「陛下! ヴィランツ帝国の間者を捕らえました!」
 ミドケニア皇帝ヴァルドロスの元に報告が入った。ヴィランツ帝国は世界征服を目的として他国に侵略を行っている国である。当面の目標はグラシアーナ大陸全域を支配すること。地理的には比較的離れているとはいえ、いずれはミドケニア帝国も標的とされる。グラシアーナ大陸北西部と南西部にあるこの二つの帝国は互いに間者を送って相手の国に探りを入れていた。間者の調べを終えた兵士は改めてミドケニア皇帝の元に報告に来た。
「陛下、どうやらヴィランツ皇帝は勇者アレルを探しているようです」
「そうか、無理もないな。アレルくんは今現在最強の勇者だ。配下にしようと目論んでいるのだろう」
「どうやらそれだけではないようなのです」
「何っ!」
「その……勇者アレルは非常に綺麗な顔立ちをしているのでそちらの興味も存分にあるようで」
「なっ……な、な、な、なんだとおおおお!!!!!」
「勇者アレルは以前ヴィランツ帝国に滞在したことがあるようです。ヴィランツ皇帝とも面識があります。その上でヴィランツ皇帝は勇者アレルに異常なまでの執着をしているようです」
「……………!!」
 ミドケニア皇帝ヴァルドロスの脳内にヴィランツ皇帝に関する噂が駆け巡る。
(聞くところによればヴィランツ皇帝は正式な妃を娶ることもせず征服した国の女王や王妃を妾にし、その他美女を侍らせてハーレムを作っているとか。しかも女だけにとどまらず綺麗な顔立ちをした少年までその手の対象と見做し、毎晩相手をとっかえひっかえとっかえひっかえ――)
「うああああ! アレル君がそんな奴と面識があるだとおおお!」
 いてもたってもいられなくなったヴァルドロスはアレルの元へものすごい勢いで駆け出して行った。

ずどどどど………

「アレルくーん! 君の貞操は大丈夫かああああーーー!!!!!」
「はあ? いきなり何の話?」
 宮廷内の資料室で本を読んでいたアレルは皇帝ヴァルドロスの突然の来訪に驚いた。息急き切ってアレルの元へ駆けつけたヴァルドロスはなんとか呼吸を落ちつけながらヴィランツ皇帝との関係を訪ねた。
「ヴィランツ皇帝なんて二度と会いたくないな」
「アレルくん! まっまさか……あの変態皇帝に何かされやしなかったかい?」
「臣下にならないかと誘われた。もちろん断ったけどな。あんなサディスト嫌だよ」
「ほ、他には? 噂に聞いたところのあの男の所業を考えると、何もせずに放っておくとは思えない」
「宮殿に泊まっていけって言われた。だけど俺はあの国から脱出するつもりだったから、部屋に案内された後すぐに逃げたよ」
「よくやった! それで君はあの男の魔の手から逃れられたんだねっ!」
「まあ、そういうことになるな」
「ああ、よかった。本当に何も嫌らしいことされたりしてないね?」
「嫌らしい目つきで見られはしたけどさ、元々あの皇帝はハーレムとか作ってて十分変態じゃん」
「そうだそうだ! 男の風上にも置けない奴だ!」
 自分のことは棚に上げてヴィランツ皇帝を批判するヴァルドロス。
「ヴァルドロス陛下がそこまで言える立場なの? 聞けば相当女癖が悪いって話だけど?」
「何を言う! わしはちゃんと合意の上でやっておる!」
「そういう問題じゃないよ。お妃様がいるのに他の女性と関係を持つなんて!」
「き、君がそう言うなら止めよう。これからは妃一筋にする」
「本当に? ちゃんと夫として誠実にならなきゃ駄目だぜ」
「もちろん! わしはこれから生まれ変わるんじゃ!」
 言ってることが全く信用ならないが、ヴァルドロス自身は至って真面目である。
「ところで何で急にヴィランツ皇帝の話なんか出たんだ?」
「奴はこの国にも間者を放っておる。君を探しているようだ」
「しつこいな。もう大丈夫だと思ってたのに。とっとと他の大陸へ行ってしまった方がいいかな」
「ま、待っておくれ! せめてあと一年はここにいてくれたまえ」
「えーっ! いくら長くても一年はいないよ」
「そ、そんなこと言わずに! ヴィランツ皇帝からはわしが守ってやる。安心してよいぞ。だからずっとここにいておくれ」
「困ったな」
 そこに大臣の一人が入ってきた。
「ここにおられましたか、陛下。新たにいくつかご報告したいことが――ゲフッ!」
「こ、こら! おまえはアレルくんのそばによるな!」
「どうしたんだ?」
 アレルは不思議そうな顔をした。部屋に入ってきた大臣は見るからに謹厳実直な雰囲気を漂わせている。見たところ何か問題がある様には見えない。しかしヴァルドロスはアレルを引っ張って大臣から距離をあけた。
「アレル君、あの男はホラーツという名前でな、今までも数々の実績を上げてきた非常に有能な大臣じゃ。奴の働きにはいつも助けられておる。真面目でどんな面倒な仕事も嫌な顔ひとつせずこなしていく貴重な人材なんじゃ」
「それはすごくいい人じゃないの? 何でそんな、何か差別するような目で見るわけ?」
「ホラーツには重大な欠点があるのじゃ」
 ヴァルドロスは一呼吸置いた。
「奴は女を愛せない男なんだっ!」
「え?」
「ホラーツを見ると人間としての誠実さと性的嗜好は全く別のものだということをつくづくと考えさせられるのじゃ。それさえなければ完璧で何の文句もない奴なのに。唯一最大の欠点が男色家。ああっ! 何故だ、何故あんな優秀な奴が!」
 ホラーツと呼ばれた大臣は慌てふためく。
「へ、陛下!」
「というわけじゃからおまえはアレルくんのそばに寄ってはならん! これ、あっちへ行け!」
「陛下、あんまりです! こんな子供に何かしたりするわけがないでしょう。そういうことは同じ嗜好を持つ者同士でしか――」
「そんなおぞましい話など聞きたくもないわ!」
「ねえ、陛下、さっきから何を言ってるの?」
 アレルは首を傾げる。
「女を愛せない男なんていくらでもいるじゃないか。恋愛に興味ないってだけだろ? 単にストイックなだけじゃないか」
「え? アレルくん?」
 アレルの心底から不思議そうな、純粋な瞳を見てヴァルドロスもホラーツも、まだこの子供は同性愛の概念を知らないことに気付いた。そして教えるべきかどうかで迷う二人。
「アレルくん、変なおじさんについていってはいけないことは知ってるかい?」
「ああ」
「つまりこのホラーツという男は変なおじさんに入るんだよ」
「どこが? 真面目でいい人なんだろ?」
「いや、だからねえ、つまり、女を愛せないってことは男しか愛せないってことで」
「?????」
「陛下、おやめ下さい! アレルくんはまだほんの子供です。私はアレルくんに手出しをしたりしません! 誓います! お願いですから私を信じて下さい!」
「ううむ、おまえが犯罪を犯すような奴ではないことは長年見ていてよくわかっておるが……だがアレルくんのそばに近寄ることは禁ずる!」
「わかりました。それより陛下、ご報告したいことがあるのですが」
「わかった、今行く。アレルくん、またな。とにかく変なおじさんには気をつけるのじゃぞ!」
 アレルは首を傾げたままだった。



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