アレルは戦艦内を駆け回り、司令官の部屋らしきものを見つけると、中に飛び込んだ。そしてリーダーらしき男に向かって言った。
「あんたが暗黒騎士団の長か? 俺の剣を返せ!」
「よく来たな、小僧。わしはミドケニア帝国暗黒騎士団総司令官ダニエルだ。ちょうどいい、おまえが一体何者なのか聞かせてもらおう」
「俺はただの旅人だ」
「子供が一人で旅だと? クラレンスにもそう言っていたようだが、わしの目はごまかされんぞ。その歳で一人旅する子供など聞いたこともないわ。それに何の理由があって我ら暗黒騎士団を攻撃した」
「この土地が枯れてしまっていたから、これ以上戦地にならないようにおまえらを追い出したのさ」
 ダニエルと名乗った男は到底納得できないようだった。十歳にも満たない子供が一人旅をしていることも、土地が荒れてしまうから戦争をやめろというのも。アレルもまた、自然の味方をしている自分の言い分が普通の大人達に到底通じないのに気づいていた。
「俺が自然や動物達に味方してるのが理解できないっていうのはわかったよ。だけど俺がどこで何をしようが俺の勝手だ」
「我ら暗黒騎士団に立ちはだかる者は全て排除する。おまえは我らに損害を与えた。まだ幼い故、捕縛するだけにしたが、これ以上歯向かうのなら死んでもらうぞ」
「まず、俺の剣を返せ!」
「こいつか? 本当におまえの剣か? 死んだ聖騎士から奪ったのではないのか?」
「確かに俺のだ! エクティオスも俺を持ち主として認めてる。返せ! おまえ達暗黒騎士には用がないものだろう」
「それはどうかな?」
 ダニエルと名乗った総司令官をはじめ、そこにいた暗黒騎士達はたちの悪い笑みを浮かべた。兜をかぶり、面頬を降ろしているが、その嫌な雰囲気は表情が見えなくてもこちらに伝わってくる。
「これは紛れもない聖剣。ならば皇帝陛下に献上するのが筋であろう。帝国の聖騎士団の中にはこれを使いこなせる奴がいるかもしれん」
「なんだって? ミドケニア帝国っていうのは暗黒騎士団と聖騎士団両方あるのか?」
「そうだ」
「聖騎士っていうのは神託で選ばれた勇者だろ? …どういうことなんだ?」
「ここでおまえに講釈を述べるつもりはない。もっとも、おまえが大人しく捕虜になるというのなら話してやってもいいが」
 ダニエルは子供相手にそこまで乱暴にするつもりはないらしい。アレルが大人しくするなら危害は加えないつもりなのだが、アレルの方にその気はなかった。
「おまえらの言うことなんか聞かないぞ。それよりエクティオスを返せ! それは俺の剣だ!」
「おまえの様な子供に聖剣が使いこなせるわけがない。そんなに返して欲しければ――」
 ダニエルは暗黒剣の一つをアレルに向かって放り投げた。
「この暗黒剣で我らを打ち負かしたら返してやってもいい。そんなことができればの話だがな」
 ダニエル達暗黒騎士は嘲るような響きを含んだ低い笑い声を上げた。先日会ったクラレンスとは違い、この暗黒騎士達からは邪悪な気を感じる。
「聖剣の使い手である俺に暗黒剣で戦えだと…!?」
「さて、普通の子供が暗黒剣を持つとどうなるかな…? フフフ」
 こんな子供が暗黒剣で戦えるわけがない。そうたかをくくっていたダニエル達は相変わらずアレルを嘲笑する。通常、何の訓練も受けていない者が暗黒剣を手にした場合、待つのは死のみだ。だが、アレルの方は愛剣エクティオスを取り戻したくてたまらなかった。記憶を失って目覚めて以来、ずっと数多の敵と戦ってきた大切な相棒だ。そして気がついた時から持っていた唯一の所持品である。重要な記憶の手がかりでもあるのだ。どんな手段を使ってでも取り戻す。
 アレルは放り投げられた暗黒剣を手に取った。
 すると、その暗黒剣は急に禍々しい妖気を放ち、暗黒のオーラが部屋中に充満した。黒い煙のような暗黒のオーラがまるで生きているようにうねり、部屋の中にいる者を全て呑み込むかのようだ。
「なっ!? これは…!?」
「暗黒剣が共鳴している…!?」
「馬鹿な!」
 暗黒騎士達は驚きうろたえた。そんな彼らに対し、子供ながら凄みのある表情を浮かべるアレル。
「これでおまえらを倒せばエクティオスは返してくれるんだな?」
 アレルは禍々しく変化した暗黒剣を携えながら無表情に暗黒騎士達に近づいていった。それはさながら生ある者を冷たい、暗い死へ運ぶ処刑人のようである。暗黒騎士達は経験上知っていた。あまりにも強大な暗黒の力に呑み込まれた者は死すべき運命にあると。そしてアレルの持つ暗黒剣から放たれる暗黒の力は、見るからに、あれの直撃を受ければ確実に死ぬ、と。
「ひっ! ま、待て、わしが悪かった! それをこっちへ向けるな! 聖剣なら返してやる!」
 ダニエルの制止も聞かず、アレルは暗黒剣を一振りした。
「う、うわあああっ!」
 凄まじい轟音が鳴り響き、戦艦の一部が大破した。そしてその場にいた何人かの暗黒騎士は死亡。闇に呑み込まれた彼らは死体も残らず、空の鎧兜だけが虚しく転がっている。暗黒のうねりは留まることを知らず、戦艦中に広がった。
「ひ、ひいいいっ!」
 なんとか生き残った暗黒騎士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。総司令官であるダニエルだけはエクティオスの傍らに留まっている。
「エクティオス!」
 アレルは暗黒剣を放り出すとエクティオスを掴み、傷つけられていないか刀身を眺めた。アレルが心配そうに撫でるとエクティオスは静かに光り輝いた。
「!?」
 ダニエルは驚愕した。暗黒剣の示した強い共鳴反応。あの凄まじい暗黒の力。それでいて確かに聖剣を手に取り、聖剣が主だと認める証しに光り輝いたのだ。しかもそれはほんの幼い子供なのである。あまりにも信じがたいことが起きた為、ダニエルは呆然としてしばらくの間、口がきけなかった。しかし、アレルが暗黒剣により戦艦の一部を破壊したことにより、戦艦は暴走し、エンジンが故障していることに気づいた彼は急いで部下に指示を送った。無傷でいる者は少ない。その混乱中、アレルは一人戦艦から脱出した。

