アレルはここのところずっと空間術の勉強に没頭していた。そして徐々に自分の空間作りを始めていったのである。まだ何もないが、ひとまず空間を作ることには成功した。そして今は、ものを空間にしまったり取り出したりする練習をしていた。ギルのペット、ペグーはそれを興味を持って見てはいたが、なかなか構ってもらえないのが不満であった。
「アレル〜、部屋に籠もってばかりいないで僕とも遊んでよ〜」
「ああ、悪い。もうすぐでコツを掴めそうなんだ」
「じゃあ今度は僕を中に入れたり出したりしてみてよ」
「駄目だよ。おまえは生き物なんだから失敗したら大変だ。危ないよ。まずは物で試さなくちゃ」
 そこへギルがやってきた。
「おー、やっとるな! 自分の空間に自由にものを出し入れできるようになったら、今度は自分自身が出入りできる練習をしないとな」
「そうだな。でもまずはものが先さ。一番大切な金をしまっておきたいんだ。重たいし」
「重たい? 君そんなにお金たくさん持ってるの? さてはサイロニア王から勇者としてたくさん餞別をもらったな」
「それもあるけどヴィランツ皇帝から巻き上げた金貨千枚が重くて」
「なぬっ! そんな大金どうやって? 悪いことしちゃいけませんよ!」
「ただ闘技場に出て優勝しただけだよ」
 アレルはヴィランツ帝国から亡命する際、手っ取り早く金を稼ぐ為に闘技場に参加したことを話した。その発想にギルは呆れつつ感心しつつ聞いていた。
「ぬうう…その歳で優勝するとは、さすがは世界最強の勇者」
「一部両替したんだけど、やっぱり重いし持ち運び不便なんだよな。旅に必要な金ならサイロニア王に貰った分で十分だ」
 一通り空間術の練習が終わると、アレルとギルとペグーはお茶にした。
「ギル師匠、このグラシアーナ大陸にはヴィランツ帝国とルドネラ帝国、二つの帝国があるんだな?」
「二つじゃないよん。四つだよん。ちょうどグラシアーナ大陸の北東、北西、南東、南西に一つずつ。世界征服なんておおっぴらに野望を掲げてるのはヴィランツ帝国ぐらいだけど、北東のヴァルシュ帝国も領土拡大を図っているな。南西のミドケニア帝国ももっと国を繁栄させたがっているし、今の領土の維持と統治に齷齪してるほどおっきいのはルドネラ帝国ぐらいだね」
「どこも一癖ありそうだな」
「そりゃあ単に皇帝として今の領土だけじゃ不満だって思いから他国に侵略を始める国もあるさ。でも実際には資源が不足しているから侵略をする国だってあるんだよ。一応自分をはじめとした国民全員の幸福、国の繁栄を願っての行動をとっているんだ」
「他の国とうまく交易すればいいじゃないか」
「そう単純にはいかないのが世の中ってものさ」
 その時、ペグーが大きく鳴いて羽ばたきし始めた。
「師匠、ペグーが遊んで欲しいって」
「そうか。よしよし。それでは主人たるこのギルちゃんが――」
「いや、師匠じゃなくて俺と遊びたいって」
「……………」
「だからちょっと外に出てくるよ。じゃあな」

 ひゅうぅぅぅ〜……………

 あとに残されたギルは一人しばらく寂しい気分に浸っていたが、やがて思い立ってこっそりと追いかけて行った。
 アレルはペグーを連れて森の動物達と遊んでいた。木の上に登ったり、泉までかけっこをしたり、その光景は微笑ましく、無邪気そのものである。時には自然を操る力を使い、そよ風を起こしたり、木の葉をまき散らしたりして遊んでいる。動物達と遊んでいるアレルは無邪気でとても可愛らしい。そんなアレルをギルは木の陰からこっそりと覗きながら、なんて可愛いんだと思っていた。端から見れば十分に挙動不審なのだが本人に自覚は無い。そしてアレルがたくさんの動物達と戯れているところへ思い切って突入していった。
「ア〜レ〜ル〜く〜ん、ボクを動物のお友達に紹介してくれるかな〜?」
 森の動物達はギルを不思議そうな目で見た。
「アレル、この人は?」
「俺の魔法のお師匠様なんだ」
「変わった服着てるねえ」
「僕知ってるよ。この辺りに住んでる変な魔法使いだ」また別の動物が答える。
「なになに? 一体何話してるの? アレルくん、ボクに教えてよ〜」
 ギルは仲間に入れてもらおうと必死だった。
「ギル師匠のことは知ってるって。この辺りにもう長いこと住んでいるんだろう? 動物達の中でも噂になってるよ」
「そうかそうか。しっかし会話ができないのは残念だなあ。鳥の鳴き声は苦手なんだ。それに兎…兎ってなんて鳴くんだ? 熊? 熊の鳴き声ってどうだっけー?」
 ギルは動物と会話するには鳴き声を知ることが必要だと勘違いしている。
「あのさあ、この間も言ったけど鳴き声を真似すれば会話できるわけじゃないから」
「じゃあ思いっきり大きな声でしゃべればいいんだな! よーし! みんな! ボクの名前はギルちゃんでーっす! よ・ろ・し・く!」

