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Artist

RAFAEL HERNANDEZ

Title

1932-1939


hernandez hq
Japanese Title 国内未発売
Date 1932-1939
Label HARLEQUIN HQ CD68(UK)
CD Release 1996
Rating ★★★★☆
Availability ◆◆◆


Review

 「カチータ」「エル・クンバチェロ」「水晶の鐘」「アレリのつぼみ」「くちなしの香り」「ラメント・ボリンカーノ」「ルンバ・タンバ」など、数多くのラテン・スタンダード・ナンバーを手がけたプエルト・リコ最大の作曲家ラファエル・エルナンデス(1896-1965)。だが、グループ・リーダーとして、かれが直接演奏にたずさわったものは意外とCD化されていないようだ。

 国内発売されたものとしては、エルナンデスが晩年、アンソニアへ残した2枚のLP、58年録音の"RECUERDOS DEL PASADO"と63年録音の"CUARTETO VICTORIA"をカップリングした『ラファエル・エルナンデスの芸術』(ボンバ BOM3006)が、92年にリリースされている。

 前者には、“クアルテート・マルカーノ”などで活躍したチキティン・マルカーノやレオカディオ・“ラロ”・マルティネスら、ベテラン陣が歌手として参加。後者は、エルナンデス本人のほか、ヴォーカルにダビリータとラファエル・ロドリゲス、ギターにフランシスコ・“パキート”・ロペス・クルースという“クアルテート・ビクトリア”のオリジナル・メンバーによる演奏というのがうれしいではないか。二重唱を主体に、フルートやクラリネットなどの木管楽器とギターが軽やかにアンサンブルを奏で、プエルト・リコならではのまろやかでチャーミング、それでいてペーソスにあふれた歌と演奏が展開される。まさに円熟の味わいといったところ。

 エルナンデスは、1917年、統治国だった合衆国の軍楽隊に入隊したのを機にプエルト・リコを離れ、第一次大戦下のヨーロッパをまわった(エルナンデスのフランスかぶれはこのときに端を発する)。
 大戦後、いったんはニューヨークへ戻るが、20年、キューバへ渡り、サイレント映画の劇伴オーケストラの指揮者として4年間を過ごす。ふたたびニューヨークへ帰ったかれは、イースト・ハーレムのラテン人地区エル・バーリオに居を構え、ニューヨークで最初のプエルト・リコ人によるオーケストラを編成。

 26年には“トリオ・ボリンケン”を結成。このとき、コロンビア・レコードに自作のソン、カンシォーンやボレーロなどをレコーディングしている("LAMENTO BORINCANO/ EARLY PUERTO RICO MUSIC: 1916-1939"に収録)。しかし、この時代、音楽だけで生計を立てていくのはむずかしかったようで、27年に妹のビクトリアと、イースト・ハーレムにSPレコードから食料品まで扱う“アルマンセネス・エルナンデス”という雑貨店を開いている。

 30年、トリオ・ボリンケンのメンバーだったカナリオとかれのグループが歌ったエルナンデス作品「ラメント・ボリンカーノ」が、不況のため生活苦にあえぐ合衆国のラテン系住民のあいだで大ヒット("LAMENTO BORINCANO/ EARLY PUERTO RICO MUSIC: 1916-1939"に収録)。
 そして、32年には妹の名まえにちなんだ“クアルテート・ビクトリア”を結成。本盤は、クアルテート・ビクトリアを核として、レコーディング用にフルート、トランペット、ピアノその他の楽器が加わった“グルーポ・ビクトリア”による歌と演奏を中心とした初期録音集である。

 まず気になるのは、エルナンデス本人の作品が全22曲中わずかに8曲(メキシコ録音を除けば3曲)のみということ。代わりに、フランシスコ・カルバージョなど、プエルト・リコに関係の深いソング・ライターの作品が並ぶ。エルナンデスは当時すでにかなり売れっ子のライターだったはずなのにどうしてなのだろう。

 さらに興味深いことに、プエルト・リコ音楽の特徴のひとつといわれるギターと木管の体位的なアンサンブルは聞かれないか、まれにあってもかなり控えめで、代わりに複数のミュート・トランペットが音楽に柔らかなアクセントを与えている。楽曲の雰囲気も、ダビリータとロドリゲスの二重唱も、キューバ音楽にくらべると、ずいぶん端正な印象を受けプエルト・リコらしい味わいは感じられるのだが‥‥。

 余談だが、エルナンデスの作品'QUE LE DEN'での“QUE LE DEN QUE LE DEN...”のコーラスの繰り返しが、わたしの耳には「デロレン、デロレン、デンデロレン」と聞こえ、浪花節のルーツともいわれているデロレン祭文を連想してしまった。

 エルナンデスは、37年から47年まで、ニューヨークとメキシコを行ったり来たりの生活をはじめる。アルバム後半には、現地のミュージシャンを集めて“オルケスタ・ラファエル・エルナンデス”として、38年と39年にレコーディングした5曲が収録されているが、いずれもこれぞプエルト・リコ・サウンドというべきすばらしい内容。

 本盤の冒頭に収められた32年ニューヨーク録音のオルケスタ演奏がどこか初期のデューク・エリントンっぽかったのにたいし、ここで聞かれる歌と演奏はかなりメキシコ風に仕上がっている。ということは、代表作「くちなしの香り」「カチータ」をはじめとする、いかにもプエルト・リコらしい、つややかで丸みを帯びたサウンドは、メキシコというフィルターをとおして、はじめて完成をみたということなのか。メキシコ音楽のことはよく知らないが、トリオ・ロス・パンチョスに代表されるようなプエルト・リコとメキシコ音楽の親和性は、エルナンデスのメキシコ移住に端を発するものであったのかもしれないと、本盤を聴きながらひとり納得している次第。

 エルナンデスがメキシコに行って不在のため、残りのメンバーで結成した“キンテート・ラ・プラータ”の演唱も2曲収録。


(1.11.02)

 田中勝則氏が主宰するライス・レコードから、エルナンデスとペドロ・フローレス作品集『歌の国プエルト・リコ〜エルナンデスとフローレスの世界』(ライス ASR-414)という編集盤が発売された。じつはこのアルバム、かつてオーディブックからリリースされていた名盤『わが心のボレーロ』(オーディブック AB114)と、これまた名盤『プエルト・リコ音楽入門』(オーディブック AB07)を下敷きにしており、重複曲も多い。
 田中氏には、かつて中村とうよう氏の『大衆音楽の真実』(オーディブック AB51〜AB53)で展開した手法を、19〜21ユニバーサル・バンドを使ってそのままブラス・サウンドに適用した『ブラスは世界を結ぶ』(MCA MVCM-119)というプロデュース作品があったように、中村氏を盲信しすぎるところが感じられてならないのだが、オーディブックの作品がもはや入手不可能となった現在にあって、かつての名盤がこのようなかたちでふたたび日の目を見たことはなによりも喜ばしいことだ。
 オーディブックの2枚とはちがうのは、エルナンデスとフローレスという2人の巨匠の作品に絞ったという点であり、ボレーロの入門盤としては最適の1枚である。


(11.1.02)


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by Tatsushi Tsukahara