アレル達はとうとうサイロニアの首都サイロンに辿り着いた。そして彼らはあまりにもの都市の大きさに圧倒されていた。
「ひ、広い…! これまた随分大きな都市だなあ」とアレル。
「さすが大国と呼ばれる国だね。こんなに大きいんじゃ、軍事力もすごいんだろうなあ」
「ヴィランツ帝国の首都、ヴィランツインペルよりざっと五倍はあるぞ、この広さ」
 サイロニアの首都サイロンは、サイロニア城を中心として四つの都市がある。商業都市コメルサル、工業都市アンデュストリア、学問の都市サヴァラント、武術の盛んな都市マルシャ。どれも人口が多く、都市を歩けば人で賑わっている。ヴィランツ帝国と違い、犯罪も厳しく取り締まっているようだ。表通りに不審なものがうろついていることなど全くない。もちろん怪しげな裏通りに入ればまた話は別であろうが。
「すごいね、アレル。ここより大きな国なんてないんじゃないかな」
「どうかなあ。俺が持ってるあの地球儀を見ると、このグラシアーナよりずっと大きな大陸もあったからなあ」
「あの丸い変な地図、本物なの? 僕にはなんだか信じられないよ」
「それはいずれ世界を旅して確かめるさ」

 アレル達は首都の中心サイロニア城を目指した。まずは王に謁見しなければ。
「ふう〜城まで来るのにけっこう疲れたな…あっ! スコット、おまえ自分が王子だって証明するもの何か持っているか?」
「王家の証はヴィランツ皇帝に取り上げられて壊されてしまったよ」
 アレルは今まで完全に失念していた。今の状態ではスコットが王子だと証明するものが何もない。服装も、スコットが最初に着ていたのは、ぼろぼろの奴隷用の服だった。アレルが亡命の際、適当に着替えの服を見つけてきたのだが、それは王侯貴族の身に着けるものではなかった。この風貌で王子だと名乗って何も知らない人間が信じてくれるだろうか。
「おまえの国フィレンはサイロニアとは交流がなかったんだっけ?」
「うん」
「じゃあ普通に行ってもただの子供としか思われないぞ。参ったな」
「じゃあ勇者様に会わせてって言えば大丈夫じゃないかな」
 二人は門番に近づいた。
「あの、すみません。王様に会いたいんですけど」
「ああ、そうかそうか。国王陛下はね、国の行事がある時には決まって民の前にそのお姿を見せて下さるのだよ。だからその時まで待ちなさい。そうすれば王様に会える。わかったかい?」
「…あの、それでは勇者様は…」
「勇者ランドならそろそろマルシャから帰ってくる頃だぞ。武術の訓練は常に怠らない男だからな」
「ありがとうございます」

