翌日、アレルとセドリックは皇帝宮殿に赴き、ミドケニア皇帝に謁見を申し出た。神託を受けた勇者の中で最年少でありながら最強の戦士。謎の子供アレルの噂はミドケニア皇帝の元へも届いていた。宮廷内は驚きで騒然となった。
「とうとう皇帝陛下とご対面か」とセドリック。
「どんな奴なんだろうな。気に食わなかったら本気で殴ってしまおうか」とアレル。
 その時のアレルは皇帝を殴り飛ばす気でいっぱいになっていた。うわべは平静を装いながら謁見の間に入る。赤い絨毯が玉座へと続いている。その先にミドケニア皇帝ヴァルドロスはいた。
「そなたが勇者アレルか」
「はい。お初にお目にかかります。皇帝陛下」
「苦しゅうない。もっと近う寄れ」
 一国の主に相応しい風格を備えている皇帝に対し、アレルは全く怯むことなく近づいて行った。ミドケニア皇帝とアレルの目が合う。しばらく互いに言葉を交わすことなく黙ったままだった。アレルは皇帝の言葉を待った。しかし皇帝はじっとアレルを見つめたままである。不自然なくらい沈黙が続き、アレルを初め謁見の間にいた人々は怪訝な表情を皇帝に対し向ける。
「陛下?」
「……か……か……か……」
「か?」
「可愛い……」
「へ?」
「なんて可愛らしい子なんだあーーーっ!!!!!」
 ミドケニア皇帝はアレルへ向かって一気に突進した。
「うわっ!」
 そのままぎゅっと抱きしめる。その後、アレルの頭を撫で始めた。アレルは目をぱちくりとさせる。
「へ、陛下!?」
「どうした? 皆の者」
「あ、あの……陛下……一体どうされましたので?」
「何を言う! こんな可愛い子供を見たら思わず抱きしめて頬ずりして撫で撫でしたくなるのは大人として健全な反応だろっ!」

……………し〜ん……………

 この日を境にミドケニア皇帝は妙な形で乱心してしまうことになったのだった。

 謁見は終わり、アレルとセドリックはしばらくミドケニア宮廷に滞在することになった。侍女に案内された部屋でアレルは呆然としていた。
「ミドケニア皇帝って………子供好きだったんだ……」
「アレルくん、大丈夫かい? あの馬鹿皇帝に何か変なことされたりしなかっただろうね?」
「変なことって?」
「いや、まさかとは思うが幼児趣味持ってるなんてことは……」
「子だくさんってことはそれだけ子供好きってことなのかな?」
「そんなことはないだろう。女好きと子供好きは必ずしも一致しないぞ。女は好きでもガキは嫌いだという男はいくらでもいる」
「とにかくなんだか俺、気が抜けちゃったよ。一発殴るつもりでいたのに完全に気をそがれちまった。あれは予想してなかったな」
「アレル君さえよければもうこの帝国から出て行ってもいいんだよ。これは俺の勘だが、なんか厄介なことになりそうな気がする」
「あのダレシア王国との戦争の一件については言ってやりたいことがたくさんあるし、これから折を見て陛下に諫言してみるつもりだよ。とりあえずヴィランツ皇帝と比べるとそんなに悪い人ではなさそうだな。この宮廷に留まってそれほど危険があるとは思えない」
 セドリックの方は危惧していた。ミドケニア皇帝がアブナイ趣味に目覚めてしまったのではないかと。アレルの美貌は、そういった趣味を持つ大人からは危険だった。
「それはどうかな? とにかく油断は禁物だ」
「ああ。せっかく滞在の許可をもらったんだし、しばらくこの帝国を見て回るよ。聖騎士団と暗黒騎士団についてもっとよく知りたいし、伝説の聖剣と暗黒剣も見てみたい。帝国図書館にも行ってみたいし。俺は学校に通ってないからその分大きな国にきた時だけでも勉強しておきたいんだよ」
「それは感心だな」
 アレルは本好きで、かつてサイロニアに滞在していた時も図書館にある本を片っ端から読み漁っていた。今もまた知的好奇心でいっぱいだった。本でまだ見ぬ新しい知識に出会うのがアレルは好きだった。ふと、皇太子リュシアンの存在を思い出した。先程の謁見の間にはいなかったが……お側付きとなった侍女に聞いてみる。
「そういえば皇太子様は?」
「リュシアン殿下は軍の演習に向かわれました。しばらくは戻ってこないでしょう」
「そうなんだ……」
 ミドケニア皇帝への諫言が効をなさなかった場合、なんとかして皇太子リュシアンの方に聞き届けてもらおうと思ったアレルであった。

 その夜――
 ミドケニア皇帝の現在の寵姫ルジェネはいつものように艶然として皇帝を出迎えた。皇帝はルジェネの前で立ち止まり、しばらく佇んでいた。
「陛下、どうかなさいましたか?」
「いや……悪いな、今日は一人で寝る」
 ルジェネは一瞬何を言われたのかわからなかった。呆然とするルジェネの横を素通りし、寝室へ入っていく。

 その日を境にルジェネが皇帝の寵を失ったことは宮廷中の噂になった。
(陛下は一体どうなされたのだ? 今まではルジェネ姫がおらぬと食事も喉を通らなかったくらいだというのに)
(陛下は今まで女と床を共にしない夜などほとんどなかったというのに)
 それからしばらく、宮廷の人々はミドケニア皇帝の行動に理解に苦しむことになる。



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