サイロニア王に保護されて以来、スコットの身体の傷はどんどん良くなっていった。心の傷も、良識ある大人達に囲まれて随分と癒されていた。ある日、スコットはアレルに剣術を教えてもらいに行った。
「アレル、僕との約束覚えてる? 僕の怪我が治ったら剣を教えてくれるって」
「ああ、もちろん覚えてるぜ。見たところ、だいぶいいみたいだな」
「うん、リハビリも兼ねてこれから身体をしっかりと鍛えようと思うんだ。そして君みたいにはいかなくても、僕も強くなりたい」
「そうだな。俺、ここに来てからランドとたくさん剣の稽古したんだ。いろんな型も覚えた。これからおまえに教えてやるよ」
「ありがとう!」
 アレルがスコットに剣術を教える様子は、明らかに優しかった。そして子供が二人、剣の稽古に励んでいる様は見ていて微笑ましい。大人には無い無邪気さがあった。唯一の違和感は、明らかに年下のアレルの方が教えているということであった。

「今日はこれくらいにしとくか。いきなり強くなろうとしたって無理だぜ。毎日の鍛錬の積み重ねがものをいうんだ」
「うん、僕、これから毎日がんばるよ」
 アレル達は訓練場の外へ出て城内を歩いた。すると、スコットは時々侍女の見習いに来ているアレルと同い年くらいの少女達が、時々アレルを憧れの目で見ていることに気づいた。
「アレルは相変わらずモテるなあ」
「ん?」
「城中の噂になってるよ。今、君は十歳未満の女の子達の憧れの的なんだよ」
 アレルは至って無頓着だった。
「自覚ないの? 女の子達に話しかけられたりしない?」
「するよ。一日一回は必ず女の子の誰かに話しかけられるな。それでついでに中庭とかで話し込んだりしてさ。一度話した子はみんな顔と名前覚えたよ。女の子としゃべるのは楽しいぜ」
「アレルは女の子好きなんだ」
「もっちろん!」
「女の子の方からよく話しかけてくるってことは、君はモテてるってことなんだよ」
「そうなのか?」
 女の子が好きだと言っている割には反応が薄い。まだ恋愛にはあまり興味がないようだ。
 その時、侍女見習いの少女の一人がアレルに近づいてきた。
「やあ、メイちゃん」アレルは笑顔で応じる。
「こんにちは、アレル様。今日もご機嫌麗しゅう」
「俺に敬語なんか使わなくていいっていうのに」
「あ、あの、アレル様…お、お聞きしたいことが…」
「ん? 何?」
「あ、あのっ! アレル様はどのような女性がお好みですかっ!」
 アレルはきょとんとした。そんなことは今まで考えたことがなかったのである。
「あ、あの…宮廷中の女達が気になっておりまして…どうか教えて頂けないでしょうか?」
「俺の好みのタイプ? う〜ん、そうだなあ。ティカ姉さんとか」
 アレルは適当に今一番親しくしているティカの名を挙げた。するとメイと呼ばれた少女はショックを受けたようだった。
「あれっ? どうしたの?」
「い、いえ、ティカ様…ですか…素敵な女性ですね。そうですわね。私共のような一介の侍女見習いなどアレル様の眼中にないことなどわかっておりましたわ! ええ、わかっておりましたとも!」
「え?」
 そう言うとメイは涙ぐんで走り去って行った。
「どうしたんだよ。メイちゃん、メイちゃーん! …一体どうしたんだ? せっかく久しぶりにお話しようと思ったのに」
「アレル…もう少し女心ってものを勉強した方がいいよ…」
 スコットはまたアレルの別の一面を見た。女の子に親しげに話しかける様子を見ると女の子は好きなようだが、まだ恋愛にまで興味は持っていないようだ。

 アレルが歳の近い少女達の憧れの的になっていることは城内でも噂になっている。ティカやローザも、もちろんこのことを知っていた。
「もう、アレルくんったら本当に女の子にモテること! あの子と歳の近い女の子はみんなアレルくんに夢中よ。それなのに肝心のアレルくんは全く自覚が無いの。この間だって好みのタイプを聞かれてティカ、あなたの名前を出したのよ!」とローザ。
「あらあら、それは光栄ね」ティカは至って平然としていた。
「もう! おかげでみんな望みが無いって落ち込んでしまったわ! アレルくんって女泣かせな子ね!」
「そうねえ。女の子と話すのは好きみたいだけど、本当に熱中しているのは剣や格闘、武術のお稽古にお勉強だものね」
「今はまだ幼いからいいけれど…あの子、成長したらどんな美少年、美男子になるかしら? そのうち世界中の女を虜にしてしまうなんてことになったら…」
「人間、顔じゃないわ。中身よ。持って生まれた顔は仕方がないから、後はアレルくんをしっかりと教育して、女の子を弄ぶような悪い男にしなければいいのよ」
