グラシアーナ南西部、ダレシア王国付近を放浪し始めたアレルは、途中で小さな村を見つけた。さっそく入って情報を得ようとしたが、中では何やら騒ぎが起きている。見ると、黒猫が虐待されていた。棒で殴られ、足で蹴られ、黒猫は震えながら横たわっている。アレルは止めに入った。
「やめろ! 何でこんな酷いことするんだ!」
「何故って黒猫は不吉だからだよ。あの暗黒騎士達と同じ真っ黒で気味が悪いったらありゃしない!」
「何だって? ただ毛が黒いだけじゃないか」
「知らないのかい? 昔から黒猫は不吉の象徴なんだよ!」
 その後、村人達から散々黒猫に関する迷信を聞かされたアレルは心を痛めた。ただ黒猫だというだけで虐待され殺されるなど。だが迷信を信じ切っている村人達に何を言っても無駄なようだ。言い争うより黒猫を引き取った方が早い。アレルは黒猫を抱きかかえると村人達に話しかけた。
「何も殺すことはないだろう? 俺が引き取ってこの村から出ていく。それでいいだろう?」
「冗談じゃない! そんなことをしたら君が呪われるよ! さっさと殺してお祓いしてしまわなければ、どんな不幸を呼ぶかわかったものじゃない」
「俺は構わないよ」
 アレルは村人達の制止も聞かずに歩き出した。背後から罵声が響く。
「馬鹿なことを。どんな目に遭っても知らないよ!」

 アレルは村からある程度離れると黒猫に回復魔法をかけた。瀕死の状態にあった黒猫は高等回復呪文によって一気に治癒された。傷跡や血はみるみるうちになくなり、殴られて腫れ上がった顔も元に戻った。アレルは驚いた。黒猫はとても愛くるしい顔をしていたのである。金色のつぶらな瞳でこちらを見つめてくる。
「うわあ! おまえ、メチャクチャ可愛いな!」
 アレルは思わず強く抱きしめて頬ずりした。黒猫の方は目を瞬いている。
「こんな可愛い猫を殺そうとするなんてどうかしてるぜ! なあ、おまえ、名前は何ていうんだ? 教えてくれよ。俺は動物と話ができるんだ」
 アレルが動物と話ができると言っても、黒猫の方は半信半疑だった。だが試しに話してみることにする。
「僕の名前はルネス。助けてくれてありがとう」
「ルネスかあ。可愛いなあ。俺はアレル。これから一緒に旅しようぜ!」
アレルが本当に動物の言葉がわかると知ってルネスは驚いた。更に動物好きの彼はルネスと一緒に旅をしようというのである。
「えっ? でも僕は黒猫だよ? 不吉の象徴で見かけたら殺さなければならないって……」
「そんなの関係ないよ! あの村だけの迷信さ!」
「でも本当に不幸を呼んでしまうかもしれないよ」
「それは俺も似たり寄ったりだから大丈夫」

