アレルはずっと待っていたミドケニア皇太子リュシアンと話をする機会が得られて内心嬉しかった。自分が言いたかったことも一応リュシアンには通じたのだから当初の目的はなんとか達成したことになる。アレルは他に気になってきたことを聞いてみることにした。
「あのさ、殿下」
「今度は何だい?」
「この地にはまだ神託を受けた勇者は現れていないって話だけど」
「そうだね。この国の情勢を別にしても、魔族や手下のモンスターの襲撃に遭っているところは少なくない。何かあれば我が国のような大国が治安維持に努めるべきだと思う。そうして人々の平和を守り、信頼を得ることによって私は領土を拡大していきたいと思うんだ。力でねじ伏せるのではなく、本当に民の為になることをしてね。民の方から進んで私に従ってくれるような、そんな君主になりたいと思っている」
「陛下とはまるで考え方が違うね」
「父上には父上のやり方がある。若輩者の私がとやかく言う権利はまだないが」
「ねえ、それでさ、前から気になってるんだけど、このミドケニア帝国に代々伝わってるっていう聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェ、実際に見てみたいなあ」
「それは父上に許可をもらってからだね。尤も父上の様子だと君には簡単に許可しそうだけど」
「みんな二つの相反する剣の使い手を待ち望んでいるんだよね? 特に聖剣の方は。だって聖剣ヴィブランジェは神託を受けた勇者が使う剣なんだろ?」
「そのはずだ。だが肝心の使い手がどのようにして現れるかわからない。過去の文献から神託について調べてもいるが、聖剣が国の宝剣として納められているというのは珍しい。大抵はもっと別の場所に隠されていたりするからね。あんなに堂々と誰もが知っているような場所に昔から納められている剣が本当に神託の勇者が使う聖剣なのだろうかと思う時もあるよ」
「う〜ん………」
 今度は皇帝ヴァルドロスに頼んで二つの相反する剣を見せてもらおうと考えていたアレルであった。神託を受けた聖剣の勇者の一人である自分が見れば何かわかるかもしれない。ふと、アレルはリュシアン皇子が聖騎士団に所属していることを思い出した。
「ねえ、殿下、あなたは聖騎士団に所属してるんだよね?」
「ああ、そうだよ」
「どれくらい偉いの?」
「私は皇太子という身分故、少し特殊な地位についている」
「皇太子と騎士団長と兼任していたりするの?」
「いや、騎士団長はまた別にいるよ。今この国で一番の剣の使い手だ」
「へえ、面白そうだなあ。一度手合わせしてみたいな。もちろん殿下とも」
「それは興味深いね。私もアレルくんが子供ながらにどれだけ腕が立つのか知りたいと思っていたところだ」
 その後、アレルはリュシアンに案内されて聖騎士団を訪れた。聖騎士であるということから、皆、非常に生真面目そうな雰囲気である。聖騎士であることに自ら誇りを持っているようであった。しかしアレルはどこか嫌だと思った。
 果たして彼らは正義について深く考えたことがあるのだろうかと思ってしまう。プライドばかり高くて融通の利かない石頭も嫌いだし、やたらと正義感だけ強い単細胞熱血馬鹿も嫌いであった。しかし今回の目的は剣の手合わせである。アレルは冷静な表情で練習試合用の木剣を手に取った。
 ふと、サイロニアの勇者ランドと手合わせした時のことを思い出す。あの時も練習試合であったのだから本物の剣である『真剣』ではなく『木剣』でやればよかったのに、と思ってしまった。もう二度と同じ過ちは犯さない。今度は寸止めの練習試合であることはしっかりと理解した上で試合に臨む。
 聖騎士団の者達は初めアレルのことを不思議そうな目で見た。噂には聞いているが実際に見てみるとほんの子供である。一人で大魔王を倒すほどの強さを具えているなど到底信じられない。アレルの最初の相手は躊躇いがちに剣を構えたが、それが間違いだったことはすぐにわかった。どの聖騎士達も一合であっさりと敗れていく。アレルの戦い方は常に一撃必殺である。アレルは軽く百人勝ち抜いてしまった。同じ一合で敗れたと言っても多少時間がかかったのは聖騎士団長とリュシアンだけであった。彼らも隙を見てアレルが一撃で負かしてしまったが。
