アレルとランドが手合せをした翌日、アレルはランドの元へやってきた。ランドは昨日のこともあり、思わずたじろぐ。
「ア、アレルくん、おはよう…」
「おはよう、ランド。なあ、聞いたんだけど、あんたこの国の騎士団長なんだって?」
「ああ、そうだよ」
「訓練場を案内してくれ。いろんな武器を見てみたいんだ」

 ランドが訓練場まで連れて行くと、アレルは様々な武器を検分し始めた。剣に斧、槍などサイロニアにある、ありとあらゆる武器。そしてそれらを試しに使わせてくれと言ってきた。
 ランドは驚いた。アレルはレイピアだけではなく、他の武器をも難なく使いこなしていった。斧を使わせても、槍を使わせても、簡単に大人達を負かしてしまう。まさに戦士としては天賦の才だった。ランドはあまりのことに呆然としていた。どの武器を使っても自分よりアレルの方が強いのである。ランドはこれまでプライドというものを特に意識したことはなかった。騎士団の仲間とは礼儀を尽くした練習試合、魔の者との戦いは人々の平和を純粋に、ひたむきに願った意志の強さで乗り越えてきた。そんなランドに思わぬ存在が現れたのである。
 アレル。名前以外素性が全くわからない謎の子供。どうやら記憶喪失らしいが、その割にはあまり自分という存在に対し不安を感じているようには見えない。むしろふてぶてしい雰囲気すら感じさせる。愛剣のレイピアを手にした彼の戦いぶりは小さな死神そのもので、敵対した者を確実に死に追いやるという。それも一撃必殺で。実際に手合せをしてそれが本当のことだと思い知ったランドの心中は複雑に入り乱れた。アレルは今までサイロニア一の戦士だと言われてきた自分を生まれて初めて脅かす存在である。それに自分に対する射抜くような鋭い目つき。何故自分に対してだけあのように睨みつけてくるのかと思う。鋭い眼光と冷酷さを兼ね備える恐ろしい子供。しかし、まだ年端もいかない小さな子供なのだ。どうも見ていると愛情を知らない冷酷な環境で育ったように感じられる。大人として必ず保護しなければならない。
「おい、ランド! ランドってば!」
「あ、ご、ごめん。ちょっとびっくりしてしまってね」
「俺が剣だけでなく、他の武器も使いこなせることが? それともどの武器を使っても俺に勝てなかったから?」
「…両方だよ…」
 ランドはすっかり意気消沈していた。しかしそれには全く無頓着な様子のアレルは話し続ける。
「一通りいろんな武器を使えるようになっておこうと思ったんだ。敵に武器を奪われた場合とか、役に立つ時は絶対にあるからな。だけど俺はやっぱりレイピアが一番いいよ。力任せに武器を振るうのも気持ちいいけど、素早い動きで一撃必殺が俺は一番得意だ」
「そ、そうかい…」
 ふと、アレルは武器庫の奥に目を止めた。
「あれ? あそこにあるのは…?」
「ああ、あれは両手剣と両手斧だよ。大柄な戦士達がよく好む」
「あれも使ってみたいな!」
「え? だ、駄目だよ! あれはすごい重量があるんだ――ちょっと君! 怪我をするよ!」
 ランドの制止も聞かずアレルは両手剣をひょいと持ち上げた。それを見て更にランドは口をあんぐりと開ける。
「な…」
「自慢じゃないけど俺、力には自信があるんだ」
 アレルは両手剣を軽々と持ち上げ、びゅう、びゅうと振り回す。ランドは慌てて止めようとする。
「あ、危ない! やめるんだ!」
「なんかこれ思いっきり振り回して暴れたい気分」
「な、何を言い出すんだ! そんなことしたら君が怪我をするよ」
「どっか誰にも迷惑かけなさそうな、いい場所知らない?」
「駄目だ! すぐに元の場所に戻すんだ!」
 ランドはアレルから両手剣と両手斧を取り上げようとした。しかしアレルはランドの言うことなど全く聞く気はなかった。
「あっ! そうだ! いいこと思いついた!」
 そう言うと、両手剣と両手斧を担いであっという間に走り去っていった。一瞬あっけにとられていたランドは慌てて後を追いかける。
「あの小さな身体でよくあんな重いものを二つも…いや! そんなことより早く見つけないと!」