 城門から離れるとアレルは早速毒づいた。
「ほーら見ろ! やっぱり相手にされなかったじゃねえか! ただの子供が王様に会いたがってるって思われただけだぜ」
「勇者様に会いに行こう。そうすればきっと大丈夫だよ」
「一体どんな奴なんだろうなあ」
 二人は城下町を歩き始めた。噂の勇者ランドを見つけ出すのはそれほど難しくはなかった。しばらく歩くと噴水のあるところで孤児と思われる子供達に囲まれている青年を発見した。見るからに人のよさそうな男だった。
「ゆうしゃさまー今度はいつ遊んでくれるのー?」
「また悪い奴やっつけに行くのー?」
「悪者退治のお話してー」
「今度ご本読んでー」
 サイロニアの伝説の勇者ランドは子供達に慕われているようだ。両手を引っ張られ、マントや裾を引っ張られ、勇者は困っていた。
「ああ、こらこら君達、一度に質問されたら僕だって困ってしまうよ。これから王様に会いに行くんだ。また今度遊んであげるから」
「ほんと? 約束だよー」
「絶対だよー」
「約束破ったらゆびきりげんまん!」
「はいはい。指切りげんまん」
 初めて勇者ランドを目にしたアレルとスコットの反応は全く正反対だった。
「うわあ、優しくていい人そうだなあ。あの人ならきっと僕の力になってくれるよ」
「見るからにお人好しの兄さんだな」
 アレルはいわゆる正義の味方というものを斜めに見る傾向がある。ランドの人の好さそうな顔を見ても、ふん、とそっぽを向いてしまった。ランドは子供達と別れ、アレル達の視線に気づいた。スコットは背筋をピンと伸ばしてランドに話しかける。
「あ、あのっ! あなたが伝説の勇者ランド様ですかっ!」
「ああ、そうだよ」勇者は穏やかに答えた。
「あの…あの、僕、フィレンの王子スコットと申します!」
「フィレン? ああここからずっと北西にある国だね。そこの王子様がどうしてここまで?」
「じ、実は…ヴィランツ帝国に滅ぼされて…ヴィランツはとても残酷な国なんです。僕の母上だって――」
 スコットはそこまで言いかけて、わっと泣き出した。帝国での残酷な仕打ちの数々を一気に思い出してしまったのである。母親である女王の最期も。それを見てランドは慌てる。
「ああ、どうか泣かないでおくれ。可哀想に。きっと辛い思いをしてきたのだろう。とにかく僕についておいで。国王陛下にお話を」
 ランドはスコットを必死に宥めた。スコットが本当に王子なのかどうか疑っている様子はなかった。いずれにしてもランドとしては傷ついて泣いている子供を放ってはいけない。事情を聞く必要があった。ふと、傍らにいたアレルに目をやる。
「ええと、君は?」
「俺はアレル。ま、こいつの用心棒ってとこかな?」
「え?」
「あんたが勇者ランド、ね」
 アレルは鋭い目つきでランドを睨んだ。幼い子供とは思えぬ、相手を射抜くような鋭い目つき。アレルはこの勇者が本当に信頼できる人物かどうか見極めようとしていた。ランドは思わずたじろいだ。
「俺から改めて言うけど、スコットはグラシアーナ大陸北西のフィレン王国の王子だ。そしてフィレン、トディス、カレンツィアの三国はヴィランツ帝国の無法な侵略によって滅ぼされた。ヴィランツはあんたらが想像もできないほど残忍な国でね。俺達は命からがら亡命してきたのさ。そして冷酷無比なヴィランツ皇帝の所業を近隣諸国の一つのこのサイロニアに知らせにきた。あの国の悪行は到底放っておけないと思ってね。王様に会わせてくれないか?」
 アレルの子供とは思えない台詞にランドは驚いたが、何やら訳ありの子供二人を放っておくわけにもいかない。ひとまず城に連れて行くことにした。
「あ、ああ、もちろんだよ。じゃあ二人共僕についておいで」

 サイロニア城はヴィランツ帝国の宮殿とはまた違った形で豪奢な造りだった。帝国宮殿が民から重税を巻き上げて造ったものであるのに対し、こちらは元の国力が富に溢れているのがわかる余裕を感じさせた。サイロニア王は王としてはごく普通の施政者だった。スコットの話には純粋に心を痛めている。
「そうか、話はわかった。スコット王子よ、安心するがよい。そのような悪の帝国、我がサイロニアが叩き潰してくれる。これからはそなたに力を貸そう」
 サイロニア王はランドの方を向いた。
「ランド!」
「はっ!」
「そなたも聞いたであろう。ヴィランツ帝国は魔界の者とも契約しているという。そなたが長年戦ってきた魔族とも無縁ではないぞ! ヴィランツ帝国を滅ぼすということは、すなわち魔族を倒すことにもなる。これから我がサイロニアは打倒ヴィランツ帝国を掲げる! 早速情報を集め、軍議を始めい!」
「はっ! かりこまりました。陛下」
 どうやらスコットの願いは無事届いたようだ。