 …………………………

 ギルは必死にポーズをとって自分の存在をアピールしようとした。動物達はぽかんとしてギルを見た。辺りはしんとして非常に冷ややかな風が吹いた。
「ああっ! 空気が痛い! 空気が痛いーっ!」
「アレル、君のお師匠さんってなんか変な人だねえ」
「ああ、でもこの人のおかげでこの森には平和が保たれているんだよ。ほら、この辺りには魔物なんか出ないだろう? それはこの人が強力な結界を張ってくれているおかげなんだ」
「そっか〜、すごい人なんだねえ」
「すごいすごい」
 ややあって、動物達はギルに近づき始めた。ギルは動物達に懐かれたと思い、急に喜びで泣き出さんばかりになった。
「おおー! 愛しの森の動物達よ! もっとそばにおいで!」
 それを見てペグーは一人肩をすくめた。
(あ〜あ、何泣いてんだか。相変わらず僕の主人はよくわからないよ)

 ギルの住処に戻るとペグーは大きく伸びをした。外と比べると室内は非常に暖かい。アレルは外との温度差が気になった。
「そういえばここはどうやって暖かくなってるんだ? また魔法か?」
「もっちろん! この空間内だけいつでも好きな温度にすることができるのさ! 他にも外にいる時でも熱さ寒さを感じなくなる術もあるんだ。自分だけにかけることもできるし、自分以外でも大丈夫。よしよし、これから教えて進ぜよう。この術は自分の周りの空気だけ適度な温度にするんだ。それと簡単なバリアを張ってある。これを使えば暑〜いところで日射病になったり脱水症状を起こしたりしなくても済むんだよ。単に暑い不快感を取り除くだけでも使えるし。寒さも同様。これを使えば凍えて手がかじかんでうまく動かないってこともなくなる。凍えたりせずに済むんだよ」
 ギルはかなり高度な魔法を数多く使いこなしているようだ。これだけの術を取得しただけでも便利になる。
「他にも雨風を防ぐ術なんてのもあるよん。これを使えばびしょ濡れになって風邪をひくこともないし、髪がぼさぼさになることもないよ」
「レディをエスコートする時、特に役に立ちそうだ。俺、こう見えてもフェミニストなんだ。」
「へ〜え、それはそれは。一体誰の影響なのかな〜?」
「いや、別に誰の影響でもないよ。俺自身のポリシーってやつで」
「ふうむ」
 ギルは改めてアレルをまじまじと見つめた。まだ幼いが、きっとこの子は将来相当の美男子になるだろうと思われる。主に女性を魅了する類の美貌。それ以外の嗜好を持つ者もいるだろうが。そこまで考えてギルは急に不安になった。
「アレルくん、将来女の人を弄ぶような男にはなっちゃいけないよ」
「そんなことするわけないだろ」
「うん、そうだね。君はとてもいい子だから。でもそれと同時に女には気を付けるんだぞ〜。『女は魔物』って言うからね」
「つまり女難には気を付けろってこと?」
「うん。まだ早いとは思うけど。君の歳だとむしろ変なおじさんとかに気を付けた方がいいな」
 また言われた。アレルは大人達から綺麗な顔をしているから気を付けろと言われることが多い。アレルは部分的には大人の知識も持っているが、いわゆる『変なおじさん』の何たるかをあまり理解していなかった。
「何でみんなそう言うんだ?」
「君みたいに見てくれがいい子はちっちゃい頃から狙われやすくて危ないの!」
「それは主に女の子なんじゃないのか?」
「男の子だって危ないよ! 世の中いろんな趣味の人がいるんだから!」
 アレルは一体どんな趣味のことを言っているのだろうと首を傾げた。その一方でギルは大変なことを思い出した。
(ハッ! そ、そういえばヴィランツ皇帝って両性愛者としても有名じゃなかったっけ…?)
「ぎゃああああ!」
「師匠、どうしたんだ?」
「ア、アレルくん、アレルくん、君、ヴィランツ皇帝に会ったって言ってたよね? き、君、何もされなかったかい? な、なんか嫌らしいこととか」
「臣下にならないかって勧誘された。宮殿に泊まっていけって言われたけどその夜に俺、帝国から亡命したからな」
「泊まってけって言われた? あああ、なんてことだ。そのまま素直に泊めてもらったりしたら君、今頃どうなってるかわかったものじゃないよ」
「俺を罠にかけようとしてたとでもいうのか?」
 アレルの反応は鈍い。具体的にどのような危険性があったのか全くわかっていないようだった。ギルは更に心配になってきた。
「他にもヴィランツ帝国で変な男の人が近寄ってきたりしなかったかい? あそこはそういうことに関してすごく奔放なんだ」
「そういうことってどんなことだよ」
「わああああ! 良い子はまだそんなこと知らなくていいんです!」
「それじゃ言ってることがさっぱりわからないよ。だいたい何で急にヴィランツ皇帝の話なんかし出したんだ?」
「それはあの皇帝が…あー、つまりだねえ」
 ギルは考えた。アレルはまだ七歳である。非常に可愛らしい子供であるからその分狙われやすいだろう。その手の輩に関する知識はある程度持っていた方がいい。しかしあまり様々な大人の嗜好について今から教えるのは教育上よろしくない。一体どのように言えばよいだろうか。
「つ、つまりだねえ…世の中には男だけど男が好きな男もいるから気を付けるんだよ!」
「は?」
「と、とにかく変なおじさんには気を付けなさーい!」
 結局、意味が分からなまま首を傾げるアレルであった。






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