 どうやらアレルは城下町まで出て行ってしまったようだ。ランドは途方に暮れて探し回る。アレルの容姿は目立つので探すのにそれほど苦労はしないはずだ。燃えるような赤い髪に、どこかの王侯貴族を思わせる品のある顔立ち。まだ子供であるが漂う雰囲気には気品が感じられる。美しい装飾がなされたレイピアを帯剣し、そして今は力のある大人が使う両手剣と両手斧を二つ担いで走り去って行った。こんな子供は城下町でも否応なしに目立つはずだ。ランドは聞き込みをして回る。
「あ、あの〜、お尋ねします。赤い、長い髪の毛を束ねた、整った顔立ちをした小さな子供を知りませんか? …その、大きな剣と斧を持って走っていったんですけど?」
「おお、その子ならさっき見たぞ」
一人の老人が答えた。
「あの子なら――大工さん達のところへ元気よく走って行ったよ」
「は?」ランドは目が点になった。

「たあーーーーーっ!」

 ガスッ ザンッ ダンッ

 アレルは大工達に交じって両手斧を振り回し、大木を切り倒していた。
「坊や、小さいのにすごい力だねえ」
「本当に、よくそんな小さな身体で、そんなに力があるもんだねえ」
 大工達は素直に感心していた。
「どうだ! すごいだろ! おじさん達の今日の仕事を楽にしてあげるよ!」
 アレルは快活に笑い、次々と大木を切り倒していき、その後、両手剣で大工達の注文通りに木を切っていった。
「はあーーーーーっ!」

スパーン!

「アレルくん! こんなところで一体何やってるんだ!」
「ランド! 邪魔するなよ! 俺は今、思いっきり暴れたい気分なんだ」
「それで何で大工さんのところに?」
「だってここなら両手剣と斧を思いっきり振り回しても誰にも迷惑かからないだろ? むしろ人の役に立って、俺は思いっきり暴れてすっきりして一石二鳥だ」
「な…」
 何を考えているのか今ひとつわからない。ランドは呆れてものが言えなかった。子供の考えることは理解できない。

「坊や、君のおかげで今日の仕事はとても助かったよ。はい、お礼に飴を買ってきてあげたよ」
「うわあ、おじさん達ありがとう!」アレルは目を輝かせた。
「またいつでもおいで」
「じゃあね〜おじさん達」
 アレルは無邪気に笑顔を返し、伐採所を去って行った。そしてランドと二人きりになるとがらりと態度を変える。
「何ボーっとしてるんだよ! おまえもやればよかったのに」
 何故自分に対してだけこうも態度が違うのか。おまけにタメ口である。名前もずっと呼び捨てだ。しかし人の好いランドはアレルの横柄な態度に戸惑いつつ、心配をする。あれほど重量のある剣や斧をずっと振り回していたのだ。
「アレルくん、腕は痛くないかい?」
「全然。むしろ動き回ってすっきりしたな」
「そ、そうかい。でも危ないからこんなことはもうやめるんだよ」
「誰もこれからもやるなんて言ってないぜ。今日はたまたま思いついただけさ。剣や斧や槍より明らかに練習が必要な武器があるからな。これからはそれをやるよ」
「どの武器のことだい?」
「弓さ」
 さすがのアレルも弓はすぐに使いこなすというわけにはいかなかった。狙った的に当てるまでは鍛錬が必要である。
「でも弓矢よりダーツの方がいいな。俺の主力の武器はレイピアだし、服に隠しておける分、どう考えたって弓よりダーツの方が実用的だ。それに遠距離攻撃ならカマイタチがあるし」
「カマイタチ? 君は剣を振るってカマイタチを起こすことができるのかい?」
 アレルは言葉に詰まった。アレルは多くの謎を持っている。その一つが自然を操る力。それは普通の人間にはない能力。
「えっと…スコットは俺のことどこまで話した?」
「君が大人を簡単に負かしてしまうほど強い戦士だということと、記憶喪失なのと、帝国から逃げる時に助けてくれたというのと―」
「ああ、もういい。言ってないならいいんだ」
「何のことだい?」
「いや、こっちの話。俺はいろいろと人に驚かれる能力を持っている。それだけさ」
 どうやらスコットはアレルの自然を操る力については黙っていたようだ。魔族に目をつけられたのもあり、アレルも今後は多用を控えようと思っていた。
「と、ところでアレルくん、ひとつ聞いていいかい?」
「何だ?」
「なんだか僕に対してだけ態度が違うように感じられるんだけど」
「うまく言えないんだけど、おまえ見てるとなんか気に食わない」
「なっ!」ランドはショックを受けた。

