アレルは夕食を終えて部屋に戻った後、ずっと物思いに耽っていた。黒猫のルネスは大人しくアレルの膝の上でじっとしている。美しい毛並みを撫でられ、喉を撫でられ、気持ちよさそうである。しかしアレルの様子が気にかかった。
「ねえ、アレル、まだ寝ないの?」
「うん、なんだか眠れなくてさ」
 アレルは行きがかり上、ミドケニア帝国に対立してしまった。事の発端は動物達に森の平和を約束する為である。まだよく事情がわからないまま、我ながら無茶をやってしまったものだと思う。しかしミドケニア帝国が侵略をするのはどうも己の野望の為のようである。自らの欲望の為、多くの人間を犠牲にしているのだ。別にダレシア王国に特別に味方しているわけではないが、ミドケニア帝国にも好感は持てなかった。
(国同士の戦争…放っておくしかないのか? 一個人が口出しする問題じゃないし。確かに歴史上、長きに渡った戦争を終結させた英雄はいるさ。だから戦争を終わらせることも神託を受けた勇者の役割の一つだ。人々に平和をもたらすのが勇者の務めだからな。でも俺はまだ子供だしなあ。だいたい自然を操る力を使える俺が戦争で片方に味方したら簡単に決着がついちまうじゃないか。力を使って強引にやめさせることもできるけど、そこまでしていいものか…だけど何故だかひどく嫌な予感がするんだよな…)
 ヴィランツ帝国から亡命した時にはかなりの無茶をやってのけたアレル。あんなことを頻繁に起こすつもりはない。ダレシア王国とミドケニア帝国の戦争に干渉すべきなのかどうか、アレルは考えあぐねていた。

 次の日、宿屋の息子ニールは兵役で徴集され、戦地に向かうことになった。アレルも宿屋の夫婦と一緒に見送る。
「ニール、どうか無事で」
「大丈夫だよ。父さん、母さん」
「ニール!」
 その時、一人の若い女性がニールの元にやってきた。そしてニールに抱きつく。
「あの人は?」
「ニールの許嫁のカーラだよ。ニールはね、この戦いから帰ったらあの子と結婚して家を継ぐことになってるんだよ。家を継いで家庭を築くのがニールの夢なんだよ」
 ごく普通の一般庶民の素朴な夢。何事もなく平穏無事に過ごせることを願う国民達。そんな彼らを戦に駆り出すのは国である。今回の戦いは元はといえばミドケニア皇帝が侵略しようとしてきたことである。ミドケニアの領土拡大の野望の為、人々の小さな平和が踏みにじられる。勇者として干渉すべきなのか。しかし自分はまだ子供である。詳しい事情も知らずに首を突っ込むべきではないのではないか。そんなことを思いながらアレルはニールを見送った。
「あっ!」
先程のニールの許嫁、カーラという女性が声を上げた。
「ニールにお守りを渡すの忘れてしまったわ! 急いで届けなきゃ!」
「何言ってるんだよ。今更遅いからあきらめな」
「嫌よ! ちゃんと生きて帰って欲しいもの!」
 カーラと宿屋の夫婦がもめていると、アレルが仲裁に入った。
「カーラさん、俺が届けてやるよ。大丈夫、戦場の近くまではいかないから。ニールさんにお守りを渡したらすぐに他の場所へ旅を続けるよ」

 アレルは浮遊術を取得しているし、空中に浮かんだまま速く飛ぶこともできた。そしてダレシア王国の陣地に向かった。戦場となるソリューズヒルへ向かう途中である。空はどんよりと曇り、薄暗くなってきた。
 陣地をうろついていると、そのうち歩兵隊の中にニールの姿を見つけた。
「ニールさん」
「あっ! 君はアレル君じゃないか! ここに来てはいけないと言ったのに!」
「なんだなんだ? 子供がこんなところにいるぞ!」
「大変だ! 直ちに保護だ!」
 ニールをはじめ、兵士達はアレルを見つけると驚き、たちまち大勢集まってきた。
「ニールさん、これ、カーラさんからお守りだよ。ニールさんが無事に帰って来るようにって」
「アレル君! それを渡す為にここまで来たのか! なんて危ないことを!」
「でもカーラさんにここまで来させるわけにはいかないだろう? 俺はこれからまた別のところへ旅するつもりだし」
「それならそれでいい。君は早くここから離れるんだ!」
 その時、他の場所にいた兵士達が食事の時間を告げに来た。
「ちょうどいい。坊やも食べていくかい? 大丈夫。ここはまだ戦場のソリューズヒルから離れている。ミドケニア軍もまだ襲っては来ないだろう」
 近くにいた兵士の何気ない一言で、アレルは兵士達と一緒に食事をとることにした。しかしニールは心配そうだった。
「お昼ご飯を食べたらすぐにここから離れるんだよ!」
 アレルは何か嫌な予感がするのでもう少しここにいたかった。食事を終えたらすぐに帰ると言って兵士達と一緒に昼飯を食べる。あてがわれた食料と水を手にし、黒猫のルネスにも分け与え食べ始めたその時――
「フギャッ!」
「ルネス!? どうした!」



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