「……くそっ、これで何度目だ?」
 セドリックはここ数日間、忍び寄る魔物達と格闘していた。それは魔物の中でもクリーパーと呼ばれるもので、誘拐や暗殺を得意とする。気配を殺して忍び込んでくるので滅多なことでは気付かない。気付いた時には既に遅く、その魔物の餌食になっていることが多い。人間の暗殺者と違って変化自在なのでどのような場所からも入り込んでくる厄介な代物である。決まった形がなく、身体を壁や床と同一色に変えられる不定形の魔物である。そのクリーパーと呼ばれる魔物がここ数日間、宮廷内に入り込んでいた。そしてセドリックがひそかに始末していたのである。
 セドリックは賭博師であり、いわゆる堅気の人間ではない。時に危険な闇社会の仕事も請け負うことがある。その経験により、不穏な気配には敏感で誰よりも真っ先に気付く。これは宮廷内で起きていることなのだから宮廷の者に報告してもいいのだが、セドリックは単独で調べてみることにした。
クリーパー達が狙っているのは、どうもアレルのようである。クリーパーを見つけるのはいつもアレルとセドリックの部屋周辺だ。それに、魔族達から使役されているもののようである。
「魔族達がアレルくんを狙っているっていうのか……? こんな人の多い宮廷内にまで入り込んで?」
 クリーパー達の根源を断つには使役している魔族をつきとめる必要がある。しかしクリーパー達は言葉を話すことができない。さて、どうしたものか……
 セドリックが頭を悩ませていると、宮廷の侍女の一人がやってきた。クリーパーが出没するまでは侍女達を片っ端から口説いていたセドリックは目を輝かせる。純情を装いながらも艶めかしくしなだれかかる侍女。セドリックは鼻の下を伸ばす。今アレルは側にいない。侍女は邪魔が入らない空き部屋に誘ってきた。もちろん誘いを断るセドリックではない。宮廷内の多くの部屋の中、綺麗に清掃されてはいるが現在使われていない、逢い引きにはもってのこいの部屋に二人は入っていく。そして侍女は大人の男女の交わりを求めてきた。――が、
「これは何の真似かな? お嬢さん」
 一見、鼻の下を伸ばして誘惑に乗っているように見えたセドリックだが、侍女が絡めた手に隠し持っていた短剣をさりげなく取り上げる。そして優しく紳士的な態度で侍女に問う。驚いたのは侍女の方だった。
「……何故わかったの?」
「これでも俺は人生経験だけは豊富なんだよ。こんなちゃちな手には引っかからない」
 侍女はがっくりとうな垂れる。かと思うと急に襲いかかってきた。清楚と妖艶を兼ねた美貌が豹変し、女の魔物の姿に。
「我ら魔族の邪魔をする者は死んでもらおう!」
 女の魔物は牙と爪で襲いかかってくる。セドリックは一見丸腰に見えたが服のあちこちにナイフを隠していた。セドリックはナイフの扱いには長けている。格闘の末、セドリックは女の魔物を倒した。

 その後もセドリックは単独で調査を続けた。魔族達の動向を探るにはどうしたらよいだろうか。魔族達の中には人間の心の闇に付け入る者も多い。人間の闇社会には魔界の住人と契約し、魔物を使役している者もいる。闇社会。その後ろ暗いところでもっと情報収集をした方が良いだろうか。アレルの保護者を買って出た以上、到底放置できない。そんなことを考えているとアレルとセドリックお付きの侍女が部屋にやってきた。今はまたセドリック一人でアレルは側にいない。お付きの侍女は気を利かせて茶を入れて持ってきてくれたのだ。しかしその茶に軽く口をつけたセドリックはティーカップを置いた。
「お嬢さん、毒なんか入れてどうしたんだい?」
「えっ!?」
「俺はこれでもいろんな修羅場をくぐり抜けてきたんだ。飲み物に薬が入っていればすぐにわかるさ。睡眠薬だろうと毒薬だろうと」
「ご……ごめんなさい……」
 侍女は急に泣き崩れた。セドリックは危うく毒殺されそうになったにも関わらず特別気分を害したようではなかった。依然として落ち着いて、紳士的に振る舞う。侍女にも優しく問いかける。
「事情を聞かせてもらえないかな、お嬢さん」
「脅されたんです……いきなり刃物を喉に突きつけられて。お茶に薬を入れるだけでいいからって……ただ眠らせるだけだって。まさか毒だなんて……! 言うことを聞かなければ殺されるところだったんです! どうか、どうかお許しを……」
 震える侍女をセドリックは優しく宥めた。
「君のようなか弱いレディを脅したのはどんな奴だったんだい?」
「後ろから急に締めあげられたので顔は見てないんです……でも男の人には間違いありませんでした……」
「その男は何か特徴はなかったかい?」
「右腕の肘から手首にかけて切り傷の跡がありました。他には何も……」
「怖い思いをしたね。俺が絶対犯人を捕まえてやるから」

「――と、まあ、こんなことがあったわけですよ。皇太子殿下。宮廷内で暗躍している者がいるようだ。魔族だけではなく、普通の人間にも何か企んでる奴がいるみたいでね」
 セドリックは今まで起こったことをリュシアン皇太子に報告しにいった。その場にはアレルもいた。リュシアンは早速臣下に調査を命じ、脅されたという侍女の身柄も保護した。
「今回セドリック殿を襲った魔族と侍女を脅した男とはつながりがあるんだろうか?」とリュシアン。
「まだはっきりとはわからないな。とにかく宮廷内に侵入したクリーパーを一掃しなきゃ。そしてもう二度と入ってこれないように結界を張ろう」とアレル。
「何はともあれ、最低限の被害で済んだのは幸いだった。セドリック殿、感謝致します」とリュシアン。
「いえいえ、そんな、皇太子殿下から感謝されるほどのことはしていませんよ」とセドリック。
「それにしてもよく相手の正体に勘付いたな。女好きのおまえだったらころっと騙されて殺されてしまうかと思ったぞ」とアレル。
「以前にも似たような目に遭ったことがあるんでね」とセドリック。

 アレルとセドリックとリュシアンは、それぞれやり方は違うが調査を始めることにした。アレルは魔法に関してはこの帝国の誰よりも詳しい。何せ賢人に師事していたのだ。クリーパーを排除する結界をあっという間に作り上げてしまった。セドリックの方はアレルに黙ってこっそりとこの帝国の闇社会に接触を試みようとしていた。リュシアンは宮廷内の不穏な動きを探っている。当然ながら不穏な動きが見られるのは寵を失ったルジェネ姫の近辺であった。リュシアンは配下の者をひそかに監視役としてつけた。物事は急速には変化せず、しばらく何もない日が続いた。だが彼らは決して気を緩めなかった。
 そして宮廷内のどこかで交わされる会話。
(……あのセドリックという男、意外とやるな。女相手なら油断すると思ったのだが)
(だから早いうちに消しておこうと言ったのだ……)
(さて、次はどうする?)



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