 城に戻り、両手剣と両手斧を無事元の場所に戻すと、アレルは弓の稽古を始めた。一心不乱に矢を番え、的に当てていく。弓矢だけではなく、ダーツ、投げナイフも練習し始めた。ランドは心配した。
「ア、アレルくん、腕の方は大丈夫かい? あんな重いもの振り回した上に弓の稽古なんかして…」
「別に平気だけどなあ」
 その時、ティカとローザがやってきた。
「アレルくーん、ここにいたのね! 朝からずっと武器の稽古してたって話じゃない。偉いわねえ〜」とティカ。
「おやつにしない? お菓子を焼いてきたの。一緒に食べましょう!」とローザ。
「うん!」
 アレルは元気よく返事をすると、ローザの後を追って走っていった。ティカはランドの様子に目を止める。ランドは茫然としていた。
「あんなに動き回ってまだ元気が有り余ってるなんて…」
「どうしたの? ランド」
「いや、子供は元気だなって…」
 子供の筋力ならとっくに筋肉痛にでもなっているはずである。それに体力も、疲れて寝てしまう方が普通である。先程の出来事を知らないティカは怪訝な顔をする。
「何言ってんのよ。それよりあの子が武術に興味を持ってるなら私も教えてあげなきゃ。格闘なら私の本領よ!」
「ティカ、あの子に格闘技まで教えるつもりか!」
「いいじゃない。他の武器はあんたが教えたんでしょう? だったら格闘は私が教えてあげるんだから!」
「あ、あの子は普通じゃない。どんな武器でもあっという間に使いこなしてしまうんだ…」
「だったら尚更ね! きっと格闘技の才能もあるわよ。私の可愛い弟として徹底的に鍛えてあげるわ!」
 一体アレルはどこまで戦士の才能に恵まれているのか。あれで更に格闘技まで取得したら…ランドはアレルの存在がどんどん脅威になってきた。それに、あんなに小さいのにあれだけの強さを持つなんてことが本当にあり得るのだろうか。それとも世間は広い。自分が知らないだけでそういう子供も稀にいるのだろうか。
「ティカ、君はあの子が何者か気にならないのか?」
「もちろん気にはなってるけど、何者だろうとアレルくんはアレルくんよ。じゃあ私はもう行くわよ。アレルくんとローザと一緒におやつにするんだから」
 そう言うとティカは去って行った。
「何者だろうとアレルくんはアレルくん、か…」
 確かにその通りだ。アレルのような通常の人間とはかけ離れた才能を持つ者に対してはありのままに接してやるのが一番だ。
(いいんだ…アレルくんにはティカとローザが優しく接してくれれば…僕は…なんだか釈然としないよ…それにしてもアレルくんは僕のどこが気に食わないんだろう)
 ランドにとって一番ショックだったのはアレルに気に食わないと言われたことだった。



次へ
前へ

目次へ戻る