従僕から報告を聞いたミドケニア帝国皇太子リュシアンは早速、父である皇帝ヴァルドロスの元へ向かった。
「おお、リュシアンよ、よくぞ戻った。相変わらず軍の演習など真面目にやりおって」
「我が国は他国と戦争を行っている最中、常に訓練は欠かせません。いずれは私自ら軍を率いて戦に向かう時もございましょう」
「いや、おまえはわしの大切な跡取りじゃ。余程のことがない限りそのようなことはさせんぞ。それよりおまえはいつもいつも学問や武術ばかりしておる。将来君主となるのにあまりにも堅物すぎるのもよくないぞ」
「恐れながら女と浮名を流すよりは遥かに良いかと存じますが」
「またそんな堅いことを。たまには女遊びのひとつくらいしてみたらどうだ?相手ならいくらでもわしが用意してやろう」
「お断りします。私には婚約者がおります。父上自ら定められたでしょう」
「いや、しかし、それとこれとは別――」
「既に将来を約束した女性がいるのに何故他の女性と交際しなければならないのです? 必要を感じませんね」
「にべもない奴じゃ。何故こうも堅物に育ってしまったのか…」
「私は別に普通です。父上こそ女遊びが過ぎるのでは?」
「何を言う。わしはいつでも清廉潔白じゃぞ」
「どの口が言うんです」
 リュシアンは辛辣である。父であるヴァルドロスは息子のリュシアンを、どうしてこいつはこんなに真面目なんだと思っている。逆にリュシアンは父のヴァルドロスをどうしてこんなに女ばかり作っているんだと思っている。お互い恋愛に関しては正反対の親子は、正反対のことを互いに思っていた。
「リュシアン、おまえはいい奴じゃが、あまりにも真面目過ぎる。少しは悪い遊びも覚えたらよかろう」
「結構です。よろしいですか? 父上。私は父上のことを君主として尊敬しております。しかし一人の男として父上のようにだけはなりたくないのです」
「手厳しい奴じゃのう」
 父親と会話しながらリュシアンは考えていた。勇者アレルが宮殿に来た日を境にルジェネ姫は寵を失った。ヴァルドロスは他の女性にも一切手を出していないという。しかし女好きでなくなったわけでもなさそうだ。うんざりするが女遊びを毎回毎回勧めてくるのは変わらない。リュシアンはリュシアンで男の中では相当の堅物である。
「それより一体どうされたのです? ここのところずっと小さい子供と遊んでおられるとか」
「おお! そうだ。おまえにも会わせてやろう! とにかく可愛らしい子でな」
「勇者アレルの噂は私も聞いております。是非会ってみたいものですね。いろいろな意味で」

 その後、ヴァルドロスはリュシアンとアレルを引き合わせた。ミドケニアの皇太子とアレルは互いに興味を持って相手を見た。
(これが幼い子供でありながら勇者の神託を受けているという少年か……確かに可愛らしい顔立ちではあるが……)
(皇太子様か……この間も見たけど間近で見るとまた違うな。とにかく陛下と違ってお堅く真面目そうな雰囲気だ。この人なら俺の話も聞いてくれそうだ)
「リュシアンよ、この子がアレルくんじゃ。どうだ可愛いだろう?」
「初めまして、小さな勇者君」
「『小さな勇者君』? 変な呼び方だなあ。俺のことはアレルでいいよ。皇太子様」
「アレルくん、わしのせがれはどうじゃ? わしに似ていい男じゃろう」
「え? 陛下とは似てないよ」
「何っ!」
「父上、私は母上似です」
「リュシアンまで冷たいではないか!」
 アレルはミドケニア皇帝ヴァルドロスと息子である皇太子リュシアンを見比べた。その後リュシアンの方をじっと見つめる。
「俺、皇太子様の方がいいな」
「な、何っ! アレルくん! それは一体どういう意味なのだ! わしはいつもたくさんお菓子をあげているだろう!」
「お菓子の問題じゃないよ。ねえ、皇太子様、俺、あなたと話がしたいんだけど」
「私と? 構わないけれど」
「ま、待ってくれ、アレルくん! 今日はいつわしと遊んでくれるんだいっ!」
「またね。行こう、皇太子様」
 アレルはヴァルドロスをあっさりと無視し、リュシアンの手を引っ張って行った。

 アレルはミドケニアの皇太子リュシアンの私室に招かれた。リュシアンの部屋は煌びやかではあるが非常にセンスがよく、品のある雰囲気を湛えていた。物はきちんと整理され、いかにも主の性格を想像させる。その部屋でアレルはミドケニア皇帝ヴァルドロスに対して諫言に失敗した話をした。
「そうだったのか……アレルくん、済まない。父上の代わりに私から謝罪しよう」
「皇太子殿下にはまだ政治とかに口出しする権利はないの?」
「今年で私も成人したからね。これから徐々に権限は与えられていくだろう。だが既に起きてしまったことは変えられない。ダレシア王国との戦争で数多くの命が失われ、土地が枯れてしまったことも、毒物混入によって敵を壊滅させたという卑怯な手も、なかったことにはできない。失われた命は戻ってこないのだから」
「そうだね……俺からのお願いは、これからはあんなひどいやり方はしないで欲しいってことだ。もっと他にやり方があっただろう?」
「ああ、もちろんだ。私が全権を任されていれば決してあんな真似はさせなかった」
 リュシアン皇子はアレルの言葉を真摯に受け止めてくれた。そのまっすぐで曇りのない瞳を見ていると信頼感が芽生えてくる。
「う〜ん………どう考えても陛下より殿下の方がいいな」
「何がだい?」
「俺はちゃらんぽらんな人間より堅物の方が好きなんだ。軟派より硬派。そういう意味では陛下より殿下の方がはるかに好感持てるってこと」
「それはどうもありがとう。ところで私の方からも君と話したいことがあるんだけれども、いいかな?」
「何?」
 リュシアンはここしばらくのヴァルドロスの行動について尋ねた。それについてはアレルも怪訝な表情を見せる。
「俺はよくわからないよ。たくさん子供がいるんだろう? 自分の子供と遊べばいいじゃないか。いくら俺がみなしご状態だからって、実の子でもないのにあんなに構うのは変じゃないかって思うんだ」
「君はみなしごなのかい?」
「本当のところはわからない。俺は記憶喪失なんだ。だから自分の記憶を取り戻すと同時に両親を探すのが目的なんだ」
「そうだったのか……その歳で随分苦労してきたんじゃないのかい?」
「まあね。今はセドリックっていう兄さんと一緒に旅をしているけど、それでも苦労が絶えないよ。あいつから言わせるとお互い様だって言うんだけどな。俺もまだ子供だから、わかってないこととかいろいろあるみたいで」
「そうか。ところで父上は君とただ遊んでいるだけなのかい?」
「うん。思いつく限りいろんな遊びに付き合ってくれるよ。あとお菓子もたくさんくれるな。陛下は子供にはとにかくお菓子をあげればいいって思ってるみたいでやたらとくれるんだ」
「それ以上の不審な行動は何もしてないだろうね?」
「やたらと俺の機嫌取ろうとしてるくらいかなあ。『生類憐みの令』の話の時は、それはどうなのかって思ったけど」
「何もなければいいんだが」
「?」
 リュシアンの懸念が具体的に何を意味しているのか、アレルは全くわかっていなかった。



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