クラレンス達ミドケニア帝国の暗黒騎士団を追い払って以来、アレルはレステの森周辺の土地の治癒に専念していた。アレルは自然を操る力を持っている。荒廃した大地に生命力を吹き込む力も持っていた。しかし一度失われた森というのはすぐには元通りにならない。木というものは植えてから育つまで何十年もかかるからだ。それでもアレルは元通りの森になるように土壌などを整え、戦争で失われた命を弔っていた。自分のやったことがミドケニア帝国やダレシア王国にどれほどの混乱をもたらしたかなどは知る由もない。
 その日もアレルはレステの森からさらに足を伸ばし、荒れ果てた土地を調べていた。そして暗黒騎士というものについて考える。先日会った暗黒騎士団の隊長クラレンスという男は、ほんの少し言葉を交わしただけではあるが、到底悪い人間とは思えなかった。むしろ人が良さそうな感じであった。暗黒騎士と言えば通常聖騎士の反対を思い浮かべるが、具体的にどのような存在なのだろう。クラレンスは、暗黒騎士は決して悪ではないと言った。彼を見る限り確かに悪人には見えないが、あの禍々しい鎧兜では到底正義の使者にも見えない。聖騎士と暗黒騎士、聖剣と暗黒剣――
「いたぞ! あの子供だ!」
「捕らえろ!」
 アレルの思考は鋭い声によって破られた。気がつくと暗黒騎士達がこちらに向かってくる。追い払ったはずなのに、まだあきらめていなかったのか。アレルは舌打ちすると剣を抜いて応戦した。しかし普段隙の無い彼には珍しく、隙をつかれて暗黒騎士の一人の攻撃をまともに喰らってしまった。
「しまった――」
 気づいた時には既に遅く、後頭部を強く殴られたアレルは気絶した。

「…う…」
 気がつくと、アレルは牢に閉じ込められていた。鈍い音が反響し、鉄の匂いがする。どうやら何か移動中の乗り物の中にいるようだ。全身を縄で縛られて身動きができない状態であったが、アレルはカマイタチを作り出し、縄を切り刻んだ。アレルの自然を操る力は身動きがとれなくても使えるのである。見ると愛剣エクティオスがなくなっている。捕らえられた時に敵に奪われたのであろう。立ち上がり鉄格子から外を見ると、広大な大地が目に入り、その景色は徐々に移ろっていく。とりあえずアレルは牢から抜け出すことにした。彼にとって錠前を外すのは造作もないことである。簡単に鍵を開けてしまうと牢の外に出る。驚いたのは見張りに立っていた暗黒騎士である。まるで何事もなかったかのように平然と出てきたアレルを見て目を瞠る。
「なっ!? おまえどうやって抜け出――グフッ!」
 アレルはその暗黒騎士を殴り倒すと床に押し付けた。
「おい! おまえ、ここはどこだ?」
「こ、ここは我ら暗黒騎士団の戦艦ギガレスクの内部だ」
「戦艦?」
 見張りの暗黒騎士はアレルの隙を狙って捕らえようと思ったが、それに気づいたアレルは逆に見張りの男を気絶させた。そして自分が捕らえられていた牢の中へ男を押し込む。
 アレルにとって取り返さなければならないものは愛剣エクティオスだけだった。空間術を取得した彼は荷物になるものは全て自分の空間にしまい、必要なものを必要なだけ取り出していたのだ。エクティオスは優美な装飾がなされた名剣である。おそらくはこの暗黒騎士団のリーダーが持っているだろう。アレルは戦艦内を探索し始めた。
「エクティオスを取り戻すまでは丸腰状態だな…自然を操る力を使ってもいいけど…ここはひとつ、格闘でいくか! ティカ姉さん直伝の必殺技の数々をお見舞いしてやるぜ!」
 アレルは大胆にも拳で暗黒騎士達に挑み、次々と倒していった。格闘技は以前サイロニアに滞在していた頃、ティカという女性に習っていたのだが、彼は一日たりとも修行を怠ってはいなかった。ただレイピアを使った攻撃を得意としていただけである。力も素早さもあるアレルの戦いぶりに、重い甲冑を身に着けた暗黒騎士達は圧倒されていた。全身鎧兜に身を包んでいてはどうしても動きが鈍くなる。アレルは持ち前の瞬発力と腕力で暗黒騎士達を吹き飛ばしていった。

 一方、ここは戦艦の軍司令官の部屋。そこでは暗黒騎士団の幹部達が集まって話をしていた。机の上にはアレルの愛剣エクティオスがある。
「う〜む、これは確かに聖剣だ。あんな小僧が聖剣の使い手? 馬鹿な…」
「しかしあのクラレンスが負った傷は確かに聖剣の力によるものだぞ」
「とはいっても信じられるか? まだほんの子供だぞ? あんな小僧に暗黒騎士団の一隊がやられたなど到底信じられん」
「いずれにせよ我ら暗黒騎士団の任務はダレシア王国の制圧だ。それを邪魔するのであれば何であろうと排除する。この聖剣は陛下に献上しよう」
 その時、暗黒騎士の一人が部屋に入ってきた。
「大変です! あの子供が脱走しました!」
「何だと! 見張りは何をしていたのだ?」
「それが…逆に捕らえられて縄で縛られていました。仲間達は次々とやられております。子供はどんどんこちらへ向かっているようです」
「何? ここから逃げ出すのではないのか?」
「剣を探しております」
「こいつか…」
 その場にいた一同は聖剣エクティオスを眺めた。
「こちらへ向かっているのならちょうどいい。一体何者なのか尋問してやろう」
 部屋の外からは乱闘が聞こえてくる。その騒ぎは徐々に大きくなっていき、とうとうアレルが現れた。
「俺の剣を返せ!」



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