「セドリックー!」

後ろから誰かに抱きつかれたと思ったら、それはエルナだった。未だかつて女にモテたことがないセドリック。当然女の方から抱きつかれたことなどない。セドリックの心はふわふわと舞い上がっていた。これは現実なのか。夢なら覚めないで欲しい。エルナの柔らかい身体の感触。ふわふわとした髪から漂う心地よい香り。エルナの方はセドリックを驚かせたと思い、無邪気ににっこりと笑う。

「えへ、びっくりした?」
「君ならいつでも歓迎だよ、エルナ。ところで今日はどうしたんだい?」
「うん!セドリックって賭博師なんでしょ?トランプ得意なんだよね?」
「え?」
「ねえねえ、みんなでトランプやらない?アレル君はまだトランプやったことないんだって。ねえ、みんなで遊ぼうよー!」

というわけで、アレルとセドリック、エルナとフォルスの四人でトランプをすることになった。

「アレル君はトランプやったことないんだ」
「ああ、俺はずっと一人で生きてきたから、大勢で遊ぶゲームはやったことないんだ」

この台詞を聞いてやはりアレルは8歳ではないのではないかと思うセドリック達であった。

「トランプくらいはやっといた方がいいぞ。一般教養として七並べとババ抜きは知っておくべきだ」
「ねえねえ、セドリックー!カード切ってよー!私、トランプ上手く切れないんだ。いつも失敗してぐしゃってなっちゃって」
「フッ、見たまえ諸君。この俺様のカード捌きを!」

セドリックは賭博が好きなだけあってトランプには慣れている。カードもまるで手品師がやるような方法で軽やかに切っていく。エルナはカードを上手く切れないのでどうやったらあんなに上手くできるんだろうと思って見ていた。
アレルはトランプゲームの内、七並べとババ抜きのルールを教えてもらい、みんなと一緒にやってみた。

四人の中で一番強かったのはセドリックだった。フォルスは内心ちょっと悔しかったが、これはゲームでみんなで楽しむものだと自分に言い聞かせた。
そして、エルナとアレルはトランプに非常に弱かった。負けるのは必ず二人のどちらかである。

「あー!悔しーっ!また負けちゃったー!」
「エルナは昔からトランプ弱いよね」
「そうなのかい?しかし、アレル君もよく負けるなあ」
「う、うるさいなあ。初めてなんだからしょうがないだろ」
「初めてなのは関係ないと思うけどなー」

アレルとエルナ、二人の共通点は神託を受けた勇者であること。

「まさか勇者ってトランプに弱いのか?サイロニアの勇者ランドもミドケニア帝国のリュシアン皇太子もトランプ弱かったりして」
「まさか!偶然だよ。魔王との戦いに何の関係もないじゃん」
「でもやだなー。トランプが弱い勇者なんてカッコ悪い」魔王と関係が無くてもエルナは悔しがっていた。
「俺もカッコ悪いのは嫌だ」アレルも非常に悔しがっていた。カッコ悪いのは嫌らしい。

その後、アレルは三回連続でゲームに負けた。

「……………俺、もうやめるっ!」

そう言うと、アレルは部屋を出て行った。

「悔しかったんだなー。ああいうところはまだ子供だね」
「基本的に何でもできる優等生のアレル君はトランプに弱い、か。っていってもたいしたことじゃないな」

その後、セドリックとフォルスはトランプゲームのスピードで勝負を始めた。フォルスは負けじと頑張る。エルナは二人の勝負を呑気に眺めていた。



セドリック、エルナ、フォルスの三人はトランプを終えて部屋の外に出た。しばらく歩くと帝国の宮殿内でアレルを発見した。アレルはトランプに負けた時よりも更に不機嫌でイラついているようだった。

「…………………………」
「アレル君、どうしたんだい?」
「……………俺の記憶はいつになったら戻るんだよーーーーー!!!!!」

このルドネラ帝国に着いてから女神ナフェーリアに会い、しばらくこの国に滞在すれば記憶の一部を取り戻すと言われた。それで大人しく宮殿に滞在していたのだが、何も物事が進展しない。

