りだしている。
 
 久保田のプロデュースもさることながら、けっして簡単ではないこれらの曲をすべて自分のものにして、見事に歌いこなしているサンディーの力量はつくづくすごいと感じる。けっして観念的でなく、ポップでわかりやすい仕上がりで、もっと売れてもおかしくないアルバムなのに、思ったほどにブレイクしなかったのはどうしてなのかと長いこと、不思議に思っていたが、東京から名古屋へ戻ってきてみてわかったのは、サンディーのサウンドは東京にいてこそリアリティを持つのであって、地方で受け入れられるには、国道沿いのカラオケ・ボックスにあってもおかしくないほどのベタさがないといけないということ。
 
 ちなみに、西條八十・服部良一コンビの名曲「蘇州夜曲」や喜納昌吉の「花」などの未発表曲も収録され、オリジナルに見劣りしない出来だった"COME AGAIN"にくらべて、本盤のリミックス・アルバム"JOGET TO THE BEAT"(『ジョゲット・トゥ・ザ・ビート』)(東芝EMI TOCT-6419)は、サンディーのアカペラが入っていたり、それなりには楽しめる内容だが、未発表曲はなく、リミックスの域を出ていない。


(4.21.02)



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by Tatsushi Tsukahara