 あまり恋愛に興味が無い点はアレルもティカも同じであった。二人は一緒にいる時も多い。知らない間にアレルはティカに似てきてしまったのかもしれない。アレルの恋愛に関する噂を聞いてもティカは平然としていた。その態度にローザはいささか不満なようだった。
「そういえばまた別の噂を聞いたんだけれど…ティカ、アレルくんに料理教えてるって本当?」
「ええ、たまたま私がやってるのを見て『俺もやってみたい!』って言うからやらせてみたら、これがなかなか上手なのよね〜。アレルくんって奥さん貰わなくても一生独身でやっていけそうよ」
「またそんな女の子達を泣かせるようなこと言わないで頂戴」
 ローザは頭を抱えた。アレルはティカに懐いているし、ティカもアレルのことを弟のように可愛がっている。お互い気の合う部分もあるのだろう。それは構わないが、もう少し恋愛面にも興味を向けて欲しいものだと思った。
「アレルくんって基本的に何でもできるわよね。それに『男だから』『女だから』っていうのにもあまりこだわらないわ。料理は女がやるものだっていう古い考え方には全くとらわれないの」
「そうなのね。本当に一体どんな環境で育ったのかしら?」ローザは首を傾げた。

 アレルとスコットがサイロニアへ来てから平和な日々が過ぎていった。だが、それも永遠には続かない――
 ある日、サイロニアの西の洞窟からモンスターが溢れ出して、周辺の町や村を襲っているという知らせがあった。辺境に配置していた関所が全滅し、今回はかなりの強敵であると予測された。その報告に、もちろん勇者ランド一行はモンスター討伐へ出発準備を始め、そしてアレルも同行を申し出た。
「アレルくん、本当に君も行くつもりかい?」とランド。
「ああ。たまには実戦もやらないと身体がなまっちまう」
「回復魔法を使えるのがローザの他にもう一人いるのは安心ね!」
「ティカ、僕もいるんだけど…」
「ランド、おまえも回復魔法使えたの?」アレルは驚いて尋ねる。
「僕はこれでも聖騎士なんだよ。聖騎士の証として聖なる剣と中級までの回復・補助魔法を使える」
「ふーん」
 その時のアレルはさして興味がなさそうだった。
 サイロニア西の洞窟へ向かう途中もモンスターと遭遇したが、勇者ランド一行にアレルが加わってはどの魔物も強敵ではなかった。次々とモンスターを薙ぎ倒していく。
 西の洞窟は魔物の影響なのか沼地と化していた。凄まじい妖気が漂う。中はじめじめとした空気が充満し、薄暗く、どこまでも続いていた。迷宮の果てに行き止まりに辿り着いた一行は意気消沈したが、途中でつけた目印を元に別の方向へ探索を続ける。奥へ行けばいくほど不死の魔物アンデットモンスターが増えていった。スケルトン、ゾンビ、グール、レブナント。アンデットは炎や聖なる力に弱い。ウィリアムは炎の魔法で、ローザは僧侶の神聖な浄化魔法で対抗した。
「みんな気を付けろ! 今までの敵より明らかに手強い!」ランドが皆に注意を促す。
「安心しろよ。俺、アンデットモンスターは得意なんだ」とアレル。
 アンデットの数が増えてウィリアムとローザの魔法だけでは殲滅できないくらいになり始めた頃、彼らは洞窟の最深部へ辿り着いた。そこには巨大なドラゴンゾンビがいた。洞窟中に漂う妖気はこの魔物から放たれていたのだ。
「こいつがボスってわけか」
 アレルが呟くと、早速ドラゴンゾンビは襲いかかってきた。見かけによらず素早く、角や牙で攻撃してくる。下敷きになったら命は無い。アレルとランドとティカは三手に別れ、ドラゴンゾンビの注意を散漫にさせながら攻撃を仕掛ける。ウィリアムは離れたところから魔法で攻撃し、ローザは回復に専念した。切り刻むたびにただれた腐肉からは悪臭がし、嫌悪感に襲われる。ドラゴンゾンビの放つ攻撃は全て毒が備わっていた。一旦、毒におかされると動きが鈍り、強力な一撃を喰らいそうになる。毒におかされた者はローザが直ちに治療した。
 五人がかりで総攻撃を仕掛けているにもかかわらず、ドラゴンゾンビはしぶとかった。なかなか倒れない。
「みんな! 下がっていてくれ!」
 ランドは他の仲間達を後方に下がらせると愛剣を構え、聖なる光を放出した。アンデットであるドラゴンゾンビは聖なる光により多大なダメージを受け、怒号を上げる。ドラゴンゾンビの肉体に亀裂が走る。
「なんだよ。それなら俺だって使えるぜ」
 アレルは愛剣エクティオスを構えると先程のランドと同じように剣から聖なる光を放出し、攻撃した。神聖な白光がドラゴンゾンビの肉体の大打撃を与える。先程のランドの攻撃によって亀裂の走った肉体は更に裂け、ドラゴンゾンビの絶叫が辺りに木霊した。二人の連続した聖光にやられ、ドラゴンゾンビはとうとう倒れた。
「やったぜ!」
 驚いたのはランドである。
「アレルくん! 君のその剣は聖剣じゃないか!」
「えっ、こいつが?」