「トランプなんてやってる場合じゃない!俺は早く記憶を取り戻したいんだよ!!!!!」
「アレル君、落ち着いて」
「きっとただ待ってるだけじゃ駄目なんだ!自分から行動を起こさなきゃ!」
「でも、どこで何をするの?」エルナが無邪気に尋ねる。
「この宮殿にいるだけじゃ駄目なんだよ、きっと」
「この帝国の首都ルダーンから出るってこと?それなら帝国戦艦で国の領土を案内してあげてもいいよ」

エルナが言うには、このルドネラ帝国には巨大な飛行戦艦があるらしい。それで帝国の領土を案内しようというのだ。アレルはエルナに飛行戦艦に乗せてくれと頼んだ。エルナは快く承諾したが、これをきっかけに魔族が何か仕掛けてくるかもしれない。内心警戒は必要だと思った。



翌日、エルナはフォルスとセーディーを連れて、アレルとセドリックを飛行戦艦に乗せた。エルナ不在の間、何かあった時の為に賢者ベラルドとラウールを帝国宮殿に待機させている。グラシアーナ大陸最大の軍事国家であるルドネラ帝国の戦艦は巨大だった。元は古代遺跡から発掘されたものらしい。アレルが一年前に訪れたミドケニア帝国も戦艦を所持しているが、地上戦艦である。それに対し、ルドネラ帝国は飛行戦艦である。戦いになればこの戦艦の方が圧倒的に有利だろう。

「これがルドネラ帝国の戦艦か。すげえな」

動力の音が鈍く響く。帝国戦艦はゆっくりと空に浮かび上がった。



飛行戦艦に乗り、エルナからルドネラ帝国領土の案内を受ける。空は快晴。青空の下で巨大な戦艦が空中を移動し、地上に大きな影を作っていた。地上を見渡すと城や町など、建物が集まっているところと、緑豊かな自然があるところに分かれる。山があり谷があり、川があり森があり――アレルは森へ行くといつも親近感が湧くことを思い出した。自分にとって森は何かがある。頭の中のかすかな記憶の手がかりに森と砂漠のイメージがある。砂漠のイメージはおそらく父と共に過ごした時の記憶であろう。育ての親との記憶。未だおぼろげだが徐々に思い出してきている。そして今は森の記憶について考えていた。

「見て、あそこにはナタールの大森林があったの。でもね、五年前、大火事で焼け野原になってしまったのよ」
「ナタールの大森林………」

アレルの目に焼け野原の光景が映った。

「……………あそこは……………俺が生まれた森じゃないか!」
「えっ!?」

周りにいた者は全員アレルに振り向いた。

「……………思い出した……………俺は赤ん坊の頃、あそこで育って…そして………あれからどうなったんだ?森の動物達は?そうだ!母さんは?母さん達は?」

アレルは浮遊術を使い、戦艦から飛び出した。

「アレル君!」
「お母さんだって?アレル君のお母さんがあそこにいるのかい?」

セドリックとエルナ達は慌てて戦艦を降り、アレルの後を追った。



アレルは浮遊術で飛び回り、焼け野原になった大森林の跡を、母を呼びながら探し回った。

「アレル君!」
「駄目だ…あれから五年か…何も残ってなくても無理はないな…そうだ!このナタール大森林は大樹の精霊が守ってたはずだ」

アレルは大樹を探した。大森林跡地の中央に、巨大な切り株があった。無残に焼けた切り株はぽっかりと黒い空洞ができている。アレルが近づくと、大樹の精霊がぼんやりと姿を現わした。儚げで今すぐにでも消えてしまいそうだ。

「アレル…あれから無事生き延びていたのですね…良かった…」
「あなたはこの大樹の精霊。俺が何者か知っている?」
「アレル、私が知っていることの全てを教えましょう」





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