ザファード大陸の裏の顔、ルスクリタ。そこは大都市アラレイクスの地下にあった。薄暗い階段を降りると怪しげな曲が聞こえ、怪しげな香りがする。そこでは地上では売られていない怪しげなものがたくさん売られていた。魔女が薬の調合に使うような怪しげな材料。動物の爪や牙、油や鱗。そして怪しげな占い師の老婆がいる。美しく着飾った女達がステージで踊っている。ガジスはワクワクしてきた。奥へ進むと、なんと子供の人身売買を発見した。ザファード大陸では特に子供は大切に扱われている。両親を失った孤児達の処遇は他の大陸よりずっと良心的であった。それなのに裏の顔へ足を伸ばせば、人々が大切にしているはずの子供達が奴隷として売られていたのであった。ガジスは世の中そんなものだろうと思った。

魔族であるガジスは人間とは心の仕組みも身体の仕組みも違う。子供の奴隷売り場もけろりとした顔で通り過ぎ、情報屋を探す。薄暗いルスクリタの中に情報を売っているパブを発見した。中へ入ると大柄で筋肉質の、強面の男がガジスを睨みつけた。

「何の用だ!」
「情報をおくれ」

ガジスは金貨を数枚テーブルに置きながら大男を見た。身の丈は二メートルくらいある。頭はスキンヘッドでつるつるだった。薄暗いパブの中でもランプの光でテカっている。怒るとこめかみに血管が浮き出る。眼光鋭く、顔には恐ろしい傷跡があり、針で縫った後があった。見るからに恐ろしい形相の大男である。

「っていうか、あんたもザファード人なの?」
「おいっ!金貨が足りねーぞっ!情報欲しけりゃもっと出せやコラァ!」

ガジスの質問には答えず大男は金貨を更に要求してきた。仕方なく金貨を追加して渡す。

「ったくよお、世の中ふざけてやがるぜ。みんな自分はもっともらしいこと言ってると思ったって、何もわかっちゃいないんだ。『世の中いろんな人がいていいんだ』とかいうけどよお、そう言っときながら自分が理解できない価値観の人間を認めようとしないんだ。それに俺みたいな昔ワルやって思いっきり人相悪い人間がいていいだなんて思ってねえだろ。『人は見かけで判断するな』っていうけど、俺みてえなのは外見で判断されちまうんだよ!……で、おめえは一体何が知りてえんだ?」
「聖王家について知りたい」
「聖王家の奴らは大嫌いだ。俺達の裏の商売を邪魔ばかりしやがる」

ガジスは金貨を慎重に一枚ずつ追加しながら情報を聞き出そうとする。

「八年前に聖王家が滅びたっていうけど、一体何があったんだい?」
「そいつは俺にもよくわからねえ。だがあの勇者ルシアスの激しい憎悪の表情を見る限り、余程のことがあったんだろうよ」
「勇者ルシアスが魔王化して聖王家を滅ぼして現在行方不明だってね」
「ああ。あのルシアスがなあ……あんなに優しくて真面目な奴があそこまで憎しみに染まるのに一体何があったのか。聖王家の奴らを憎んでいたようだが。ルシアスは正義感が強くて俺達にとっちゃ目障りな存在だった。子供の奴隷商売も何度も潰されたからな。でもなあ、俺達は気づいていたよ。ルシアスは魔族から何度も接触を受けていた。魔族達はルシアスを味方に引き込みたかったようだ。魔族の計略にかかって魔王化したと言われているが、実際はどうだかなあ。憎悪で染まったルシアスの顔は、確かに俺達の知ってる勇者ルシアスじゃなかったが……」

なかなか詳しい情報が引き出せない。もどかしい気持ちを抑えながらガジスはもっと詳しい話が聞けないかと金貨を追加する。

「八年前、聖王家で生まれた子供はいなかったかい?」
「いや、そんな話は聞いてないぞ。聖王家で誰か生まれたら必ず話題になるから間違いない。聖王家の第一王子イアウィンは十八歳になったばかりで、これから婚約者を決めようという時だった」
「何だって?それじゃあ……」

アレルは一体何者なのだろう。男から更に詳しく話を聞いたが、聖王家の当主は代々長男または長女。基本的に第一子である。第一子が剣でなく学問や魔法に才がある場合のみ第二子が当主となるらしい。つまり聖王家当主の証である聖剣エクティオスを使いこなせる剣の腕も必要なのである。今この男から得た情報では、聖王家に新たに生まれた子供はいない。第一王子もいるし、その王子の子がいるわけでもない。

