尾張古代史セミナー                猷々自的

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城塚古墳出土の鏡は“ほう古鏡”

伊藤南山大教授が見解

 第41回は2001年5月27日に開かれた。講師は南山 大学文学部の伊藤秋男教授で、「大野町城塚古墳出土鏡について」と題して講演した。

 明治2年に岐阜県揖斐郡大野町の野古墳群の一つ、城塚古墳から出土したと伝えられる青銅鏡は、京都大名誉教授の樋口隆康氏が六朝時代の踏み返 し鏡と断定、現在国の重文に指定されている。この鏡について伊藤教授は、もう少し新しい「ほう(人偏に方)古 鏡」である、との見解を示した。

 伊藤教授によると、城塚古墳出土の鏡は内部の獣形がシャープで、深く彫り上げてある。これに対し外部の 鋸歯紋、波紋帯が甘い。鋸歯紋の先端はつぶれている。7個ある小さな乳の乳座は円形だが、よく見るとい びつになっている。これらの特徴から、伊藤教授は明清鏡ではないかと推論する。

踏み返し鏡と考えるには無理がある

 踏み返し鏡と、ほう古鏡の違いについて、伊藤教授は「踏み返し鏡はある鏡があって、粘土で型をこしらえて、 その鋳型に流し込む。構図は元の鏡と同じだが、紋様がだんだん甘くなっていく。ほう古鏡は、踏み返しの技 術を使いながら紋様に変化が加えられている」と説明した。

 そして、城塚古墳は6世紀前半の古墳なので、六朝時代の踏み返し鏡とすると、もらってきてすぐに埋設さ れたと考えなければならない。少し無理のように感じる、と述べた。

 さらに怪しげな鏡の特徴として@紐口の周辺の仕上げが悪い▽銀白色の輝きがない▽紐口の頂上が水平 ▽乳の先端が削られ平坦になっている▽鋳上がりがシャープでない▽鋸歯紋、2本の波紋が一つになる ▽外矩と内矩がアンバランスである−などを挙げた。

©2002 Yuusuke Niinomi

■近江と大和を結ぶもう一つの道(滋賀民俗学会理事・兼康保明)