「何でこの大陸の人間は夫婦でもないのに男女の関係を持ったりするんだ?とんでもない不道徳だよ。信じられない」
「へ?」
「俺は記憶喪失で、本当はどこで生まれて育ったのかはわからないけど、俺の常識では情事っていうのは神の祝福を受けて結ばれた、結婚した男女だけが許される特別で神聖な行為だ。それ以外の人と交わるのはとんでもない禁忌なんだぜ」
「あ、あの〜、君、もしかして意味わかってる?」
「もちろんわかってるよ! とにかく俺の常識では行きずりの女性と関係を持つなんてとんでもないことだよ。だけどこの大陸の人間は平気でやってる。男も女もそれに何の疑問も抱いてない。それが信じられないんだ」
「いや、でも大人の世界はそんなもんだぜ」
「俺の常識ではそうじゃない!」
「君、見たところどこかの名門貴族の御子息かなんかに見えるけど、だからお堅い教育されてるだけじゃないか? 女遊びなんて男にとっちゃ当たり前だぜ」
「女遊びだって!」
 アレルが目を吊り上げたのを見てセドリックは慌てた。
「君、そんなに小さいのにそっちの教育も受けてるのか? 一体どこまでそういうこと知ってるんだ」
「今言ったじゃないか?」
「他には? 他には? もっと詳しく」
「……あんた、一体何を言わせたいんだ……」
「いや、その〜」
「俺の常識じゃ結婚前の情事だって禁じられてるんだからな。式を挙げて、神の祝福を受けて初めて許される行為だ」
「そりゃあ、どこの世界も建て前は一応そうなってるけど、あくまでも建て前であって、現実には浮気だの横恋慕だの一夜の過ちだのいろいろあるんだぜ」
「本で読んで知ったけど……俺には信じられない」
「君はまだ子供だからな。大人のそういうところが嫌になる時期もあるだろう」
「あるだろう、なんてものじゃないよ。正直、嫌悪してる。娼館なんてこの大陸で初めて見た」
「いや、普通どこにでもあるだろう。むしろ無いところがあったら知りたいね」
「何だって! なんであんなとんでもないものがあるんだよ!」
「いや、だから、それは……世の中にはまだ君の知らないことがいっぱいあるんだよ」
 セドリックはなんとか穏やかに宥めようとしたが、アレルは納得しなかった。その純粋な瞳と堅固な考え方は一体誰から教育されたものだろう。
「ちなみにアレルくん、まさか君にはそういった経験はないだろうね?」
「そういった経験って?」
「いや、だから、その……他の人間と一緒にそういうことをしたことがある――なんてことは…」
「何言ってるんだよ。俺はまだ子供だよ。十八歳で成人するまでそういう対象に見られることはないだろ?」
「は?」
「え? 何かおかしい? 成人って十八歳だよな?」
「いや、そうじゃなくって………」
「?」
「子供をそういう対象に見る奴も世の中にはいるぞ」
「そんなわけないだろう?」
「ぬうう、どうやら君の頭の中のそっちの知識は何やら中途半端なようだね。教育が不完全なうちに記憶喪失になったのか……?」
 セドリックは混乱しながらもアレルのことが心配になった。アレルは非常に見目のよい子供である。それも人身売買の世界では破格の値段がつくほどの。その上品な顔立ちはどんな輩に狙われるかわかったものではない。自分では良識のある大人だと思っているセドリックはアレルのことが心配で放っておけなかった。自ら保護者役をかって出たからには責任を持って守り通そうと思った。
「セドリック、まさかあんたも女遊びとかするの? 娼館とか行って?」
「いや、それは、その……俺は合意の上でなきゃそういうことは絶対にしないよ。うん」
「合意の上でも結婚してないんじゃ駄目じゃないか。それは重罪だよ」
「お、落ち着いてくれ、アレルくん! 君はまだ七歳なんだろう? 七歳の子供が平気でそういう話をしてるのを聞くと、どうも変な気分になるんだよな。とにかくお子様にはまだ早い!」
「お子様だとかそういう問題じゃないよ! とにかく、セドリックもこれから絶対女の人と関係を持ったりしたら駄目だぞ! 好きな人ができたら正式に求婚して、承諾を得たら結婚して、それからだよ」
「まさかガキにそんなこと言われるとは思ってなかったな……」
「聞いてるのか?」
「いや、そんなこと言ったら男の欲望は一体どうやって発散したらいいんだ。娼婦のお姉さん達はそういうモテない可哀想な男共を慰めてくれる存在なんだぞ」
「モテないならモテないで一生独身。振り向いてもらえなかったらしょうがないだろ」
「そんな残酷な」
「とにかく俺の常識ではそうなってるんだよ!」
「はいはい。わかりましたよ、お坊ちゃま。一緒にいる間は坊ちゃまの言うとおりにしますから」

 昨夜かろうじて難を免れたセドリックは引き続きアレルと旅を続けた。そして徐々にアレルという子供について知っていく。彼の持っているレイピアは実は聖剣だということも。聖なる剣の使い手、それでいて僧侶が使える高等回復呪文も使える。それだけ純粋で混じりけのない心を持っているということなのだろうか。随分と恋愛に関する考え方はお堅い。聖騎士や僧侶などの聖職者が異性と不誠実な関係を結ぶ事例は、数えるとけっこうな数に上るが、皆、重罰に科せられている。
「それにしても君は謎の多い子供だなあ」
「まあね」
「動物と話はできるし、自然を操ることができるし、暗闇の中でも目が見えるし、大人の戦士より強くて全ての魔法を取得していて。しかもオトナの知識も少し持ってるみたいだし」
「またこの間の話? 図書館で本を読み漁っていればたまにそういうことに触れているものもあるよ」
「何だって! これからそういう本を見つけたら俺にも見せてくれ!」
「おい……」
「何を言う! エロは男のロマンだぞ!」
「何だよそれ」
「君も思春期に入ればそういうことに興味を持つようになるって」
「別にならなかったけど」
「え?」
「だいたい、そういうことは大っぴらにするもんじゃないよ。誰だって人間である以上、多かれ少なかれそういった興味はあるけどさ、それを表に出すのは品のある行為とは言えないな」
 セドリックはアレルのことをちょっと変わった子供だと思った。それに様々な謎に包まれた子供でもある。アレルの方は、共に旅することになったからにはセドリックが賭博で破産したり女性と不適切な関係を結んだりしないようしっかり監視しておこうと思った。

 ミドケニアへの旅はまだ続く――



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