先程紹介された勇者ランド一行と合流すると、スコットはサイロニアの軍議に参加した。一方、アレルはそれには興味が無いといった様子で城の中を歩いて回っていた。
 軍議が終わるとスコットはランド達に謎の子供アレルについて話をした。ランド達は随分と驚いており、とても本当のこととは信じがたいようだった。
「スコット王子、あのアレルという男の子についての話はとても信じがたいな。そもそもあんな小さな子が闘技場に参加するなんて」
「でも、僕は本当にこの目で見たんです! アレルが大人の戦士達を簡単にやっつけてしまうのを!」
 そこで黒髪の女性格闘家、ティカが口を出した。
「ねえ、ランド。あの子に会いに行きましょうよ」

 アレルはある大きな窓に腰かけていた。そして小鳥達を呼び寄せて戯れていた。それだけ見ると、無邪気なごく普通の子供のように見える。アレルはランド達に気づくと窓から降りた。
「スコットは?」
「スコット王子は王宮の者に傷の手当てを受けているよ。改めて見たけどひどい傷だらけだ。子供にあんな仕打ちをするヴィランツ皇帝を僕は許せない!」
 ランドは熱くなった。普段から両親を失った孤児達を保護しているだけに、子供の虐待は許せなかった。アレルの方はスコットのことを考えていた。
「そうか…ここにはちゃんとした医者もいるもんな…身体のケアだけじゃなくて心のケアも頼むぜ。あいつ、目の前で母親を殺されたんだ」
「な、何だって!」
「ヴィランツ皇帝は少しでも残酷な仕打ちを思いついて実行するのに躊躇いが無い。それどころか楽しんでいる正真正銘のサディストなのさ。とにかくスコットは見た目以上に心にも深い傷を負っているんだ。あんた達は大人だろう? ちゃんと保護してやってくれよ」
「そ、そんな…子供にそんなひどいことを…」
子供の目の前で母親を殺すなどという残酷な行為を聞いて、ランドはショックを受けた。そんなランドをアレルは鋭い目つきで睨む。
「おいおい勇者さんよ、これくらいでうろたえるなよな。あんた達にはスコットを全面的に任せたいんだ。もっとしっかりしてくれなきゃ困るぜ」
 すると、ティカが口を出した。
「あらあら、まるであなたの方がお兄さんみたいね」
 ティカがしゃべるとアレルは急にランドに対する鋭い目つきから子供らしい純粋な表情に変わった。
「えっと、ティカ、さんだっけ?」
「ティカでいいわ。アレルくん」
「ティカ姉さんって呼んでもいい?」
「いいわよ」
 ティカは笑顔で応える。ランドは自分とティカへの態度があまりにも違うのにショックを受けているようだった。そこへ学者肌の魔導士ウィリアムがアレルに話しかける。
「アレルくん、スコット王子から話は聞いたよ。まだ小さいのに随分と腕が立つんだってねえ。王子から聞いた話は僕らには到底信じられない」
「じゃあ試してみるかい? ランド、あんたと腕試しだ!」
「え。えっ? 何を言ってるんだ。君みたいな小さな子と…」
ランドはうろたえた。子供と戦うなど気が引ける。一方、ウィリアムはアレルがどれくらい強いのか実際に見てみたかった。
「いいじゃないか。練習試合ということで手合せしてみなよ」
 かくして、アレルとランドは練習試合をすることになった。

