ここは魔将校デシメスの城最上階。豪奢な装飾がなされた広い空間に優雅なヴァイオリンの音が響く。見ると、この城の主と思われる魔族――デシメスがヴァイオリンを演奏していた。アデリアスとジャネットが近付くとそっと演奏を止める。
「音楽は人間の生み出した文化の中で最も素晴らしいものだ。だが人間は屑だ。我ら魔族の下僕として使役するのがよかろう」
「おまえが魔将校デシメスね!」
「アデリアス王女。さすがは神託を受けただけあるな。そう簡単には抹殺できぬか。だがこれならどうかな?」
 デシメスが指をぱちんと鳴らすとジャネットの立っている場所に落とし穴が出現した。不意をつかれたジャネットはそのまま落下していく。
「ジャネットさん!」
「王女よ、そなたが生きてここまで来られたのもあの女人の助けがあってこそ。これでもう邪魔する者はいなくなった。その幼さでここまで来たことに敬意を示して私自ら止めを刺してやろう」
「そうはいきませんわ。たとえわたくし一人でもおまえを倒して見せます!」

「くっ! 油断した!」
 ジャネットは下の階まで落ちた後、舌打ちした。アデリアスを気にかける余裕もなく大勢のモンスターが襲ってくる。遠くにモンスター達の親玉と思われる魔族がいた。
「女よ、相当腕が立つようだがデシメス様に使える精鋭の魔物百匹を倒せるかな? 仮におまえが生き残ったとしてもあの王女はもう死んでいるだろう。ハハハ!」
「ふん! ごちゃごちゃ言ってないでかかってきな!」
 ジャネットは二本の剣を左右に携え、構えた。ジャネットは剣舞の達人であった。舞うように敵を切り裂いていく。あっという間に血の花が咲いた。次々と敵を倒していくその姿は美しくも恐ろしい戦いの女神のよう。モンスターを使役している魔族は珍しいものでも見るようにジャネットの戦いぶりを眺めていた。ジャネットの官能的な美貌と色気はいかにも娼婦を思わせる。妖艶な色香で男を惑わす類いの美貌だ。ふくよかな胸と引き締まった腰は踊り子でもしていたのかと思わせる。そんなタイプの女性が下手な女戦士よりも激しい戦いぶりをしているのだ。一般的な先入観からすると、ジャネットのような色気に満ちた女戦士というのは珍しい。鎧かぶとに身を包むわけでもなく、娼婦のような格好で身軽に敵を剣で切り裂いていく。戦士としては異色の存在に見えた。
 それは非常に長い時間に感じられたし、気がついてみるとあっという間のようにも感じられる。ジャネットは無我夢中でモンスター達を倒し、全て止めを刺した。顔は返り血に染まっている。剣も腕も紅に染まっていた。百匹全て倒した後、モンスター達の親玉を見つけようとしたが見当たらない。
「女、ジャネットとか言ったな。おまえを殺すのはそう簡単にはいかないようだな。それにおまえが何者なのかも気になる。人間社会に潜り込んで少々調べさせてもらうぞ」
「待ちな!」
 魔族は姿を消した。しかし休んでいる暇はない。ジャネットは返り血を拭うと再び最上階を目指した。

 こちらは最上階。アデリアスとデシメスが対峙していた。どこから現れたのか、デシメスには四人のしもべがいた。直接攻撃を得意とするもの、魔法攻撃を得意とするもの、回復魔法を得意とするもの、補助魔法を得意とするもの、それぞれ特徴がある。
「さて、アデリアス王女よ。そなたは魔道士。魔道士というものは腕力と体力に劣り、戦士が前衛で戦っていないと碌に術も詠唱できないものだな。それがたった一人で五人を相手にどう戦うおつもりかな?」
「方法はありますわ!」
 アデリアスは呪文を唱えた。するとエレメンタルが出現した。地・水・火・風。四大元素を司るエレメンタルを召喚したのだ。デシメスは驚嘆した。
「ほう」
「これで五分五分ですわね。わたくしはこの歳で神託を受けた勇者。見くびってもらっては困りますわ」
 デシメスは口角を上げた。そしてアデリアスとデシメスの熾烈な戦いが始まった。団体戦の場合、真っ先に倒すべきは回復魔法の使い手である。せっかく敵に傷を負わせても回復されてしまったらきりがない。アデリアスもデシメスも相手の回復手段を封じようと必死である。水のエレメンタルは回復、地のエレメンタルは補助、火と風のエレメンタルに攻撃を任せる。アデリアスはエレメンタル達をうまく使役してデシメスのしもべを倒していった。デシメスは眉を顰めた。アデリアスは若干七歳でユーレシア大陸の魔法をマスターしてしまった天才魔道士である。術の詠唱が非常に速かった。エレメンタルを一体倒してもまたすぐに召喚してしまう。デシメスは、アデリアスを軽く見ていたのを後悔した。デシメスのしもべは一人、また一人と倒れていった。
「くっ! この小娘が!」
「覚悟なさい! わたくしがあなたに止めを刺してあげましてよ!」
 アデリアスは地水火風、四大元素を司るエレメンタルを自分の方へ集めた。そして複合魔法を唱え始めた。自然界のありとあらゆる色がアデリアスから放たれる。地水火風のエレメンタルを集めた巨大な魔力をデシメスに向かってぶつけたのだ。デシメスは倒れた。
「勝負はここまでですわ。魔将校デシメス。おまえの主君である魔王はどこにいるのか教えなさい!」
「やるな、小娘。だがおまえがあの方に近づけることはあるまい。おまえにはその資格がないのだ。……くっ、王女よ、おまえのような小娘にやられたとあっては最早魔界で生きていることは叶わぬ。このような失態を許すほど我が同志は甘くない。さらばだ」
 そう言うと、デシメスはアデリアスを巻き添えに自爆しようとした。アデリアスは慌てて防御魔法を使う。広範囲に爆発が起き、城の最上階は瓦礫の山になった。
「お嬢ちゃん、無事かい!」
「ジャネットさん! ここは危ないですわ! 脱出しましょう!」
 主を失った城は結界が解け、人々の前に姿を現した。急に空に浮かんだ城が現れたという知らせはルヴァネスティ王国の首都まで一気に伝わり、アデリアスの父ラドヴァンの耳にも入った。
「殿下! あの城、もしやアデリアス姫はあの城にいるのでは?」
 まず、アデリアスが攫われ、ラドヴァンは娘の行方を必死に探していた。すると城下町の裏通りが外界から遮断されるという事態が起きた。アデリアスは裏通りにいると知って必死になって突入を試みるが、入ることは叶わなかった。アデリアスとジャネットが魔族と共にデシメスの城までワープした後、裏通りは元通りになり、ラドヴァンは娘のアデリアスを必死になって探したのだが、結局見つからず、気も狂わんばかりになっていたのである。そうしたら今度は空中に浮かんだ城が急に現れたという。瘴気が漂っているので魔族の城と思われるが――
「皆の者! あの城まで行くぞ!」
 アデリアスの行方について手掛かりがない以上、魔族の拠点と思われる場所に行くしかない。そう思ったラドヴァンが宙に浮かぶ城へ向かった。
 その宙に浮かぶデシメスの城は、今まで主の魔力で動いていた。いつまでも宙に浮いてはいない。そのうちに墜落し、崩れていった。

「なんとか脱出できましたわね」
「お嬢ちゃんはいろんな魔法を使えるんだねえ。それよりこんなどでかい城が落っこちたら今頃ルヴァネスティ王国でも騒ぎになってるだろう」
「そうですわね。ここで待っていればお父様と合流できるかしら?」



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