一方、ミドケニア皇帝ヴァルドロスは相変わらずアレルを可愛がっていた。暗黒騎士達の話は軽く一蹴してしまった。毎日アレルを気にかけ、時間を見つけては一緒に遊ぶ。同じく臣下の者達が気にかけていることはあまり気付いていないヴァルドロスであった。そして宮廷内の不穏な気配にも気付くことなく。
「さて、今日はアレルくんと何して遊ぼうかな〜。アレルくんはどこだ? ……ハッ!」
 自らアレルを探して宮廷をうろついていたヴァルドロスは物陰に身を隠した。アレルは同じくらいの歳の女の子と仲良く話をしていた。それを物陰からじっと見つめる。ここからは距離があるから気付かれる虞はないだろうと踏んで様子を伺うヴァルドロス。しかし……
「父上、このようなところで何をなさっているのですか?」
「はうっ!」
 びくりとして振り返ると息子のリュシアンが不審な目で見ていた。リュシアンの方は何やら挙動不審な父を見つけて近づいて行ったのである。
「リュ、リュシアン! いつからそこに?」
「私の目が正しければ覗きというものをしているのではないのですか?」
「そ、そうだ。見ろ! アレル君が女の子と話をしているぞ!」
「同い歳くらいの子供同士が話している光景は別段珍しくもないですよ」
「そうではない! ……アレル君はどんな女の子が好みなんだろう……今一緒に話している子を見ると……う〜む。わしが見たところ清純派が好きそうだぞ」
「父上」
「リュシアン、おまえはどう思う?」
「父上! 栄光あるミドケニア皇帝ともあろう者が覗きなど! みっともない真似はやめて下さい!」
「リュシアン、声が大きいぞ!」
 彼らの声が大きかった為、アレルと側にいた女の子は振り向いた。
「あれ? 陛下と殿下、そんなところで何やってるの?」
「いや、これはだな、その…」
「いや、何でもないんだよ、アレルくん。さあ、父上行きましょう」
「ああ、こら待てリュシアン、引っ張るんじゃない!」
 ミドケニア皇帝ヴァルドロスはリュシアンにずるずると引っ張られていった。後には怪訝な表情をした幼い少年少女が残る。

「父上、お伺いしたいことがあるのですが」
「何じゃ」
「父上はアレルくんのことをどう思っているのですか?」
「可愛い。その一言に尽きる」
「……それでは女の子と話しているアレルくんを見てどう思いましたか?」
「どんな女の子が好みか気になった」
「そうですか」
 今のところ大丈夫なようだが、懸念を隠せないリュシアンであった。父ヴァルドロスのアレルに対する感情がどうも怪しい。危ない趣味に目覚めてなければいいのだが。
「のう、我が娘達の中でアレルくんにふさわしそうな子は誰かおるかのう?」
「父上、何を考えていらっしゃるのです」
「わしの娘を目合わせて養子に」
「父上!」
「いや、冗談だ。半分冗談だが半分本気じゃ。あの子を見ているとまるで父親になったような気分になってな」
「あくまでも父親の子供に対する感情だと?」
「もちろんじゃ」
「それならいいのですがね。父上、ミドケニア皇帝としてあまり軽率な行動、不審な行動はとらないようにお願いしますよ」

 ヴァルドロスのアレルに対する執着に最も我慢がならなかったのは寵姫であったルジェネ姫であった。今までは皇帝の寵愛を受けて皇后以上に権力を欲しいままにしてきた。それなのにアレルがこの宮廷に来た日を境にすっかり寵を失ってしまった。一体何が起こったのか。ルジェネは今まで使っていた薬よりさらに強力なものを闇取引で手に入れた。男の理性を狂わす媚薬。男を虜にする為の魅了術。ルジェネは男を手玉に取る為ならありとあらゆる手段を講じる女であった。ルジェネは皇帝ヴァルドロスに近づく機会を伺った。

「陛下」
「おお、ルジェネか。今日はどうしたのだ?」
「ずっと疎遠になっておりまして寂しゅうございます。たまにはこのルジェネも相手して下さいませ」
 ルジェネはヴァルドロスに近寄ると艶めかしくしなだれかかった。そして媚薬の効果のある香りをかがせ、そっと術をかける。ヴァルドロスの目が揺らぐ。効果はあったようだ。そのまま部屋に引き入れようとしたその時――
「陛下――あっ!」
「アレルくん!?」
 なんとアレルは屋根伝いに窓から入ってきた。大人の男女のやり取りを目にして動揺している。
「アレルくん、そんなところから入っちゃ駄目じゃないか。落ちたらどうするんだ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない! いけません! 君にもしものことがあったらおじさん泣いちゃうぞ〜」
「陛下……そんな子煩悩なこと言うなよ。俺は実の子でもないんだぜ」
「こんな危ないところからわしを探して入ってくるなんて。君の方からわしを探すのは珍しいな。何かあったのか?」
「ん〜……いつも陛下にはいっぱいお菓子を貰ってるし、遊んでもらってるし、他にもおいしい御馳走をいっぱい食べさせてもらってるからそのお返しかな。さっき小鳥達から木の実を貰ったんだ。全部食べられるおいしい木の実だよ。だから一緒に食べないかなって」
「アレルくーん!」
 ヴァルドロスは大喜びで泣きながらアレルを抱きしめた。
「すまんな、ルジェネ。おまえとはまたの機会にしよう。さ、アレルくん、行こう」
 ヴァルドロスはアレルを連れて行ってしまった。アレルは困惑した表情でルジェネを一瞥し、ヴァルドロスについていく。あとに残ったルジェネは信じがたい目で見ていた。
(媚薬と魅了術両方かけたというのに急に効果が消滅した!? そんな馬鹿な。一体どういう原理でそんなことが起きるのだ?)
 ルジェネは信じがたい気持ちと悔しさでいっぱいだった。アレルは特に何もしていない。どう見ても。これは一体どういうことなのか。より強力な術と薬を使うしかないのだろうか。闇社会の住人達に聞いてもっと効果のある方法を模索しよう。
 ルジェネは確実に皇帝を魅了する方法を考え始めた。



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