次の日、アレルは馬の使い魔ボルテが助けを呼ぶのを感じた。急いで厩舎に駆けつけると、不審な男がボルテの脚の腱を切ろうとしているところだった。
「おい! おまえ、ボルテに何をしている!」
「ちっ、見つかったか」
「待てっ!」
 アレルは男を取り押さえた。そして問い詰める。
「フン、脚の腱を跡がわからねえように切る方法があるんだよ。そうすれば思うように走れねえ。いつもおまえの馬が一位だが、これで他の馬が優勝する。俺が目を付けた駿馬がな。そして馬券を買い占めれば大儲けだ」
「こいつ! 警邏隊に突き出してやる!」
 一時大騒ぎになったが、アレルは無事ボルテを救出することに成功した。そしてその日を境に競馬場から去ることにした。ボルテは今まで他の者には使い魔だとわからぬよう、決して口をきかなかったが、先程のことで恐怖に慄き、アレルに泣きついた。
「うわあ〜ん、怖かったよ〜う!」
「よしよし、ごめんな、ボルテ。競馬っていうのは賭け事の一つだもんな。たちの悪い奴も出てくる。もう出ないから安心しろ。これからはおまえに乗りたい時や乗せたい奴がいる時だけ呼ぶよ」
 そしてセドリックの元に行き、事情を話す。
「そんなことがあったのか。罪もない馬を傷つけるなんてひどい奴だ。よし!そろそろこの町を立つか。カジノでだいぶ蓄えもできたしな!」

 アレルとセドリックはレンドールの町を出た。目指すはミドケニア帝国の首都メアンレである。途中、モンスターが襲いかかってきたが、セドリックが張り切って駆逐した。以前は行き倒れていたところを助けられたばかりで力が入らなかったが、今は違う。稼いだ金で買った槍で次々と敵を薙ぎ払っていく。セドリックの槍術はなかなかのものだった。行き倒れていた時に散々格好悪いところを見せてしまった為、汚名返上とばかりにいちいち決めのポーズをとりながらアレルの方を振り返る。
「どうだ? 俺の槍は最強だろう?」
「なかなかやるな。第一印象が軟弱男だっただけに意外〜」
「だっ、誰が軟弱男だ! こう見えてもお兄さんは強いんだぞ〜。見ていてくれたまえ。俺の雄姿を」
「まあ、あんたが積極的に戦いたいっていうんなら、俺は後方援護に回るけど? 武器が効きにくい敵は俺が魔法で一掃するから」
「おうよ!」
 襲い来るモンスター達を次々と蹴散らしながら、アレルとセドリックはフノールの町に着いた。日は傾き始めていた。セドリックはアレルを連れて酒場に入った。
「アレルくんは子供だからお酒飲んじゃいけないぞ〜」
「そんなのわかってるよ」
 二人は食事をしながら情報収集をした。セドリックはフノールの名酒を堪能していた。酒場には踊り子達がおり、ダンスを踊っている。
 そうしていると、ある女性が二人の席へやってきた。セドリックに対してあからさまに色目を使ってくる。
「ねえ、そこのお兄さん」
「おっ! どうしたんだい、美しいレディ?」
 その女性がセドリックに何事か囁くと、セドリックは忽ち鼻の下が伸びた状態になった。
「アレルくん、悪いけど先に部屋へ戻ってくれないかな?」
「セドリック? まさかあんたその人と――」
「おっと! 野暮なことは言うなよな! それじゃ、行こうかレディ」
「待てよ! セドリック!」
 アレルはセドリックと女が交わした意味を察して慌てて止めようとした。だがセドリックは女を連れて行ってしまった。アレルが動揺していると、近くにいた男達が焦った表情でやってきた。
「坊や、大変だ! 急いでさっきの男を救出するんだ!」
「えっ? どうしたの? あの女の人、悪い人なの?」
「悪い人ではないが………『オカマ』なんだ!」
「なんだって!」
「さあ、わかったろう! 早く助けてあげないとあの男が危ない!!!!!」

 アレルはセドリックの元へ行こうとした。酒場の上の階にある部屋のどこかへ女――オカマ――と一緒に入っていったはずなのだが…。
 アレルが探すまでもなく、ある部屋から絶叫が聞こえてきた。
「ぎゃああああ! 助けてくれえええ!!!!!」
「お待ち! 逃がしゃしないよ!」
「ひいいいい!」
「セドリック!」
「ああっ! アレルくん、助けてくれえええ!」
 セドリックはあられもない格好で部屋から飛び出してきた。かろうじて脱ぎ捨てた服は手に持っている。必死の形相でオカマの元から逃げ出した。

「全く、何やってるんだよ」
「お、恐ろしかった……こんな恐ろしい目に遭ったことはない! これくらいなら大魔王の城にでも送られた方がマシだ!」
「だいたい行きずりの女性と関係を持つなんて不道徳だよ!」
「あれは女性じゃない! オカマだ! ……ああっ! 恐ろしい! あと一歩で禁断の道へ踏み込むところだった……!!」
「禁断の道?」
 セドリックはがっくりとうなだれた。
「アレルくん、聞いてくれるかい? 実は俺………オカマにしかモテたことがないんだ!」
「え?」
「今まで告白されたり言い寄られたりするのはみーんなオカマオカマオカマ。毎回オカマオカマオカマ。美人だと思ってもその正体はオカマオカマオカマ。……この虚しさがわかるかい? 俺は女性にはモテないんだよ! いっつもオカマばっかりなんだよ! 女性に告白しても振られるんだよ! 相手から言い寄ってくるのは毎回オカマなんだよ! ああっ、絶望で死んでしまいたい……」
「…………………………」
「俺にそんな趣味はなーーーーーい!!!!!」
セドリックは大声で叫んだ。アレルは今ひとつ意味が理解できなくて首をかしげる。
「そんな趣味って……?」
「そんな趣味って、あれだよ、あれ。だからオカマと恋を語る趣味はないってことさ!」
「そう考えるとオカマってのも可哀想だね。決して恋が成就することはないんだ」
「え? 中にはそっちの趣味の奴も――」
「え?」
 アレルの純粋で混じりけのない瞳を見てセドリックは先を続けるのをやめた。
「そうか、君はまだ子供だから知らないんだな」
「何を?」
「いや、いつか君が大人になるまでにはわかることだよ」
「そっか。ところでセドリック、言いたいことはそれで終わり?」」
「え?」
「終わりなら俺の方から言いたいこといっぱいあるんだけど」
 その後、セドリックが目を見開くようなアレルの説教が始まったのだった。



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