魔族の手によってルヴァネスティ王国の裏通りは外界から遮断された。アデリアスが裏通りにいると知ったラドヴァンは気も狂わんばかりになったが、どれだけ必死になっても裏通りに侵入することはできなかった。
 一方、アデリアスはジャネットという女性の案内で城へ帰ろうとしていたところだった。帰路を断たれた彼女は邪悪な気配を感じ取った。そして裏通りの人間が徐々に凶暴化していることも。魔族はあくまでも人間の手でアデリアスを亡き者にしようとしていた。ユーレシア大陸の魔族は、自らは手を下さずに敵を同士討ちさせるのを好む。表に出てくることは滅多にない。それが彼らのやり方だった。
「大変ですわ! 魔族がまた術を行使したようです。これは生物を凶暴化させる術ですわ!」
「何だって!」
 アデリアスの髪は橙色に金の入り混じった髪。その太陽のように光り輝く髪は非常に目立つ。あっという間にごろつき達に囲まれた。魔族の術により凶暴化したごろつき達は狂ったように襲いかかってきた。それに対して応戦したのはジャネットであった。両手に二本の剣を携え、ごろつき達を返り討ちにする。血飛沫が舞い、何体もの死体が転がった。生まれて初めて人が殺されるのを目撃したアデリアスは息をのむ。
「お嬢ちゃん、あたしから離れるんじゃないよ。それでも、どうしてもあたしが守りきれなかったら、お嬢ちゃんの手で相手を――殺すんだ」
「!!」
「みんな術をかけられて正気じゃない。お嬢ちゃん、怖いだろうけどここで生き延びる為には相手を殺さなくちゃならない。殺さなきゃこっちがやられるんだ!」
 アデリアスは黙ったまま震えていた。ジャネットは剣を構えて新たに襲い来る敵に備える。術で凶暴化したごろつき達は瞬く間に集まってくる。そしてアデリアスを亡き者にせんと襲いかかってくるのだ。
(これではいけないわ。わたくしは神託を受けた勇者の一人。落ち着いて戦況を打破する方法を考えなければ……)
 再びジャネットが剣を振るおうとしたその時、アデリアスは魔法を使い、襲いかかってくるごろつき達を全員麻痺させた。動けなければそれ以上何もできない。無益な殺生は避けるべきである。
「ジャネットさん、彼らは麻痺して動けなくなりました。これでしばらく襲いかかってくることはないでしょう。今のうちに術者を探します」
「お嬢ちゃん、やるじゃないかい。それじゃあその術者ってのを探そう。でも一体どこにいるんだい?」
「闇雲に探すのは効率が悪いですわ。それに先程のあの魔族、どうやら高いところから人間を見下すのが好きなようですわね。浮遊術を使って空中を探しましょう。浮いていれば人間に襲われることもないでしょうから」
 アデリアスは浮遊術を使って自分とジャネットの二人を空中に浮かびあがらせた。どんどん高度を上げていくとそこには魔族の姿が。
「いた!」
「くそっ! 生き延びたか。それにそこの女、娼婦ではなく剣士だったのか!」
「お待ちなさい!」
 魔族はワープ魔法を用いて姿を消そうとした。その寸前で二人は魔族の身体を捕まえた。視界が暗転し、気がつくとそこは邪悪な気配が漂う城の中だった。
「ここは……?」
「いかにも魔王がいそうな不気味な城だねえ」
「魔王ですって? そこのおまえ、ここは魔王城なの? 答えなさい!」
「あの高貴な方に近づこうなど恐れ多いことを考えるな! ここは魔将校デシメス様の根城だ」
「魔将校ですのね。わかりましたわ。そのデシメスとやらに会って魔王について聞き出します」
「生意気な! このユーレシア大陸の魔将校は他の大陸の魔王に匹敵する強さを備えていらっしゃるのだぞ! そしてその魔将校達を統べるあの方は特別なのだ! おまえ達下賤な人間共などこの私が消してくれる!」
 その魔族は襲いかかってきたが、今度はアデリアスも怯んではいなかった。落ち着いて呪文を詠唱し、巨大な火球を作り出すと魔族にぶつけた。そこをジャネットが剣で仕留める。その魔族が息絶えると、アデリアスとジャネットは状況を把握しにかかった。
