聖騎士団の元へ行ってみると、たくさんの女性達がいた。どうやら聖騎士達の訓練を見学に来ているようなのだが、口々に皇太子を褒め称える言葉を口にし、うっとりとした表情で中を覗いている。
「なっ、何なんだ、あの女性達は? あんなに大勢の女性を虜にするなんて皇太子殿下はきっとろくな奴じゃないぜ。くそ、どんな奴か面を拝ませろ!」
セドリックは言うなり中を覗いた。一緒になってアレルも見る。
 そこにいたのは爽やかな雰囲気を湛えた美青年であった。気品ある女性的な整った顔立ち。流れるように長く美しい髪を後ろに束ねている。細身であるがしっかりとした身体つきで、巧みな剣術で相手を打ち負かしている。その光景はまさに絵になる美しさであった。漂う爽やかな雰囲気で周囲の空気も変えてしまいそうである。昼の日差しに当たってまるできらきらと輝くように美しいその雄姿。
「ううっ! ま、眩しい! なんて眩しい奴なんだ! あの爽やかな雰囲気と綺麗な面とで輝いて見えるぜ!」とセドリック。
「ふーん、あれがこのミドケニア帝国の皇太子か……ねえ、そこの人達、この国の皇太子様はなんて名前なの?」とアレル。
「あら、あなた達旅人さん? あの方がこのミドケニア帝国第一皇位継承者であり、第一皇子であるリュシアン様よ」
「ああ……リュシアン様……いつ見ても素敵だわ……!」
「惚れ惚れするような美しさですわ……!」

 女性達はすっかりリュシアンという皇太子に夢中になっている。確かにリュシアン皇子は美男であるし、見るからに生真面目そうな雰囲気と曇りのない瞳を持ち、非常に好感が持てる人物である。男としてやっかむ以外に難癖のつけようがない。
「あれがミドケニア一の美男子ねえ……」とアレル。
「けっ! ちょっと綺麗な面してるくらいで何だ! 男は顔じゃねえ、中身だ!」とセドリック。
「確かに俺が今まで会った中では一番美男かも」
「なっ! ななな何だとおおお!!!!! アレルくん! そこで何故このセドリックお兄さんの名前が出てこないんだ!」
「は? 何言ってるんだよ、セドリック、おまえ自分で美男子だと思ってるわけ?」
「あれだけ名誉挽回とばかりに格好良い戦いぶりを見せたじゃないかあーっ! お兄さんの雄姿に惚れ惚れとしたろ?」
「いや、別に」
「そ、そんなあ……あんなにカッコつけたのに……」
「人間第一印象って大事だと思うぜ。俺にとってのセドリックの第一印象ってこれ以上ないくらい最悪だし」
「女性にモテないならせめて子供に好かれるお兄さんを目指そうと思ったのに……」
 セドリックは急にしょんぼりとしてしまった。アレルは呆れたが、もう一度リュシアン皇太子の方に目をやる。
「リュシアン皇子………なんかあの人、気になるな」
「何っ! 君は綺麗なお兄さんが好きなのかね?」
「そうじゃなくて……う〜ん、何だろう?」

 酒場に戻ると再び情報収集を始めた。マスターはアレルとセドリックを見るとにっこりと微笑んだ。
「どうだい? 我が皇太子殿下は。あれだけ人間として何でもそろった方も珍しいだろう」
「……けっ!」とセドリック。
「見るからに誠実そうな人だったね。あの人が次期ミドケニア皇帝になるのか……」とアレル。
「現在のヴァルドロス皇帝陛下はまだまだ健在だ。リュシアン皇子が帝位を継ぐのはずっと先さ。だけどお世継ぎがあのようなお方だと思えば我々も将来に希望が持てるってもんだ」
「継承者争いみたいなのは今のところ起きてないの?」とアレル。
「陛下は子だくさんだから他にも多くのお子がいらっしゃるが、リュシアン様があまりにも優秀過ぎてね」
「第一皇子が一番優秀なら何の問題もないな。後継者争いというのは厄介だ」
「全くだ。ミドケニア皇帝家は代々結婚が早いし妾を持つことも珍しくない。お世継ぎに困らないようにしているのさ」
「王や皇帝は羨ましいな。恋愛に苦労しなくても済むんだからな。婚約者とかも早めに決めちまうんだろう」とセドリック。
「ああ、そりゃもう限界まで早くしてるよ。生まれてすぐ婚約を決めてしまうことも多いし、女の子の身体が成熟次第結婚してしまうんだ」
「へ?」
「女の子の方が初潮を迎えるまでは婚約。迎えたら結婚」
「ちょ、ちょっと待て! それはいくらなんでも早すぎだろう!」
 そう慌てて反論したのはアレルの方だった。セドリックと酒場のマスターは唖然とした。
「坊や、君……初潮って言葉の意味知ってるの?」とマスター。
「ああ。だけどそんなの早すぎるよ! 年齢的にはまだ子供じゃないか! まだ完全に大人にならないうちに子供を生んで育てるなんて……」
「ちょ、ちょっと待て、アレルくん……普通七歳の子供が知ってることじゃないぞ……」とセドリック。
「……え?……………そういえば………そうだよな。変だな、何で俺そんなこと知ってるんだろう?」
「こっちが聞きたいよ……」
「坊や、君は一体何者だい?」
「す、すまない、マスター! 用事を思い出したんで今日はもう帰る。また来るよ!」
 セドリックはアレルを引っ張って慌てて酒場を出た。
「ああっ! 忘れてた。アレルくんにはオトナの知識があったんだったね! 中途半端だけど」
「大人の知識っていうか、大人になるまでに知ることだよね。だけどセドリックの言うとおり七歳じゃ普通まだ知らないはずだ」
「君にはあまりにも謎が多すぎるよ」
「それはそれとして、セドリックだって驚いただろ? いくらなんでも結婚早すぎるよ! 結婚っていうのは十八歳になって成人してからに決まってるだろ?」
「いや、そんなことはない。世界は広い。様々な文化があるからね。早くに結婚する民族もいるって話だ」
「確かに初潮を迎えれば子供を産むことは可能になるけれど……まだ身体も心も未成熟なままじゃないか。そんなの無茶だよ。大人にならないうちに子供を産んで育てるなんて。子供が子供を育てるっていうの?」
「まあまあ、文化の違いってことにしておこうぜ。深く追求するのはよそう」
「思わず出てきちゃったけど酒場でもう少し情報収集しなくてもいいのか?」
「残りは俺がやる。アレル君は宿に帰っていてくれ」
「わかった。それじゃあ明日になったらミドケニア皇帝に会いに行こう。俺が神託を受けた勇者だとわかれば会ってくれるはずだ」
 アレルは一足先に宿へ戻る。そしてこの帝国の皇帝について思いを馳せた。
(とにかく俺はミドケニア皇帝を許せない。ダレシア王国との戦争だって、ただ領土拡大の為にあんなに多くの生命を奪って土地を荒廃させて、毒を使って敵を皆殺しにしたり、ひどい奴だ。やっぱり一発ぶん殴ってやろうか。王や皇帝みたいなお偉方っていうのは自分の過ちを指摘されると怒るだけで決してやめようとしないものだしな)
 皇太子リュシアンは見るからに堅実で真面目で好感が持てる人物であったが、果たして皇帝の方はどのような人物なのか。
 この帝国でアレルとセドリックを待ち受ける運命は――



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