 その後、アレルは黒猫ルネスとしばらく行動を共にした。ルネスはまだ子猫であり、普段はアレルの肩に乗っていた。休憩時には二人でじゃれあって遊んでいた。モンスターが現れた時にはルネスも勇敢に戦おうとしたが、アレルはルネスをかばいながら戦った。そうこうしているうちにダレシア王国の町の一つが見えてきた。町の名前はランサといった。アレルは中に入りグラシアーナ南西部の地域の詳しい地図を何枚か買った。地域全体を見渡すもの、ダレシア王国領内を詳しく書いているものなど。そして情報を集める為に酒場に入った。さっそく酒場のマスターに咎められる。
「こら、坊や、ここは動物はお断りだよ」
「大丈夫だよ。こいつは大人しくて悪さなんかしない」
「でも動物は毛が抜けるだろう? 後で掃除が大変なんだよ」
「人間だって髪の毛抜けるじゃん。そんなの気にしてたら始まらないよ」
「それはそうだけど、ここは酒場だ。子供の来るところでもないよ。大人しく帰りなさい」
「情報が欲しいんだ」
 その時、アレルの腹がぐうと鳴った。お腹をすかせた純粋な瞳をした子供と子猫。それを見た酒場のマスターは何か食べさせてやろうと思い、仕方なくカウンターへ誘うのだった。アレルも酒を飲むつもりできたわけではない。出された食事とミルクをルネスと一緒に大人しく飲んだり食べたりした。
「それで坊やは何が知りたいんだい?」
「まずはミドケニア帝国の暗黒騎士のことかなあ」
「あの恐ろしい集団のことかい。関わらない方がいいよ。きっと殺されてしまう」
「わからないことがあるんだよ。暗黒騎士っていうのは聖騎士の反対だよな? 普通に考えて悪い奴らだろ? でも俺が最初に会った暗黒騎士は見るからに人が良さそうな軟弱な兄ちゃんだった。その兄ちゃんは暗黒騎士は決して悪じゃないっていうんだ。確かにその兄ちゃんは到底悪人に見えなかったけどさ、次に会った暗黒騎士達はすごく嫌な感じのする奴らだった。暗黒騎士ってそもそもどういう存在なんだ?」
 これを聞いていた近くの男が興味を示してアレルの座っていた席に近づいてきた。
「ぼうず、暗黒騎士について知りてえってんなら俺が教えてやるよ。俺はミドケニアの近くから来たんだ」
「本当か? じゃあ一杯おごってやるよ」
「おお! 気前がいいじゃねえか。……で、暗黒騎士についてだがよ、それについて語るにはまずミドケニア帝国に代々伝わる聖剣と暗黒剣の話から始まるんだ」
 その男が言うには、ミドケニア帝国には古来から伝わる二本の対になる剣があるのだそうだ。一つは聖剣ヴィブランジェ。もう一つは暗黒剣デセブランジェという。そしてこの二本をそれぞれ使いこなす者を手中におさめれば世界を支配できるという言い伝えがあるのだ。ミドケニア皇帝はこの言い伝えを信じて聖騎士団と暗黒騎士団を結成し、それぞれ聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェの使い手を養成しているのだそうだ。
「騎士団を結成してその中から使い手が現れると思ってるのか……神託を受けた勇者ってそんな風に現れるとは思わないけどなあ」
「ま、こんなわけで結成されたんだからな、暗黒騎士団っていうのも別に悪ってわけじゃねえんだ」
 暗黒騎士は非常に禍々しい鎧兜を身に着けているので、子供の遊びではよく悪役にされるのだそうだ。規律は非常に厳しく、暗黒剣を使う為の訓練も並大抵のものでは耐えられないという。
「聖剣ヴィブランジェの方は神託を受けた勇者が使う聖剣の一つなのか?」
「それはきっとそうだろう。まだ神託は現れていないがな」
 聖剣は聖なる光を放出して敵に放つ。逆に暗黒剣は暗黒の力を放出して敵に放つ。純粋な攻撃力では一般の聖剣より暗黒剣の方が威力を上回るそうだ。しかし凄まじい威力を持つ半面、所有者の生命を吸い取ってしまうという話だ。おかげで暗黒騎士は皆げっそり痩せているのだそうだ。これを聞いてアレルは先日会った暗黒騎士達を思い出した。そう言われてみれば確かにどの暗黒騎士もひょろりとした体格であった。
「騎士団が結成されてるってことは暗黒剣って量産されてるのか?」
「ああ。デセブランジェのレプリカなんだ。聖騎士団が使ってる聖剣もヴィブランジェのレプリカだ。鍛冶屋がいろいろな原料を使って鍛え上げて光や闇の属性を持たせるようにしてるらしいぜ」
 アレルは他にもいくつか質問をした。暗黒騎士にとって素顔を見られるのは最大の屈辱らしい。だから面頬を外したら非常に腹を立てたのだ。そしてこの地にはまだ神託を受けた勇者は現れていないらしい。ミドケニア皇帝は勇者が現れるのをずっと待ち焦がれている。勇者を配下におきたいのだそうだ。
「なあ、噂ではミドケニア皇帝ってどんな奴? 悪い奴か?」
「いいことも悪いこともしてるんじゃないか? 何せ大国の施政者だからな。野心家だろうということ以外、個人的な性格は知らないな。詳しいことを知りたきゃミドケニアまで行くこった」
「ありがとう。おかげでたくさんのことがわかったよ」
 その後、アレルは情報をくれた男にたっぷりと礼をはずみ、酒場を出た。



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