「ここは魔将校デシメスの城。ジャネットさん、わたくしはデシメスを倒しに行きます」
「ちょっとお待ちよ! 一旦帰った方がいいんじゃないかい?」
「どうやって帰るつもりですの? わたくし達は魔族の使ったワープ魔法でここまで来たのですのよ。まず、ワープ魔法というのは知らない場所には行けません。それにワープ先のおおよその地理がわかっていないといけないのです。距離が遠ければ遠いほど魔法力を消費しますし。わたくしはまず、この城がどこにあるのか知りません。それにわたくしが自分の城に帰ろうとしても、今まであまり外に出たことがなかったので、ワープ魔法で帰ることができないのです」
「そりゃ困ったねえ。でもあたし達だけで魔将校とかいうのに立ち向かうのは無謀だよ。なんとか脱出しないと」
「いえ、そのようなことをしても、また先程のような騒ぎが起こるだけですわ。魔族達はなんとしてもわたくしを亡き者にしようとしていますもの。せっかく敵の本拠地へ入ったのですからこのまま魔将校デシメスに会いにいきます。それに脱出方法を考えている暇はないようですわ」
 アデリアスとジャネットが話をしているうちに城内のモンスターが集まってきた。ジャネットは舌打ちをして二本の剣を抜く。
「お嬢ちゃん、あたしが前に出て戦うからあんたは後ろから魔法で攻撃しておくれ」
「わかりましたわ」
 こうしてアデリアスとジャネットはたった二人で魔将校の城内を探索することになった。実際に行動を共にしてみて、ジャネットという女性はかなり実戦経験が豊富だということがわかった。二本の剣で舞うように敵を切り裂いていく。そして戦況に応じて的確な助言をしてくれるのだ。アデリアスは徐々に魔法を使った実戦に慣れてきた。
 出口のわからない魔将校の城。瘴気の漂う城内を2人の女性は進んでいく。途中で彼女達は城のテラスを発見した。
「まあ! この城、空中に浮いていますわ!」
「魔法で浮いているのかい? でもおかしいねえ。こんなでかい城が浮いていたら目立つんじゃないかい? 外には町や街道が見えるよ」
「特殊な結界を張って見えなくしているようですわ。向こうにある大きな都市はわたくし達のルヴァネスティかしら?」
「あの馬鹿でかい城。間違いなくルヴァネスティ王国の首都ヴァネストだね」
「それではここから城へ帰ることは可能ですわね。さあ、先を急ぎましょう」
「お嬢ちゃん、だからあたし達だけじゃ無謀だってば。ここはこっそり抜け出してもっと強い戦士をたくさん護衛につれてからきな」
「甘いですわ。ここの城主は既にわたくし達の侵入に気づいているのですよ? そう簡単に帰してくれるとでも思っていますの?」
 そう言った矢先に数多のモンスターが現れた。
「……ちっ! 仕方がないねえ。この際生き延びる為なら何でもするよ」
「ジャネットさん、巻き込んでしまってごめんなさい」
「いいんだよ。お嬢ちゃん一人だけじゃ心配だし。こっちこそ悪いねえ。お姫様を守るナイト役がこんなあばずれ女でさ」
「まあ、ジャネットさんは素晴らしい剣士ですわ。わたくし、実戦を見るのは初めてですけれど、相当腕が立つのではなくって?」
「まあね。親父が剣士だったからさ」
「それだけ腕が立つのなら騎士になれますわ」
「騎士なんてお堅い職業はあたしの性に合わないんだよ」
 アデリアスはこの城から生還したら必ずやジャネットを味方に引き入れようと心に決めていた。助けてもらった大恩もあるし、これだけ腕が立つ戦士ならば旅の同行者として申し分ないだろう。だがまずは目の前の敵を倒すことが先だ。アデリアスとジャネットは城の上層部へ上がり、この城の主の元を目指した。



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