「あのさ、アレルっていう赤い髪の男の子知らない?聖王家で」
「何言ってるんだ。聖王家の人間はみんな金髪や銀髪、薄い髪の色をしている。赤い髪の子供が生まれたなんて話は聞いたこともない」

更にわからなくなってきた。果たしてアレルの出生の秘密を突き止めることはできるのだろうか。ガジスは新たに質問をする。

「聖剣エクティオスは未だ見つからないんだってね」
「ああ、そうだ。それでとうとう聖都ジヴィタス・サンクティの教皇メリボルドは自ら探しに旅に出たんだよな。他の大陸へ」
「えっ?教皇が自ら?」
「ああ。教皇はルシアスの魔王化についても何か知っていたようだった。沈痛な面持ちだったぜ」

それではそのメリボルドという教皇を探して聞き出せばよいのか。しかし他の大陸へ旅に出たといっても今どこにいるか皆目見当がつかない。ユーレシア大陸にいるとするなら範囲が広すぎる。

「聖王家のあったサントレオングは今となっては暗黒大陸になっている。聖王家に仕えていた連中の亡霊なんかが出ると聞いたことがあるぜ。それに魔族共もいるって話だ」

他にもいろいろ尋ねてみたが、これ以上の情報は得られなかった。ガジスは聖王家のあったサントレオングという場所へ行ってみることにした。ガジスは魔族なのでザファード大陸の魔族と接触することも可能である。ひとまず帰ろうかというところで騒ぎが起きた。奴隷として売られていた子供の一人が暴れているのである。怪しげなものを売っていた場所の油に火がつき、ルスクリタの中は火事になった。怪しげなものの正体が何だったのか確認する間もなく、どんどん火が燃え移る。ガジスは奴隷として捕まっている子供達のところへ行った。

「ねえ君達。このどさくさに紛れておじさんと一緒に逃げる?」

子供達は顔を見合わせたが、黙って頷いた。それを見てガジスも黙って子供達を牢屋から逃がす。罵声を浴び、襲いかかってくる大人達もいたが、ガジスは軽く打ち倒す。

地上へ出て大都市アラレイクスの役人に子供達を引き渡す。事情を聞かれても適当にあしらい、ガジスはとっととその場を立ち去った。口笛を吹きながら次の目的地へ向かう。

(おっと、今までの情報をもう一度ちゃんと整理しなきゃ)

八年前、聖王家が滅びた。アレルが生まれたのも八年前であると思われる。アレルは聖王家の血を引くはずである。
聖王家は、かつてこの地にいた勇者ルシアスが魔王化して滅ぼされたらしい。勇者ルシアスは現在行方不明。
勇者ルシアスとは非常に誠実で人々の信頼厚く、間違っても犯罪を犯すような人物ではない。彼に限ってそんなことは絶対に無いと言いきってもいいくらいだとの評判だった。
ザファード大陸が他の大陸に対して閉鎖的になっているのは、聖王家が滅びたという一大事が発生したことも原因の一つである。
聖王家に代々受け継がれる聖王家当主の証が聖剣エクティオスである。聖王家の正統な後継者にのみ受け継がれる。エクティオスは自ら持ち主を選ぶ特別な聖剣であり、仮に正当な血筋の者でも主として認めなければ何の反応も示さない。
そのエクティオスは三年前ユーレシア大陸の砂漠地帯で赤い髪の男の子に奪われてしまったそうだ。それはアレルのことではないかと思われるのだが……

これらのことに加えて今回新たにわかった事実を付け足す。

勇者ルシアスは優しくて真面目で誠実な人柄であったらしい。そんな彼が憎しみに染まるとは一体何があったのか。魔族の計略だったのだろうか。
八年前、聖王家で生まれた子供はいない。その上、聖王家で赤い髪の子供が生まれたことはないらしい。
教皇メリボルドが聖剣エクティオスを探しに自ら他の大陸へ旅に出たらしい。
聖王家のあったサントレオングは今は暗黒大陸と化しており、亡霊や魔族がうろついているらしい。



謎が深まる中、ガジスはサントレオングへ向かった。次の目的地は聖王家のあった、暗黒大陸化したサントレオング。





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