「そうだよ。君が今やったのは聖剣にしかできないことだ。剣に宿る聖なる光を放出してアンデットモンスターを消滅させる」
 ランドが説明したが、アレルは信じがたいようだった。
「アレルくん、あなた聖剣の使い手だったのね!」とティカ。
「こいつが聖剣だなんてなあ。あ、そうだ、ランド、おまえの剣にも名前あるの?」
「僕の剣はエスカリバーンというんだ。アレルくんの剣は?」
「こいつはエクティオス。なあ、それじゃあおまえの剣も持ち主であるおまえに反応して光ったりするの?」
「ああ。この剣は神託で教えられた、ある神聖な場所に安置されていたんだ。自ら持ち主を選ぶという特別な剣さ。ほら、見てご覧。僕を主と認めて光を放つ」
「俺だってできるよ。ほら」
 アレルの愛剣エクティオスとランドの愛剣エスカリバーン、二つの剣は主に反応して静かに光を放っていた。それは主に対する忠誠の証だった。
「驚いたわね。聖騎士はランドだけだと思っていたけれど」とローザ。
「そ、そうだよ、僕は大人になってからやっと聖騎士として認められたっていうのに、君みたいな小さな子がもう扱えるなんて…」
 ランドはまたしてもアレルに対して脅威を感じた。
「年齢は関係ないんじゃねえの?」アレルは首を傾げる。
「過去の文献によると、聖騎士となった人物は皆、成人しているな。またしてもアレルくんの謎というわけか」とウィリアム。
「ふうん」とアレル。
「ふうん、じゃないよ! アレルくん! 昔から聖剣の使い手は勇者として世界に平和をもたらす使命を帯びているんだ。君も僕達と同じなんだ!」
 ランドがそう言ったと同時にどこからか声が聞こえてきた。
「その通りです」
 その声は、洞窟の最深部の上から聞こえた。そして急に神聖な光が現れ、やがてその光は天使の姿をとった。
「聖剣エクティオスの使い手アレルよ、私は天上界に住まう神の御使い。あなたに神託を下します。あなたは勇者としてこの世界に平和をもたらす使命を負っています」
「俺が勇者? 冗談だろ?」
「あなたは人一倍強い正義感を持っています。そして強く優しい心の持ち主です」
「いや、そんなことはないと思う…だいたい人の運命を勝手に決めるなよな。俺が勇者と同じ行動をするかどうかは俺自身が決める」
「アレルくん! なんて罰当たりな!」ランドは驚いて注意する。
「よいのです」
 天使の姿をした神の御使いは、アレルを咎めることなく言葉を続ける。
「アレル、確かにあなたは自由です。あなたは何者にも束縛されません。この地に留まり勇者ランドの手助けをするか、それとも他の地域へ行き、新たな土地に平和をもたらすか、いつ、どの順番でどこへ行き、何をするかは全てあなたの自由なのです」
「な、何だって! アレルくんはこの土地の勇者ではないというのですか?」とランド。
「アレルは今現在世界最強の勇者。ですから特別な使命を帯びているのです。そう、ひとつの土地ではなく、世界のあらゆる土地、生きとし生ける全ての生命の平和の為に戦う使命を負っているのです」
「俺が世界最強?」
 一瞬、間が空いた。剣を取ればランドより強く、あらゆる武器に精通、魔法も攻撃・回復・補助全ての呪文を高等呪文まであっという間に取得。それでいてこの幼さ。さらに自然を操る能力を加えれば、まさにまごうことなき世界最強の戦士である。その場にいたメンバーはそれぞれアレルの驚異的な戦闘能力を考え、納得した。
「俺と同じくらい強い勇者はいないのか?」
「既に生まれている者もいますし、これから生まれてくる者もいます」
「ふーん。それよりあんたが本当に神の御使いだっていうなら、俺が何者か知ってるんだろ?」
「はい。ですがここであなたに教えることはできません。これからの長い旅路であなた自身が見出すのです。己が何者であるのか。そしてどのように生きていきたいのか」
 そこへティカが口を挟む。
「天使様、アレルくんのご両親は今どうしていらっしゃるのですか? 心配しているのでは?」
「…その質問には答えられません。いずれ全てわかる時がきます」天使は固い表情で答えた。
「全てがわかる時…俺の記憶が全て戻る時か…」
「その時にはアレル、あなたは人生で最大の試練を迎えます。その試練に乗り越えられるかどうかはあなた次第。ですが私達はあなたを信じていますよ」
「別に信じてもらわなくてもいい。俺は俺の好きなようにさせてもらう」
「アレル、あなたは神の加護を自ら必要としない者。ですから私達はあなたに敢えて祝福を授けたりはしません。ですが、あなたがいつか真の幸福を得られることを祈っていますよ」
 そう言うと、天使は静かに姿を消した。



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