セドリックはアレルのことを心配していた。ミドケニア皇帝ヴァルドロスのアレルに対する興味に疑いを持っているのである。アレルは諫言に失敗したことで気落ちしていた。一方ヴァルドロスの方はなんとかアレルの機嫌を取ろうと必死である。
「アレルくーん! ほら、お菓子をいっぱい持ってきたよ!」
「あのさあ陛下、子供にはお菓子をあげればいいってものじゃないよ」
 アレルは呆れて言った。
「そ、それなら可愛い小動物を集めてきたから全部君にあげるよ!」
ヴァルドロスはリスやフェレットなどを集めさせてアレルのところへ持ってきた。動物達は我先にとアレルの元へ行って懐いてしまう。
「ど、どうだい? 可愛いだろう? これで許してくれるかい?」
「…………………………」
 アレルはため息をついた。ヴァルドロスにはこれ以上何を言っても無駄なようだ。皇太子リュシアンが戻ってきたら彼に聞いてもらうことにした。
「もういいよ、陛下」
「おお! 許してくれるか! ありがとう! 今夜は御馳走だぞー! お腹いっぱいになるまでたっぷり食べなさい!」
「何で陛下は俺にそこまでするわけ?」
「可愛いから」
「陛下にはたくさん子供がいるんでしょ?」
「それはそれ、これはこれ」
「わかんないよ」
「アレルくん、欲しいものがあったら何でも言いなさい! 君の言うことなら何でも聞いてあげるぞ!」
 ヴァルドロスが言ったとおり、その夜は御馳走だった。ミドケニアのあらゆる料理が贅を尽くして並べられている。周りにどれだけ呆れられているか、ヴァルドロスは気付いていなかった。セドリックは心配しながらアレルに話しかける。
「アレルくん、皇帝陛下の様子、なんか変じゃないかい?」
「俺もなんだかよくわからない。俺を相手にする時間があるなら自分の子供と遊べばいいのに」
「ところでその小動物達はどうするんだい?」
「ここにいる間は一緒にいるよ。だけど国を出たら野に返してやろうと思ってる」
「そうか。可愛いのはいいが、こんなに動物が部屋にいたら落ち着かないな」

 翌日もヴァルドロスはアレルの気を引こうと夢中になっていた。
「アレルくんはどんなものが欲しいんだい? おもちゃとかは?」
「別にいらない」
「そ、そうか……それなら………く、くまちゃんのぬいぐるみとかどうだい?」
「ぬいぐるみ? 俺は本物がいいな」
「そうか。これ、そこのおまえ達! 今から森へ行って小熊を捕獲――」
「なんてことするんだよ! そんなことしたら可哀想じゃないか!」
「そ、そうか? ごめんよ。お菓子をあげるからそんなに怒らないでくれ」
「だからお菓子をあげればいいってものじゃないって!」

 その後もヴァルドロスの妙な乱心は続く。
「アレルくんは動物が大好きなんだな! わしも動物愛護の法令を作ろう。過去に『生類憐れみの令』というものがあった。あれを復活させよう」
「陛下! 過去の愚帝の法令など復活させないで下さい!」
「何を言うか! 動物愛護の点では評価できるだろう!」
「他にどれだけ問題があったと思ってるんですか!」
 ヴァルドロスと臣下がもめている話を聞いたアレルはまたしても呆れるのだった。
「あのさ、陛下、行き過ぎた動物愛護は動物達も望んでないよ。俺は人間も動物も平等だと思ってる。どっちが偉いとかじゃなくてさ。俺はまだ子供だからよくわからないけど、その法令って俺から見ても問題あると思うけど」
「そっ……そうか? アレルくんがそう言うなら取り消そう」
 アレルの一言で『生類憐みの令』は復活せずに済んだ。臣下の者達は皆ほっとしている。何か妙なことになっていると感じたセドリックはアレルにこの国から出るように勧めるが、アレルは皇太子リュシアンが戻るまで待つことに決めていた。皇帝ヴァルドロスへの直接の諫言に失敗したなら皇太子に聞いてもらうしかないと思ったのである。

その頃、魔族達はミドケニア皇室にどのように干渉しようかと考えていた。彼ら魔族の目的はアレルを魔族側に引き込むことである。その為の策略を練っている。
「やっと見つけたぞ、勇者アレル」
「さて、今度はどう仕掛ける? 普通に接触を試みても返り討ちに遭うだけだ」
「それにしてもミドケニア皇帝は一体どうしたのだ? あれは」
「我らが同胞が試したところ、どうも魅了術が効かない状態になっているようなのだ。あのルジェネという女の媚薬も全く効果がない」
「どういうことだ?」
「敢えて言うならあの状態はアレルに魅了されているという言い方もできるな」
「しかし勇者アレルは魅了術など一切使っていないぞ」
「とにかく今の状態ではミドケニア皇帝を操ることができんのだ。どういうわけか、一切の洗脳術が効かない」
「他の手で奸計を巡らすか。リュシアン皇子は隙がない。他の奴らを狙おう」
「女達が使えるのではないか? 寵を失ったルジェネ姫、もっと以前から寵を失っている孤独の皇后などがな」
「この地にはまだ神託の勇者は現れていない。今のうちにこのミドケニア帝国を崩壊させてしまうのだ」
「何があっても聖剣ヴィブランジェの使い手が現れるなどという事態は許してはいかんぞ」
 魔族達は策略を巡らし始める。ミドケニア帝国に代々伝わる聖剣と暗黒剣。これらは勇者の神託にどのように関わってくるのか。この地に聖剣の勇者は現れるのだろうか?



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