 練習試合はサイロニア城の訓練場で行うことになった。アレルとランドは剣を構えた。ランドはかなり狼狽して躊躇っているようだ。
「アレルくん、本当にいいのかい? 怪我しないうちにやめた方が――」
「それならこっちから行くぜ!」
「わっ!」
 アレルは目にも止まらぬ速さでランドに突進した。ランドは間一髪で避けたが、一気に全身に冷や汗をかいた。今のは確実に自分の息の根を止める為の一撃だったからである。驚愕する間もなくアレルの素早い猛攻が繰り返される。
(は、速いっ!)
 ティカ達は固唾を飲んで見守っている。ランドは相手が幼い子供だという意識が拭いきれず、どうしても攻撃する気にはなれなかった。その為、ひたすら防戦にまわった。それだけでもアレルの凄まじい殺気に背筋が凍る。どうやらアレルは殺すか殺されるかの生死にかかわる戦いしか経験したことがないようだ。しかも驚くほど強い。それは、ランドが今まで戦ったどんな強敵をも遥かに凌駕していた。ほんの少しでも気を抜けば本当に死が待っている。ランドは生きた心地がしなかった。
 アレルは身の軽さと素早さが取り柄のように見えたが、小さな身体に似合わず体力もあるようだ。通常素早い攻撃を得意とする細身の体格をしている人間は体力面で劣ることが多い。しかし、アレルはいつまで経っても息つく暇もなく攻めてきた。
(ど、どうしよう。このままだと負ける…いや、冗談抜きで…死ぬ!)
 ランドは必死に防戦した。この子供はまさか本当に自分を殺す気なのか?
一方アレルの方は――
(なんだよ、たいしたことないな。勇者とか言われてるけど一気に負かしちまおうか)
 アレルがそう思った時である。
(あ、あれ? そうだ。これって真剣勝負じゃなくて練習試合…)
 この勝負が相手を殺すことを目的としたものでないことに初めて気づいたアレルは一瞬躊躇した。そしてランドはその隙を見逃さなかった。アレルに対して強力なみね打ちをお見舞いした。
「うわっ!」
 勝負あった。間一髪でランドの勝ちである。しかし、ランドの方は汗びっしょりでぜいぜいと肩で息をしていた。
「いって〜!」頭をおさえるアレル。
「あっ! アレルくん、ごめん! 怪我はなかったかい?」慌てて謝るランド。
「みね打ちだなんて、とことん甘いんだなあ。それより謝るのは俺の方だぜ。俺、考えてみたら練習試合なんてやったことなくってさあ。寸止めで戦うってこと忘れてて危うくおまえのこと殺すところだったよ。悪かった」
「い、いや、君はその幼さでとんでもない修羅場をくぐり抜けてきたんだね。お、驚いたよ…」(ほ、本当に死ぬかと思った…)
 ランドはその日ほど死の恐怖を感じたことはなかった。
 あっけにとられていたティカ達がアレルとランドのそばに駆けつけてきた。金髪の女性僧侶ローザがアレルの手当てをする。
「みね打ちとはいっても痛かったでしょう?」
「これぐらいなんでもないよ」
「駄目よ。頭を打っているわ」
「俺、石頭だから大丈夫」
「強がらないの!」
「はい…」
 アレルは大人しく手当てを受けた。ランドに対しては鋭い目つきで睨むのに対し、ティカやローザには素直である。それを見てウィリアムが口を出した。
「アレルくんって女性に弱いんだね」
「な、なんだよ! 俺はこれでもフェミニストのつもりなんだぜ!」
 アレルは抗議する。素直になったり強がったりしているのを見ると、なんとも可愛らしい。謎の強さを持っているがまだ小さい子供なのである。ティカ達はつい微笑まずにいられなかった。
「なんだよ! ちぇっ! どうせ俺はガキだよ!」
 可愛らしくふてくされているアレルもまた微笑ましかった。

 その後、勇者ランド一行は四人で集まり、先程の勝負について話し合った。
「驚いたわねえ。ランドを負かすなんて、あの子本当に強いじゃない」
「ティカ…勝ったのは僕だよ」
「それはあの子が生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの戦いしか経験してなかったからでしょ? 練習試合だって気づかなかったら、あなた死んでたわよ」
 ティカの言葉に、ランドは生きた心地がしなかった。
「一体全体、あの子は何者だろう? スコット王子の話によると記憶を失っているそうだけど」とウィリアム。
「あの強さはとても信じられないわね。世界で本当に強い人間ばかり集めたらあんな子もいるのかしら?」とティカ。
「どうかしら? 世界は広いものね。それこそランドより強い戦士だっていないとは限らないわ」とローザ。
「三人共、少しは僕の味方をしてくれよ…」と、自信喪失気味のランド。
 ティカもローザもウィリアムも伝説の勇者として名を馳せているランドの強さはよく知っている。だがどうもランドに対して冷淡に見える三人であった。
「あんた、今まで誰にも負けたことなかったもんね〜。あんな小さな子にやられたら、そりゃあなけなしの自尊心が傷つくわよね〜」からかうティカ。
「ティカ、あまりランドをいじめるんじゃない。幼馴染みとはいえ、もう子供じゃないんだぞ」ティカをたしなめるウィリアム。
「と、とにかく、アレルくんもスコット王子と同様、我が国で保護しなければ。あの歳で殺し合いしか経験していないんだなんて、あまりにも可哀想だ。もっと大人の温かい愛情が必要な年頃だぞ」ランドは気を取り直して言った。
「そうね。じゃあ、あの子の面倒は私がみるわ。あの子、私にはとても素直で好意的だったわ。だからあの子のお母さんの分まで私が愛情もって育ててあげる」
 ティカは勇者ランド一行の一人である。ランドと共に魔物に滅ぼされた村の親を失った子供達を保護する活動を行っていた。特に集団の中に一人でぽつんと浮いてしまう子供を見ると放っておけない。いつも面倒見のよいお姉さんだと子供達に好かれていた。世話好きの彼女にとってアレルは気になる存在であった。
「ティカ、相変わらずだなあ」とウィリアム。
「いいじゃな〜い。なんだか可愛い弟ができた気分よ」
「ティカ、私も手伝うわ」とローザ。
「それじゃあアレルくんのことはティカとローザに任せたよ。僕は…今日はもう休むよ…」
謎の子供アレルとの練習試合。ランドにとっては今までで一番手強い相手であった。今まで戦ったどんな戦士や魔物より小さな子供に苦戦したのはショックであり、負けたら死ぬところだったかもしれないと思うと生きた心地がしない。心身共に疲弊したランドはとぼとぼと歩いて自室へ戻って行った。
「ランドったらあんなに元気をなくして…よっぽどショックだったのね」とローザ。
「危うく死ぬところだったしね」とティカ。
「それにしても気になるな。本当に何者なんだろう、あのアレルという男の子…」
 ウィリアムがアレルについて深く考え込むと、ティカとローザも黙って考え込んでしまった。



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