ミドケニア帝国暗黒騎士団所持、戦艦ギガレスク総司令官ダニエルはかつて会った謎の少年がアレルだということを知った。暗黒騎士達の話によると、アレルはまず大隊長のクラレンス率いる一個大隊を襲撃した。クラレンスの話によればアレルには暗黒剣が効かないとのことだった。
 強大な力を持つ暗黒の力。ありとあらゆる生命力を奪う恐ろしい力で、訓練もなしに扱うと一気に生命力を奪われてしまう。未だ嘗て暗黒剣の力が効かなかった者などいない。しかし、クラレンスに直接確認すると、確かに今ミドケニア宮廷に滞在している勇者アレルがあの時の子供だという。暗黒剣の力が効かないとは一体どういうことなのだろう。
 アレルはダニエルの部隊が一旦捕らえた。そして彼の持っていた聖剣エクティオスを奪う。が、アレルはあっという間に取り戻してしまった。その時アレルと暗黒剣は強い共鳴反応を示した。そして戦艦ギガレスクを壊滅させてしまったのである。あの時のことを思い出し、クラレンスの話を合わせると、アレルという子供にはかなりの謎が出てくる。
 まず、暗黒剣が効かない人間などいるものであろうか。そして聖剣の使い手でありながら暗黒剣と強く共鳴とは一体どういうことなのか。とにかく暗黒騎士達はことの次第をミドケニア皇帝ヴァルドロスに報告することにした。
「そんな話は信じがたいな。あの可愛いアレルくんが暗黒剣を使えるだと?」
「本当でございます、陛下。勇者アレルは確かにあの時の子供でございます」
「他人のそら似ではないのか?」
「恐れながら、勇者アレルほどの驚異的な戦闘能力を持った子供など他にまずいないと存じますが」
「ふうむ、しかし……」
「陛下、試しに勇者アレルに暗黒剣デセブランジェを持たせてみたらいかがでしょう。陛下もあの剣の使い手を待ち望んでいたはず」
「いや、そんなことはできん。万が一何かの間違いだったらどうする? あの可愛いアレルくんにもしものことがあったらどうしてくれるつもりじゃ。あの子は聖剣の使い手なんじゃ。暗黒剣とは関わらせたくない!」
「陛下……」
 暗黒騎士達の噂は聖騎士団の方にも伝わっていく。聖騎士達も驚きを隠せない。聖剣と暗黒剣両方使いこなすものなど聞いたこともない。そもそも暗黒剣の使い手自体、育成が困難なのだ。そしてその噂は皇太子リュシアンの元にも届くことになる。リュシアンは他の者と違って毎日アレルと剣の稽古をしている。親しくしている者としてアレル自身に直接尋ねることにした。暗黒騎士達の噂の真偽を問うとアレルは複雑な表情をした。
「……それが本当だったら俺を反逆者として処罰する?」
「何だって? それでは暗黒騎士達を襲撃したり壊滅させたのは君なのかい?」
「殿下だったら本当のことを言ってもいいけど、やばくなったらすぐにこの国を出ていくよ。敵対することになったら残念だけどな」
「いや、その前に事情を聞こう」
「ある程度はもう話したよ。戦争の惨状を見ていられなかったんだ。それであいつらを攻撃すれば止められると思った」
「……下手に父上には報告できないな……それに暗黒剣が効かない、強く共鳴したという話も気になる」
「それは俺にもよくわからない。とにかく暗黒の力をぶつけられても俺の身体はなんともなかった。そして暗黒剣を手にしたら強く共鳴した。それは事実だ」
「本当なのかい……? それでは、もし君がデセブランジェを手にしたらどうなるんだ…」
「試してみる? 俺は別に怖くないよ」
 リュシアンは腕組みをしながら考え込んでしまった。何の訓練もなしに暗黒剣を手にするのは危険が伴う。そのうちアレルの噂はセドリックの耳にも届く。セドリックは大雑把な内容ならアレルから聞いていたが、まだ詳しいことは知らなかった。アレルはセドリックに対してはリュシアンより詳しく話した。暗黒剣のことに加え、毒が効かないことも。
「そうだったのか。それが明るみに出れば皇帝陛下がどう思うか……」
「俺としては聖剣ヴィブランジェの使い手が現れるまでこの国にいたいんだけどな。帝国に盾突いたってことで問題になるんなら出ていくよ」
「暗黒剣が効かない、共鳴反応が出る、毒が効かない。君には謎が多いね。仮にデセブランジェを手にしたらどうなるんだ?」
「俺も試してみたいんだけど、陛下が許してくれないんだ。危険だって」
「デセブランジェは他の量産された暗黒剣とは違うからな」
「じゃあセドリックとリュシアン殿下が側で見ててくれよ。陛下には内緒でさ。何かあったら二人がなんとかしてくれ」
「アレルくん、どうしてもデセブランジェを触ってみたいんだね」
 アレルは無理を言ってセドリックとリュシアンと共にデセブランジェが安置されている場所まで行くことにした。セドリックは少し緊張していた。
「参ったなあ。皇太子様と、こう、面と向かって話すのは初めてだぜ」