 目的が果たせられたスコットは非常に喜んでいた。これからはこのサイロニアの人々が力を貸してくれる。見たところ皆いい人達ばかりのようである。希望に満ちた表情で嬉しがっているスコットを見て、勇者ランドもにこやかに微笑んでいた。
「嬉しそうだね、スコット王子」
「ええ! もちろんです。今までヴィランツ帝国に対抗しようとした人達はみんなやられてしまった…だけどこの国は帝国よりずっと軍事力がある。見ただけでそれがわかる。それに勇者様もいるなら安心ですよ! この国に協力してもらえばフィレンの再興も夢じゃない!」
 そこへアレルの水をさすような冷静な声が飛ぶ。
「甘いな、スコット。サイロニアが帝国を滅ぼしてそのまま、まるごと領土に加えないとでも思うのかよ?」
「えっ? そんな…」戸惑うスコット。
 アレルの鋭い指摘にランドは困ったような顔をした。そもそもこの子は一体何者なのか。見た目は小さいが、とてもじゃないが幼い子供の言うことではない。
「そうだね。それはヴィランツ帝国を滅ぼした後の状況次第だけれども…もちろんスコット王子の意志は最大限尊重するよ」
 ランドの穏やかな物言いを聞いても、相変わらずアレルはつんとした態度であった。
「ふーん、世間へ向けての大義名分ってやつ? 亡国の王子の要請を受けて民を虐げる悪の帝国を倒すってのは聞こえがいいもんなあ。いかにも正義の味方みたいでさ。それなら戦争で一国を滅ぼして最終的に領土拡大を図っても誰も非難しない」
「あ、勇者様、ごめんなさい。アレルは悪い奴じゃないんですけど、ちょっとひねくれてて…」スコットは慌てて取り繕った。
「いやいや、小さいのに随分鋭い意見を言うなあって…」
 アレルとしてはそれなりに情勢を把握してものを言ったつもりである。それが六、七歳くらいの子供が言うことではないことには気づいていなかった。喜んでいたスコットの気持ちに水を差してしまったことも。
「あ、そうだ、勇者ランドさんよ、俺達が帝国から亡命する時に大地震で地形が変わっちまったから、まずは地形の調査からした方がいいと思うぜ」
「え?」
「だから地震が起きたんだって。それで生きて亡命できたんだから俺達って運がいいよなあ」
アレルはぬけぬけと言った。自分が自然を操る力を持っていることは隠しておくつもりだ。亡命の時に思いっきり力をつかったおかげで魔族に目をつけられ、既に厄介なことになっている。一方ランドは地震で地形が変わったなどと聞いて思わず問い返さずにはいられなかった。
「スコット王子、本当かい?」
「え、ええ、本当です。だからフィレンに帰りたくても道がわからなくて…」
「そ、そうか…」
 しばらく歩くと二人の女性と一人の男性が立っていた。女性の一人は長い黒髪をしており、見るからに明るく活発な印象である。もう一人は金髪を高く結い上げており、穏やかで優しそうな印象である。最後の一人の男性は見るからに学者風で知的な雰囲気を醸し出していた。ランドはアレル達に向き直った。
「紹介しよう。僕の仲間達だ。順番にティカ、ローザ、ウィリアムだ。三人共、こちらはフィレン王国の王子スコットくんと連れのアレルくんだ」
 ランドに紹介された三人は順番にアレルとスコットに挨拶した。
「私はティカ。格闘技が得意なの。よろしくね!」と黒髪の女性。
「私はローザ。回復魔法が得意で人々の怪我や病気を治す癒し手よ」と今度は金髪の女性。
「僕はウィリアム。攻撃魔法が得意だ。普段は学者で通っている。よろしくね」最後に学者風の男性。
 勇者ランド、黒髪の女性格闘家のティカ、金髪の僧侶のローザ、魔導士のウィリアム、四人そろってアレル達に自己紹介をする。
「…見事にバランス型パーティーだな」とアレル。
 物理攻撃を得意とする戦士二人に回復魔法の使い手と攻撃魔法の使い手。この組み合わせで戦うのは通常バランスが取れているとされる。
「すごい! 勇者は一人だけじゃなかったんだ」とスコット。
「そう、僕達四人で勇者ランド一行と呼ばれている。改めてよろしく!」



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