宿に泊まった翌日、セドリックはすっかり元気になった。賭博で稼いだ金で腹ごしらえをし、服装その他、旅に必要なものを整える。そしてアレルには行き倒れていたところを助けられたお礼としてたくさんの料理をおごったのだった。
「さあ、アレルくん! お兄さんがいっぱい御馳走してあげるからたくさん食べていいよ〜」
「ありがとう」
「なんてったって、君は命の恩人だからねえ! たっぷりお礼をしないと。それに新しい旅のパートナーだ!」
「それは断ったはずだけど」
「アレルくん、君はいくつだい?」
「多分七歳」
「多分?」
「俺、記憶喪失なんだ。それで記憶を取り戻す為に旅をしている」
「なんてことだ! 君みたいな小さな子供がたった一人で、しかも記憶喪失の状態で旅してるだって! 危険すぎる! 君には保護者が必要だ!」
「だからギャンブルで破産するような保護者なんていらないってば」
「子供一人じゃ危険だ!」
「賭博なんかやってる人と関わるのも充分危険だと思うけどな。いつどんな揉め事に巻き込まれるかわかったものじゃない」
 アレルはきっぱりと断るとセドリックが止めるのも聞かず、宿を出て行った。セドリックの方はアレルのことが心配で仕方がなかった。彼はまだ七歳だといった。そう、まだたったの七歳なのである。しかも記憶喪失だという。町に着くまでのモンスターとの戦いで、子供とは思えない戦闘能力を持っていることはわかったが、それでも子供は子供である。生きた年月が大人とは決定的に違う。
 何よりセドリックが最も心配なのはアレルの容貌である。どこぞの名家の子息だと言っても誰もが信じるほどの整った品のある顔立ち。あれは人身売買の世界では確実に破格の値段がつく。記憶喪失だということと、あの戦闘能力に謎が残るものの、あんな小さな子供が一人で都会を歩いていたらまっさきに後ろ暗い商売をしている輩に狙われるのは必須である。セドリックは今となっては一晩ぐっすりと寝て、充分に休養と栄養を取った状態である。すっかり体力が回復した彼は慌ててアレルの後を追う。

 レンドールの町を探索していたアレルは一人の男に声をかけられた。
「ぼうや、ぼうや」
「ん?」
「頼みがあるんだけど」
「何?」
「今夜俺と一緒に寝てくれないかなあ」
「はあ?」
「一晩俺と一緒に寝てくれればお金をたくさんあげるよ」
「は?」
「なあ、いいだろう? タダで宿に泊まれるだけじゃなくてお金までもらえるんだ。こんないい話は他にないぜ」
「意味がわからないな」
 相手がどんな危険な人物なのか、アレルは全くわかっていなかった。
「俺は寂しいんだよ。一緒に寝て俺を慰めてくれ。俺は子供と一緒に寝てると心が安らぐんだ。なあ、いいだろう?」
「金出して子供と一緒に寝ようっていう、その考えがどうも理解できないんだけど」
「理解できなくてもいいんだよ。俺と一緒に寝さえすれば君はお金をたくさんもらえるんだから。さあ――ゲフッ!」
 男がアレルを強引に引っ張っていこうとしたその時、間一髪でセドリックの飛び蹴りが炸裂した。男は見事に吹っ飛んだ。
「何も知らない子供に売春させようとしてんじゃねえよ!」
「セドリック!? あんた何しに――」
「アレルくん! だから言わんこっちゃない! 君みたいな綺麗で可愛い小さな子は変な奴に狙われやすいんだ! さあ、お兄さんと一緒に宿へ帰るぞ!」
「何だ? あの男は奴隷商人の仲間か何かか? 俺を売り飛ばそうとしてたのか?」
「奴隷商人に売り飛ばす? ぼうやみたいな上玉にそんなもったいないことするか! それくらいなら俺のものに――ぎゃああああ!」
「あっちへ行け! この変態が!」
 セドリックは男をボコボコにすると今度はアッパーカットで男を吹っ飛ばした。男の顔にセドリックの拳がめり込み、見事に飛んでいく。
「俺を奴隷商人に売り飛ばそうとしてたわけじゃなかったのか。でも金を払って一緒に寝たいとか言ってることわさっぱりわけがわからないや」
「わからなくていい! アレルくん! お兄さんが保護者になってあげるから俺と一緒にいるんだ!」
「でも――」
「黙ってお兄さんの言うこと聞きなさーい!」
アレルは未だに意味がわかっていなかったが、どうも危ないところを助けられたようだ。今のセドリックから感じられるのは大人として純粋に子供を心配する気持ちでいっぱいである。
「うん、わかった。ところで売春って何だ?」
「よい子は知らなくていいんですっ!」
危ないところだった。セドリックは無事アレルの保護に成功すると、元いた宿へ戻った。

「アレルくん、いいかい? 君はまだ子供だ。本来なら父親、母親が必要な年齢だ。だから代わりにお兄さんが保護者になってあげよう。一人じゃ危険だ」
「まあ、これも何かの縁だと思って一緒に旅してもいいけど……」
「そうそう! これも何かの縁! 旅に必要なお金は全部大人であるお兄さんが出してあげるからね! お兄さんと一緒なら食うものに困ることもないよ」
「それはどうかなあ。また賭けで破産するんじゃないの?」
「その時はその時。君に負担はかけないよ。尤も、君が昨日スロットで稼いだお金があれば、たとえお兄さんがまた破産してもなんとかなるね」
「まあ、別にいいけど。俺の場合、記憶を取り戻す為に旅してるんだけど、別に急いでるわけじゃないからな」
「そうか。じゃあしばらくこのレンドールに滞在しよう。俺はカジノに通って旅に必要な資金を貯める」
「また賭博?」
「金を稼ぐのに手っ取り早いのは賭け事だろう?」
 何故そうなるのだろう。アレルにはわからなかった。普通、金を稼ぐなら働けばいい。戦士なら戦うことで報酬を得る。
「傭兵稼業とかじゃないの? モンスター退治とか」
「それより賭博の方がもっと手っ取り早いじゃないか」
「その考え方、なんか間違ってると思うけど」
「とにかく、俺が当面の資金を貯めるまでしばらく待っていてくれよ。金は全部俺が払う。君は子供らしく大人に甘えて遊んでいればいいんだよ」
「いいの?」
「子供を養うのは大人の務めだ。仮に君が金持ちの貴族の御子息だとしてたんまり所持金を持っていたとしても、俺は君の所持金には頼らない。全部俺が稼いで食わせてみせるぜ!」
 こうして、アレルとセドリックはしばらく行動を共にすることにしたのだった。



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