「アレルくん、噂には聞いていたけれど、君の強さは本当に信じがたいよ。参った。完敗だ」
「…………………………」
「アレルくん?」
「あ、殿下、ありがとう。さすがは大国の騎士団だね。皆なかなかやるじゃないか」
「君みたいな小さな子にやられちゃしょうがない」
「俺は特別だと思ってよ」
 挨拶もそこそこにアレルは自分の部屋へ戻った。現在アレルがあてがわれている部屋はセドリックと同室であった。彼が帰るまでずっとアレルは顔を顰めたまま黙っていた。皇帝ヴァルドロスから貰った小動物達はどうかしたのかとアレルに尋ねてくるが、アレルは動物達の相手をしながらも黙ったままだった。
 やがてセドリックが帰ってくる。
「セドリック、どこに行ってたんだよ」
「もちろん美女探しさ。メイドさんでいいから誰か振り向いてもらえないかな〜って」
「ここで相手を見つけるの? 相手がメイドさんじゃあ結婚するならこの国に仕えなきゃいけなくなるね」
「いや、結婚とかそこまで考えてるわけじゃ……」
「じゃあ何の為に? 俺が前に言ったこと聞いてたのかよ? 結婚するつもりもないのに遊びで女の人と交際するなんて!」
 アレルは聖剣の使い手で神託を受けた勇者である。それだからなのかどうか、恋愛に関する考え方は非常に堅い。それにセドリックをなんとかして説得しようとする。アレルの方はあきらめるつもりなどなかった。わかるまで何度でも言って聞かせるつもりである。
「おっと、堅いこと言うなよ。それよりどうした? なんだか考え込んでいるようだけど」
「なあ、セドリック、皇太子っていうのは騎士団長を兼任したりしないものなのかな?」
「あ? あの綺麗な面した皇太子様がどうかしたのか?」
「うん。武術は好きみたいだけど、剣術大会とかには出たりしないのかな?」
「相手が皇太子様じゃ、対戦する相手もやりにくいだろう。どうしても遠慮しちまう」
「確かにそれはそうだけど、でもさ、国で一番の剣の使い手が皇太子様だとしたら? 剣術大会で堂々と優勝できるし、騎士団長を務めても誰も異存はないだろうし」
「何だって?」
「今日、この国の聖騎士団の人達と手合わせしたんだ。今日手合わせした中では剣の腕が一番良かったのは騎士団長だったけど………」
 アレルは小さく呟いた。
「一番剣の筋が良かったのは………リュシアン殿下だった………」
「何だって?」
「俺にはわかるよ。殿下は素質がある。鍛えればこれからもっともっと強くなるよ」
「あれだけ顔と金と地位と文武両道とあらゆる才能に恵まれてて、さらに剣の腕まで素質があるって? 嫌な野郎だ」
「セドリック、やっかむのはよせよ。殿下はいい人だよ。俺の話もちゃんと聞いてくれたし」
「で、まだこの帝国にいるつもりかい?」
「気の済むまでは。今度は聖剣と暗黒剣を実際に見てみたいんだ。それに殿下のことも気になる」
「どう気になるんだ?」
「俺と訓練すればきっともっと強くなる。俺、まだしばらくここにいるよ。殿下がどれだけ剣の才能があるか確かめたいんだ。俺だって腕がなまるのは嫌だからな。当分殿下を相手に剣の稽古をするよ。陛下だって文句は言わないだろうし」
 セドリックはぽりぽりと頭をかいた。
「で、結局まだこの国にいることになるわけか」
「セドリックはいたくないのか?」
「そうじゃなくてやることがないんだよ。陛下が用があるのはアレルくんだしねえ。俺は俺で城下町で好きにさせてもらうぜ。もちろん夜にはここに帰ってくる。俺は君の保護者だからね」
「そっか。でもあんまり厄介なことには首を突っ込むなよ。今度破産したら知らないぞ」
「君こそ宮廷の陰謀か何かに巻き込まれないように注意するんだね」
 アレルとセドリックはまだこのミドケニア帝国に滞在することに決めた。魔族もひそかに計略を練っている。この先どう出るか――



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