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Artist

MIGHTY SPARROW

Title

MIGHTY SPARROW VOLUME FOUR


sparrow 4
Japanese Title 国内未発売
Date 1957?- the mid 1960s?
Label ICE 691602(West Indies)
CD Release 1994
Rating ★★★★★
Availability ◆◆◆◆


Review

 1962年8月、トリニダードは難産のすえイギリスから独立。当初は旧英領の島々が連邦を形成して独立する予定だったが、直前になってジャマイカが西インド連邦を離脱して単独で独立する挙に及んだ。これに怒ったのがわれらがマイティ・スパロウ。同年、ジャマイカのことをクソミソに批判した'FEDERATION'という曲を発表して、その年のモナーク(カリプソ大会の優勝曲)に選ばれた。

 戦後最初のカリプソのスターがロード・キチナーだとすれば、スパロウは独立後のトリニダードを代表するスーパー・スター。54年ごろにカリプソニアンとしてデビューを果たし、56年には欧米の植民地主義を激しく批判した'JEAN AND DINAH'がその年のモナークとロード・マーチ(カーニヴァルでもっとも支持された曲)をダブル受賞したちまち人気を得た。
 スパロウは35年生まれだから20歳そこそこで早くもスターの仲間入りをしていたことになるが、待遇への不満から初受賞の翌年から59年までカリプソ大会をボイコット。その間にも数々の重要曲を発表するも、かれの人気を決定づけたのは、カリプソ大会に再エントリーするなり、'TEN TO ONE IS MURDER'でいきなりモナークを受賞した60年あたりから。この年は、'MAE MAE'が3度目のロード・マーチに輝くなど、出す曲すべてがヒットにつながった。

 カリプソ〜ソカの専門レーベルとして定評のあるICE RECORDSよりリリースされた、50年代後半から80年代にかけての歩みを4集にわたって編纂したシリーズ"MIGHTY SPARROW"と、先輩ロード・キチナーと抱き合わせでロード・マーチを獲得したヒット曲ばかりを集めた"16 CARNIVAL HITS"は、カリプソのファンなら避けて通ることのできない5枚といえる。ただし、熱心なスパロウ・ファンはこの程度では満足できないだろうから、現在もリリース継続中の35枚にわたるMILLENNIUM SERIESも手に入れていることでしょう。わたしにはとてもそんな気力はないけど。

 第1集から3集までは、オルター・ポップの配給で国内発売されていて、第1集の『ジーンとダイナ』(オルターポップ CPMCD-353(JP))は1960年から67年まで、第2集の『スパロウ死亡説』(同 CPMCD-354(JP))は1968年から73年まで、第3集の『ニューヨーク・ブラックアウト』(同 CPMCD-355(JP))は1977年から84年までの録音からピックアップされたもの。
 カリプソの持ち味といえるピコン(歌詞内容)よりもダンサブルであることを重視したソカ(ソウル・カリプソの意)にかぎりなく近くなった第3集にはいささか違和感を覚えるが、'JEAN AND DINAH'のベスト・ヴァージョンといわれる60年録音、モナークを獲得した'FEDERATION''SPARROW COME BACK HOME''DAN IS THE MAN'のオリジナル、ヴァン・ダイク・パークスが『ディスカヴァー・アメリカ』で使用した'JACK PALANCE'の再録、白人を痛烈に皮肉った65年の大ヒット曲'CONGO MAN'、最高にハッピーで個人的に大好きな曲'DON'T GO JOE'などを収めた第1集は侮れない。
 また、バック・バンドにトルーバドゥールズを得た第2集は、'ROPE''MISS MARY'といったモナーク曲、大坂万博で来日したのをきっかけにゲイシャ・ガールとのラヴ・ロマンスを歌ったトンデモ系チャイナ情緒にあふれた'ORIENTAL TOUCH'をはじめ、エレキ・ギターやオルガンを積極的にとりいれて“ジャンプ・アップ”と呼ばれる痛快で躍動感にあふれたサウンドを展開。

 「もっと代表曲を聴いてみたい」というひとには、スパロウがロード・マーチを受賞した全8曲中84年の'DOH BACK BACK'を除く56年の'JEAN AND DINAH'(おそらくオリジナル)から72年の'DRUNK AND DISORDERLY'までの7曲(キチナーは63年の'THE ROAD'から75年の'TRIBUTE TO SPREE SIMON'までの9曲)を収録した"16 CARNIVAL HITS"(ICE 691602(West Indies))がおすすめ。すべてカーニヴァル曲なだけに明るく愉快な曲調が中心だ。スパロウに負けず劣らずキチナーもすばらしい。

 ここに紹介する第4集は、時計の針を戻して56年に'JEAN AND DINAH'でブレイクした翌年あたりからせいぜい60年代半ばあたりまでの、スパロウが日の出の勢いであった時期の録音から16曲をピック・アップ。
 前に述べたように、57年から60年までカリプソ大会をボイコットするが、その間にもここに収められた'SIMPSON(THE FUNERAL AGENCY MAN)''SAILOR MAN''GUNSLINGERS'といった名曲をつぎつぎと世に問うた。'SIMPSON'は、歌手と聴衆のあいだをうまく立ちまわっている男を皮肉った曲で、最後にロード・メロディのことを揶揄してみせる。また、'SAILOR MAN'では、ヤンキーたちに強烈な皮肉を浴びせ、'GUNSLINGERS'では、若者の犯罪を誘発させる現代社会の病巣をするどくえぐる。

 そして、スパロウが“カリプソ・キング”としてジャンプ・アップするきっかけとなった60年のヒット曲'MAE MAE(MAY MAY)''TEN TO ONE IS MURDER'。エロチックな恋の結末をユーモアたっぷりに歌った前者と、おそらく実際に起こった事件をスパロウ流に論評した後者は、ともにカリプソでは欠かせないテーマ。畳みかけるように細かく刻まれるビートにのせて、スパロウの表情豊かなヴォーカルとホーン・セクションとのコンビネーションがすばらしく、まちがいなくかれの代表作にあげられよう。

 カリプソの伝統のひとつに、カリビアン同士のなじり合いがあって、さきの'SIMPSON'にもあったように、50年代、スパロウは先輩のカリプソニアン、ロード・メロディと泥仕合を展開した。典型的なのが、メロディの妻のことをコテンパンに歌った'MADAM DORACULA'。でも、これはプロレスの因縁対決に似て、あくまでも聴衆の受けをねらったパフォーマンスで、じっさいは友人同士だったそうです。
 ほかにも、ソ連の宇宙船スプートニクに乗せられた犬の心情に寄せて、米ソ間のロケット開発競争を皮肉ったと思われる'RUSSIAN SATELLITE'や、男女のセックスの問題を扱った'MAN LIKE TO FEEL''JOOK FOR JOOK'など、「これぞカリプソ!」といえそうな若きスパロウのイキでクールなダンディズムを存分に堪能できる傑作。


(9.26.02)



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by Tatsushi Tsukahara