翌日、アレルは早速リュシアンに会いに行った。大声でリュシアンの名を呼びながら遠くから駆けてくる。
「殿下ーーー!!!!!」
「アレルくんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「殿下、俺はしばらくこの宮殿に留まるからさ、ここにいる間、毎日俺と剣の稽古しない?」
「君と?」
「ああ。いいだろ?」
「い、いいけれど……私の剣の腕では君の相手は務まらないのじゃないかな」
「そんなことないって!」
「それでは時間ができたら君を呼びに行くよ」

 かくして、アレルとリュシアンの剣の稽古は始まった。昨日の練習試合の結果、リュシアンに剣の素質を見出したアレルはリュシアンを特訓して鍛え上げるつもりであった。アレルは小さな子供であるが大人より圧倒的に強い。強い相手と戦っていれば自然と剣の腕は上達していく。小さな子供の方が自分より強いということに屈辱を感じたりしなければ己にとってプラスになる。リュシアンもなかなか人のよい性格であったので、己のプライドにこだわることなく、アレルの相手をしていた。

 そして――

 稽古が終わりぐったりとしていたのはリュシアンの方であった。アレルの方はピンピンしている。
「なんだ、情けないなあ……あ、殿下ごめんなさい」
「そ、そういう君は小さいのにタフだね……」
「殿下は力任せの攻撃より素早さや器用さを重視した技の方が得意そうだね。ところで、これからも剣の稽古してくれる? 俺だって少しでも腕が立つ人と稽古したいんだよ」
「君のような神託を受けた勇者のお眼鏡にかなうとはね」
 そこに皇帝ヴァルドロスがやってきた。
「どこへ行ったかと思えば二人で剣の稽古とは。わしのせがれを負かすなど、アレルくんは可愛いだけでなく本当に強いのだな」
「陛下、もしかして俺が強いって実感なかった? 今まで戦ったところ見たことなかったし」
「そうじゃな。わしはとにかく可愛いアレルくんが大好きなんじゃ」
「それはどうも」
「というわけで今度はわしと遊んでくれ」
「それもいいけどさ、陛下にお願いがあるんだ」
「何じゃ? 遠慮なく言いなさい」
「この国に代々伝わる聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェを実際にこの目で見てみたいんだ」
「ほう、そうか。よし、それではこれから案内してやろう」

 ヴァルドロスはアレルを二つの相反する剣がある場所まで連れてきた。そばにはリュシアンも控えている。二つの相反する剣、聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェはミドケニア皇室の厳重な管理の元、保管されていた。聖剣ヴィブランジェは神秘的な聖なる輝きを放ち、暗黒剣デセブランジェは黒く禍々しい妖気を放っている。アレルはしばらく見入っていたが、やがて聖剣ヴィブランジェの方に近づいて行った。
「陛下、手にとってみてもいい?」
「構わんぞ。何せアレルくんは神託を受けた勇者じゃからな」
 アレルは聖剣ヴィブランジェを手に取った。ヴィブランジェから淡い光が放出される。アレルは直感でわかった。これは間違いなく神託を受けた勇者が使う聖剣の一つ。だが主はアレルではない。ヴィブランジェは同じ聖剣の使い手としてアレルに共鳴反応を示しただけである。言葉では説明できない直感的なやり取りがそこにあった。
(……時は満ちた)
「……ん?」
「どうした、アレルくん?」
「いや……今度は暗黒剣の方も手にとってみてもいい?」
「それは駄目じゃ。暗黒剣は危険じゃからな。訓練を受けた者でないとあっという間に生命力を奪われてしまう」
「…………………………じゃあ近くで見るだけ」
「見るだけじゃぞ」
 アレルは、今度は暗黒剣デセブランジェの方に近づいた。かなり至近距離まで近づいたが触れてはいない。本物の暗黒剣はかつて戦った暗黒騎士達が持っていたものとは比較にならないほどの不気味な妖気を放っていた。
(……まだその時ではない)
「……ん? あれ?」
「アレルくん、さっきからどうしたんじゃ?」
「なんか二つの剣から声が聞こえたような……」
「何だって! 何と聞こえたんだい?」
「聖剣ヴィブランジェの方からは『時は満ちた』って。暗黒剣デセブランジェの方からは『まだその時ではない』って」
「剣から声が聞こえたとは! アレルくんに見せてよかった」
「もしかして聖剣ヴィブランジェの方はもうすぐ使い手が現れるんじゃないか?」
「でかしたぞ! アレル君。これこそわしが長年待ち望んでいたことじゃ!」
「気になるなあ。それなら尚の事、ヴィブランジェの使い手が現れるまでこの国から出るわけにはいかないな。俺としても興味あるし」
「これは朗報じゃな」
「陛下、まだはっきりとしたことは何もわからないんだよ」
「それでもいいんじゃ。早速皆に知らせよう」
「陛下!」
 ヴァルドロスは喜び勇んで出ていく。ついてきたはずのリュシアンはずっと黙ってこれらのやり取りを見ていた。ふと、アレルと目が合う。
「殿下どうしたの? 黙りこくっちゃって」
「いや、聖剣ヴィブランジェの使い手がまもなく現れるのならそれは喜ばしいことだね」
「うん、そうだね。一体誰なのか気にならない?」
「いずれわかるだろう。それにしても君は本当に特別な存在なんだね。神々から授けられたと言われている聖剣から声が聞こえるなんて」
「聖剣が神々から授けられたものだって? ………ああ……そういえばそうだったな。暗黒剣の方はどうなんだろう?」
「わからない。一般的に神託を受けた勇者が使う聖剣は神からの授かりものだという話だが」
「うん、それは本当だよ。確かにそのはずだ。誰かに教えてもらったわけじゃないけど知ってるよ。記憶を失う前に聞いたことがあったのかな?」
「君には謎が多いね」
「まあね。行こうよ、殿下。これ以上ここにいても仕方がないし」
「そうだね」
 聖剣の勇者の一人であるアレルにヴィブランジェとデセブランジェの声が聞こえたという話は宮廷中にあっという間に広まった。そしてかつてアレルが対峙した暗黒騎士達の耳にも届くことになる。謎の子供によりかなりの損害を被った暗黒騎士団の者達は、やがてその謎の子供が勇者アレルであることに気づく。そして彼らの中でどよめきが沸き起こるのだった。かつて暗黒剣に強い共鳴反応を示した、聖剣を扱う謎の子供。これはなんとしても皇帝に報告しなければならないと彼らは思ったのであった。



次へ
前へ

目次へ戻る