「君が神託を受けた勇者だって?」
 ここはレンドールの宿屋の一つ。部屋で朝食をとっていた二人の会話である。アレルは徐々に自分のことをセドリックに話すようになってきた。勇者の神託の話もそうである。
「しかも今現在最強の勇者とはね。こんな小さな子供が。信じられないな」
「俺が戦うのはこの町に来るまでに見ただろ?」
「確かに。子供とは思えない強さだった。しかも使い魔なんて持ってる。それはかなりの高等呪文なんじゃないのかい? 少なくとも上級魔道士でなきゃ使えないはずだ。いくら記憶喪失っていったって、あまりにも万能すぎるじゃないか」
「俺に関してはいろいろと謎が多いのさ。一体何者なのか、俺自身が一番知りたいよ」
「しかし、その歳でもう世界を救う使命を負ってるとはね。もう何か勇者らしいことはしたのかい?」
「大魔王ルラゾーマとかいう奴を倒した」
「すごいじゃないか! ふーむ、それで世界を救うために各地を旅してるわけか」
「俺の第一の目的は記憶を取り戻すこと。勇者としての使命はその次さ。それに、俺はいつどこで何をしても自由だって、神託の時に言われたんだ。だから俺は気ままに旅してる。いつかそのうち俺の記憶と関係する土地へ辿り着くだろうからな」
「君の当面の目的地はどこだい?」
「そうだな。まずはミドケニア帝国の首都メアンレに行こうと思ってる。この帝国の皇帝に言ってやりたいことがたくさんあるんだ」
「ミドケニア皇帝に? 一応善政を施しているはずだけどな」
「どこが!」
 アレルは意気込んでこれまでの経緯を話した。ダレシア王国との戦いで土地が枯れてしまったこと。数多くの生命が失われたこと。毒を使って降伏させようとしたことなど。生命というものをあまりにも軽々しく見ていると指摘した。セドリックはアレルの話を一通り黙って聞いていた。
「なるほどな。そんなことがあったのか。だけどそれくらいのことは他の帝国もやってるんじゃないか? 特にヴィランツは」
「ヴィランツみたいな国がどこにでもあってたまるかよ! ミドケニアはミドケニアでひどいじゃないか!」
「まあまあ。それじゃ金が貯まったらメアンレへ行こう。勇者が来たとなれば皇帝にも会わせてくれるだろうからな。この帝国領を治めている皇帝がどんな奴か面を拝んでやろうじゃないか。一発殴りたかったら殴ってもいいんだぜ」
「それを本当にやったら大事になるだろうな」
 そんな話をしながらアレルとセドリックは朝食を終えた。しかし、二人共出かけようとはしない。
「あれ? セドリック、今日はカジノへ行かないの?」
「今日は休業日なのさ。カジノだってたまには休む時もあるからな」
「ふーん、奇遇だね。競馬場も今日休みだよ」
「そうか。なら今日はお互いゆっくりと休むとするか。どこへでも好きなところへ行っていいぜ。この部屋で休んでてもいいし」
「セドリックは何をするんだ?」
「ん〜、いや、ちょっと服がほつれてきたからな。投げナイフを隠しとく場所がほつれるとまずい。だからちょっと直そうかなと」
「投げナイフ……」
 セドリックは上着や袖、ズボンの裾の裏を返した。見ると、あらゆるところに投げナイフを隠して入れておく場所があった。袖の裏、ズボンの裾の裏、上着の首元の裏の部分にも。
「な、なんだよ、これ」
「俺の武器は主に槍と短剣だ。投げナイフも得意なのさ。常に補充しとかなきゃいけないけどな」
「そんな風に袖とか裾とかにナイフがあったら落ち着かないんじゃないか?」
「何を言うんだ! これが俺の装備だ! 君も懐にナイフくらいは隠し持っていた方がいいんじゃないか?」
「ダーツなら少し持ってるけど」
「そうか。いろいろ隠し武器は持っていた方がいいぜ。丸腰になった時の為にな」
「そういう時は拳で戦えばいいんだよ。俺は格闘技の心得もあるんだぜ」
「なんだって!? 剣と魔法に加えて格闘まで得意なのか!」
「まあね。それより何だよこれ、裁縫セット?」
「あ、ああ。これでほつれたところを繕うんだ。買った服にナイフを隠しておく場所を作る為に必要だから常備している」
 セドリックはいつも買った服を自分で改造して隠しナイフを仕込んでいるのだそうだ。
「セドリックって裁縫できるんだ。なんか意外」
「必要だからだ。なんなら君もやってみるかい?」
「そうだな。自分で直せたら便利だし」
「但し! 他の人には秘密だぞ! 特に綺麗なお姉様方にはな!」
「え? 何で?」
「男が裁縫やるなんてカッコ悪いだろう!」
「そんなのに男だとか女だとか関係ないよ。一番カッコ悪いのは服がほつれてたりボタンが取れたりしててもそのままでいることだよ」
「そ、そうか? じゃあ教えてやるから黙って見てろよ!」
 セドリックはアレルに裁縫を教え始めた。アレルは手先が器用なのですんなりとやり方を覚えていった。そうこうしているうちに日は昇り、正午を告げる鐘が鳴った。
彼らがこの宿に滞在してからしばらくの時が過ぎた。メイド達もすっかり慣れ親しんでいた。この日、メイドの一人はサービスで昼食を届けてやろうと二人の部屋に近づいた。
「あのアレルって男の子、可愛いわよねえ。それにあのセドリックって男の人、ちょっと好みのタイプ。今日はずっと部屋から出てこないけど二人で一体何やってるのかしら?」
そのメイドがこっそり部屋を覗くと……そこには二人の男が裁縫をしている光景があった。メイドは慌てて扉を閉め、驚愕に満ちた表情でその場を去った。
(お、男が二人で裁縫やってるわー!)
「ねえ、今、誰か来なかった?」
「気のせいじゃないか? 部屋の外には誰もいないぜ。とにかく俺が裁縫できることは絶対秘密だぞ!」
 セドリックの秘密は既に一人のメイドに漏れてしまったことは、彼らは知る由もなかった。そしてセドリックに気があったメイドはそれ以来彼を気にかけるとこはなくなったのだった。裁縫をする男というのがそのメイドにいかなる印象をもたらしたのかは本人のみぞ知るところである。







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