 ミドケニア帝国暗黒騎士団の戦艦ギガレスクは焦げ臭い火煙を上げて、停止した。そしてその後、戦艦のあちこちで内部爆発が起こる。最終的に大破した。

「ふう…とんだ目に遭ったな。一体どこまで移動したんだ?」
 アレルは地球儀を取り出した。古代人からもらったそれは常に現在地が表示されるのだ。普段はポケットに入るくらいの大きさだが、指で擦ることで大きくなる魔法の品である。地図としては範囲が広すぎる為、滅多に使うことはない。見ると、グラシアーナ南西部の中でもずっと西寄りに来てしまっている。ちなみにアレルが目的地としていたルドネラ帝国はグラシアーナ南東部である。
「…なんか思いっきり道がそれちまったな。ワープ魔法で知っている場所まで戻ってもいいけど…この地方も気になるな。暗黒騎士達のこととか、よくわからないままなのも嫌だし。………この地方にも神託を受けた勇者はいるのかな…?」
 暗黒騎士のこと、ミドケニア帝国にある聖騎士団のこと、そして勇者の存在。それらがひどく気にかかり、アレルはこの地方について少し調べてみることにした。
 ルドネラ帝国の地域で魔族が待ち伏せしていたことはアレルは知る由もない。知らぬ間に彼らに待ちぼうけをくわしながらアレルは近くの町や村を探して歩き始めた。



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