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Artist

LORD KITCHENER

Title

GOLDEN YEARS OF CALYPSO VOL.3


kitchener audibook
Japanese Title ゴールデン・イヤーズ・オブ・カリプソ VOL.3
Date 1951-1957
Label オーディブック AB104(JP)
CD Release 1990
Rating ★★★★★
Availability


Review

 戦後に登場した新しい世代を代表するカリプソニアンといえば、2000年に惜しくも逝ったロード・キチナーである。キチナーのすごいところは、カリプソがもつ批評性を失うことなく、きわめてエンターテイメント性の高い音楽をつくりつづけたことだ。

 48年、キチナーはイギリスへ渡り、62年にトリニダードへ帰国するまでの14年間を彼の地で活躍した。50年代のイギリスは、世界各地に植民地(当時のトリニダードもそのひとつ)を持ち、その経済力にひかれてカリブ諸国やアフリカなどから多くの人びとがやって来ていた。カリプソはマンボ、チャチャチャにつづく当時最先端の“ワールド・ミュージック”であったから、キチナーのほかにもロード・ビギナー、ザ・ライオン、マイティ・テラーといったカリプソニアンたちがぞくぞくやって来て、トリニダード、アメリカ合衆国とともにカリプソの中心地になった。

 チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクなど、アメリカのジャズ・ミュージシャンとアフリカ人として最初に共演したガーナ出身のドラマー、ガイ・ウォーレンは、当時イギリスに滞在していて、カリプソのバンドで演奏することもあったという。“ハイライフの王様”といわれたガーナのE.T.メンサーの50年代の初期録音集"ALL FOR YOU"(RETROAFRIC RETRO1XCD(UK))には、カリプソが何曲か含まれているが、これは楽団のドラマーだったウォーレンのアドバイスによるものらしい。アフリカのポピュラー音楽成立の背景には、ラテン系音楽からのつよい影響があったことは周知のことだが、大戦前にパリを中心に活動し、キューバ生まれのルンバという音楽を世界中にひろめたレクォーナ・キューバン・ボーイズに似て、大戦後のロンドンにおけるカリプソニアンたちの活躍が思いもよらない波及効果を生んだことはたいへん興味深い。

 キチナーはイギリス滞在時にパーロフォンやメロディスクなどに膨大な数の曲をレコーディングしたが、この時期の音源のCD復刻は意外と少ない。ICEから3集にわたって出ているシリーズ"KLASSIC KITCHENER"(ICE 691802)も、帰国後の62年以降の音源である。その意味で、いまはなきオーディブックから、音楽評論家の深沢美樹と中村とうよう両氏の選曲により『ゴールデン・イヤーズ・オブ・カリプソ』の第3集として90年に発売された本盤は、50年代のキチナーの音楽にふれることができる数少ない貴重な復刻といえる。メロディスクにおこなった100曲以上に録音のなかから選曲した51年から57年までの22曲は、一聴したところではキチナーならではの粋でスマートなスタイルに惑わされてなかなかわからないが、聴けば聴くほど途方もなく奥深い音楽性がみえてくる。

 キチナーをはじめとするイギリスでレコーディングされたカリプソの特徴は、なによりも都会的で洗練された音楽スタイルにある。カリプソの特性といえる社会諷刺的な歌詞がやや影をひそめ、女性のことを歌ったり、流行の音楽要素を柔軟にとりいれたりしてより娯楽性の高い音楽に仕立て上げられている。また、これはロンドン録音にかぎったことではないが、バイオリンやクラリネットを使った従来のスタイルから、サックスやトランペットによるリフを中心にすえて、よりビート感を強調したつくりになっていることも見逃せない。

 キチナーの音楽は、まさにこれら戦後のカリプソの特徴をもっともよく体現している。本盤でいえば、大半が女性にかんする話題であり、ホーン・セクションはいうに及ばず、曲によってはエレキ・ギターも使っている。マンボとカリプソを合体させた文字どおり'KITCH'S MAMBO CALYPSO'、西アフリカのパームワイン・ミュージックのようにビンを叩くカーニヴァル風の'DRINK A RUM'、偽アフロ的なノヴェルティ・ソング'KITCH IN THE JUNGLE'、メレンゲ風の'JAMAICAN TURKEY'、ジャズ・バラード風の曲など、従来のカリプソのワクには収まりきらないエンターテイナーぶりを発揮している。

 しかし、だからといって、キチナーがカリプソ本来の持ち味を捨て去ってしまったというのではけっしてない。恋人が自分のことを「キッーチ」と呼ぶのに反発しながら、まんざらでもない心情を歌った'KITCH'は、かれのユーモラスでとぼけた声とあいまってカリプソらしいヒネリの効いた傑作といえるし、人種の問題を扱った'WHITE AND BLACK'、死について歌った'MAMIE WATER'など、批評精神を発揮した作品も少なくない。
 キチナーはトリニダードへ戻ったあとも77歳で世を去るまで現役をつらぬき、ロード・マーチ(カーニヴァルでもっとも支持された曲)を11回獲得するなど、カリプソの大スターとして活躍した。

 なお、『ゴールデン・イヤーズ・オブ・カリプソ VOL.2』(オーディブック AB102(JP))は、ロード・ビギナー、マイティ・テラー、ロード・メロディなど、キチナーを除く大戦直後から50年代までのアメリカ、トリニダード、イギリスのカリプソを収めたもので、本盤とあわせて聴くと楽しさも倍増。ただし残念なことに、これらはとうに廃盤の上、中古市場でも手に入れることはたいへんむずかしい。

 そこで、ぜひとも推薦したいアルバムが、キチナー9曲、ビギナー5曲を中心に、ロード・インヴェイダー、マイティ・テラー、ヤング・タイガー、ザ・ライオンなど、50年代前半のロンドンでレコーディングされた音源を復刻した"LONDON IS THE PLACE FOR ME: TRINIDADIAN CALYPSO IN LONDON,1950-1956"(HONEST JON'S HJRCD2(UK))である。パーロフォンとメロディスクの音源に依った本盤は、渡英後のキチナー最初のヒットである表題曲をはじめ、57年のガーナの独立を祝った'BIRTH OF GHANA'、ビ・バップとカリプソの融合を試みた'KITCH'S BEBOP CALYPSO'など、選曲センスがよく、しかも上記『ゴールデン・イヤーズ‥‥』との重複はほとんどない。当時の貴重な写真を多数交えたブックレットも充実している。イギリスのマイナー・レーベルからの発売のため、値段はちょっぴり割高だが、すぐに品薄になる可能性があるのでカリプソに興味のあるひとは迷わずゲットだ。


(9.15.02)



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by Tatsushi Tsukahara