「別に緊張することないけど。リュシアン殿下はいい人だよ。多少礼儀に欠けていても怒らないと思うな」
 そこでリュシアンが現れる。相変わらず眩しいばかりの美貌である。女顔ではあるが男性であるとはっきりとわかる整った顔立ち。澄んだ瞳はまだこの世の邪悪な世界を知らないようである。セドリックはぽりぽりと頭をかきながらぶっきらぼうに挨拶した。リュシアンはそんなセドリックの様子を特に気にしたようでもなく、普通にやり取りをかわす。
 リュシアンにとってセドリックはアレルの保護者的存在でしかない。セドリックの方が男としてやっかんでいることなど知る由もなかった。
「それでは行こうか。アレルくん、わかっているとは思うがくれぐれも気をつけるんだよ」
「大丈夫だよ、殿下。何故だかわからないけど平気だって感じがする」
 アレルとセドリックとリュシアンの三人は内密にデセブランジェの安置されている部屋に入った。聖剣ヴィブランジェと対照的に暗黒剣デセブランジェは非常に禍々しい妖気を放っていた。
「これが暗黒剣デセブランジェか。見てるだけでぞくぞくするな」とセドリック。
「アレルくん、大丈夫かい?」
「平気だって。二人共見ててくれよ」
 アレルはデセブランジェを手に取った。その瞬間、凄まじい暗黒のオーラが部屋全体を包んだ。元々それほど明るい部屋ではなかったのが漆黒の闇に包まれたようである。デセブランジェから放たれる暗黒の力で寒気がする。そして恐怖が。その禍々しい妖気はセドリックとリュシアンを戦慄させた。
「これがデセブランジェか。すごいなあ。あれ? どうしたの二人共」
 デセブランジェを手にした当のアレルは至って呑気であった。これだけ凄まじい妖気を放っているのにけろりとしている。
「アレルくん、あのね……」とセドリック。
 リュシアンはまたも黙りこくってしまった。このまま暗黒剣を振りまわされてはたまらない。セドリックはアレルに剣を放すように言った。アレルも別段反抗したりはせずにデセブランジェを元の場所に戻す。
「……すごい力だったな…」とセドリック。
「そうだな」とアレル。
「あのままデセブランジェを手に入れてしまうかと思ったけど?」とセドリック。
「俺にはエクティオスがあるからいいよ。デセブランジェには誰か他の主がいるし。それに暗黒剣っていうのは……」
「え? 何だって?」
「あれ? 俺、何か知ってるのか? 暗黒剣というものを知ったのはこの国に来てからが初めてなのに……」
「何か失った記憶を取り戻せそうかい?」
「う〜ん、わかんないや」
 アレルは無邪気な顔をしている。その後リュシアンはセドリックと二人だけで会話をした。
「セドリック殿、先程のデセブランジェの力、どう思われますか?」
「そうだな……暗黒剣があそこまで強く反応して……こっちに襲いかかってくるかと思ったくらいだ」
「あれは……まるで魔王のよう……」
「魔王ってのは暗黒剣を使うものなのか?」
「現在は魔王を名乗る者はいくらでもいます。その中には暗黒剣を使う者もいるかもしれません。とにかく凄まじい邪気を感じましたね」
「う〜ん、アレルくんからいくつか話も聞いたが……まさか魔界の者と何らかの関係があるっていうのか?」
「聖剣の使い手が魔の者と関わりがあるとは思えませんが、しかしデセブランジェを手にしたアレルくんを見ていると……」
「魔族達はアレルくんを魔王にしようと目論んでいるらしい。あの子が魔王になったら人間達はおしまいだ。この世は魔族が支配する世界になってしまう。そんなことにならないよう俺達大人がしっかりとアレルくんを見守ってやらないといけないな」
「あれだけの凄まじい力を秘めているのなら魔族達が執拗に狙うのも無理はない。少なくともあなた方がこの国にいる間は私もアレルくんから目を離さないようにしましょう」
「まさかこの国で魔族から狙われるなんてことはないだろうな」
「私がいれば大丈夫です」
 リュシアンは自信満々に答えた。
「何故そんな自信があるんだい? 皇太子殿下」
「昔から魔族達は私には近づいてこないのです」
 セドリックが話を聞いてみると、リュシアンが小さい頃から魔物達は何故かリュシアンを避けるのだそうだ。
「へえ、それはそれは」
「私がいる限りこの国を魔族に蹂躙させたりはしません。どのような敵からも必ず私が守ってみせます」
 リュシアンの澄んだ凛々しい瞳を見てセドリックは少し考えを変えた。何でもそろっている嫌な男だと思ったが存外いい奴かもしれない。アレルについては謎が深まるばかりだが、とにかく保護者として見守っていよう。

 その後、徐々に異変が起きる。その異変に真っ先に気付いたのはセドリックであった。



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