分け与えられた水を飲んだルネスは急にのたうち回り出したと思ったら、あっという間にこと切れた。それは一瞬の出来事だった。
「ルネス!? ルネス!」
「うっ!?」
 ルネスだけではなく、周りにいた兵士達も急に苦しみ出したかと思えば次々と倒れていった。そして皆、ぴくりとも動かなくなった。
「こ、これは…」
 アレルは一体何が起きたのか、すぐには把握できなかった。その時、遠くから他の兵士の叫び声が聞こえてきた。
「大変だ! ミドケニア軍がわが軍の食料と水に毒を入れた! 皆、食べるな!」
(…毒…?)
 アレルはルネスやニールの亡骸を見た。確かに毒にやられたようである。他の兵士達も皆。周囲で生き残っているのはアレルだけである。
「…俺…は…? 俺も毒の入った水を飲んだぞ…?」
 アレルの周囲は累々たる亡骸の山だった。皆、死んでしまっている中、同じ水を飲んだアレルだけが生き残っている。
「何で俺、生きてるんだ…?」
 その後のことはよく覚えていない。ただルネスの亡骸を大切に抱きかかえ、ニールのそばについていた。ダレシア軍の将軍から事情を聞かれ、答えたこともうろ覚えである。生き残った兵士達はアレルだけがたまたま毒物を口にしなかったのだと判断した。アレルは自分だけ毒水を飲んでも平気だったと言ったが、兵士達は混乱しているだけだと思い、相手にしなかった。今回対峙したミドケニアの将軍は冷酷な性格で、自軍の兵を減らさずに相手の兵力を減らす最も効率のいい手段をとったまでだとダレシア軍に主張してきた。そしてただでさえ兵力に差があるところに毒で兵士の数を激減させ、降伏を要求してきたのである。そんな話を聞きながらも、アレルは呆然としたままだった。

 再びランサの町。宿屋の夫婦、バートとケリーに会い、事情を説明すると、彼らはひどく嘆き悲しんだ。息子のニールが戦争の名誉ある死ではなく、毒で殺されたのである。そしてニールの許嫁であるカーラもまた号泣した。しかし彼らはショックを受けているアレルのことも一生懸命慰めた。飼い猫の死と、人々が毒の前にあっけなく死んでいく光景は、幼い子供にはさぞかし堪えたであろうと。アレルはほとんど碌に口も聞かないままバート達に別れを告げた。そしてルネスの墓を作る。
「ルネス…せっかく助けたのに…」
 アレルはその時初めて泣いた。ルネスを丁寧に埋葬すると、彼は思いつめた表情でランサの町を歩き始めた。

 アレルはランサの町の中でもあまり治安のよくなさそうなところをうろついた。いかがわしい商売をしていそうな人間がたくさんいる。どれくらい歩き回っただろうか。アレルは薬が大量に置いてある店の一つに入った。
「おや、これは随分と可愛いお客さんだね。坊や、思いつめた顔してどうしたんだい?」
「……………何でもいいから毒と解毒剤を一つくれないか?」
「これはこれは。誰かを殺したいのかい?」
「そうじゃ、ないんだ」
 アレルは事情を説明した。
「毒が効かないなんてそんな馬鹿な。何かの間違いだろう。君が飲んだ水だけたまたま毒が入ってなかったんじゃないのかい?」
「俺が飲んだ水ならここに持ってきたよ」
 アレルは革袋をどんと置いた。薬屋の主人は水の成分を調べた。
「これは…確かに即効性のある毒が入っているな」
「だろ? 試しにあんたの目の前でこの水を飲んで見せてもいい」
「馬鹿なことはやめるんだ」
「じゃあ他の毒でいいから何か飲ませてくれよ。解毒剤があれば大丈夫だろう?」
 アレルは薬屋の主人から毒薬の一つを受け取ると、思い切って飲んでみた。だが、どれだけ時間が経っても身体はなんともない。普通の人間なら苦しんで死に至るはずの毒。それを飲んでもなんともない自分。衝動に駆られたアレルは店の棚にある毒薬を片っ端から手にしては飲み干していった。薬屋の主人は驚いて止めようとしたが、どれだけ強力な毒薬を飲んでも何の異変も起きないアレルを見て呆然とした。
「そんな馬鹿な! あれだけいろんな種類の毒を飲んだら解毒剤があっても身体を壊すに決まってるのに!」
「俺…きっと人間じゃないんだ…人間じゃ…!!」
 アレルは大声を上げると暴れ出し、店内のものを手当たり次第に破壊した。そして壁に頭を打ち付ける。
「坊や、落ち着いて!」
「だって! 毒が効かないなんてまるで化け物じゃないか! みんなあっという間に死んでしまったのに俺だけ平然と生きてる。俺は、俺は化け物なんだ!」
 薬屋の主人は必死になってアレルをなだめたが、アレルはまるで発狂したように取り乱したままだった。



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