一方、セドリックはこのミドケニア帝国の闇社会に入り込もうとしていた。賭博師である彼はミドケニアのカジノを調べた。中でも最も後ろ暗い取引が行われていそうな場所へ向かう。何度か足を運んだ成果があったのか、ある美女から誘いを受けた。情報交換と男女の交わりを兼ねた賭けである。もちろん断るセドリックではなかった。セドリックも美女も自信に満ちた表情でポーカーを始める。結果は……
「ストレートだ」とセドリック。
「残念だったわね。私はフルハウスよ」
「ちっ、ついてねえなあ。せっかくの美女の申し出だっていうのに」
「まだやる?」
「参ったな。今日はあまりツキがなさそうだ」
「そんなに簡単にあきらめてしまっていいの? 私ってそんなに魅力ない?」
「うっ…!」
 美女の目つきを見る限り、セドリックを気に入っているようだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。だが、また破産するわけにもいかない。今は幼い子供の保護者なのである。これ以上の失態は見せられない。しかし美女の誘いが……これをきっかけに情報も得られるかもしれない…セドリックが葛藤していると視界の端に見覚えのある姿が映った。
(ルジェネ姫!? こんなところに!)
 妖艶な美女であるルジェネ姫は男と奥の部屋に入っていくところだった。すると目の前の美女が眉を吊り上げた。
「あら、他の女なんか見て」
「あっ! いえ、その、あのご婦人は知っている人だから……」
「そう。残念だけど、あなたとはこれまでね」
「ああっ! そんな!」
 しまった。女を相手にしている時に別の女を見つめるのは禁忌である。特に別の女が成熟した美女となれば。振られたのとルジェネ姫を目撃したのとでセドリックはしばらく動揺していたが、なんとか心を落ち着ける。カジノの店員をうまくやり過ごしてルジェネ姫の行方を追った。セドリックは部屋に忍び込むのは得意である。気配を殺すのも得手である。なんとかルジェネ姫の入っていった部屋まで辿り着いた。中からは狂ったような笑い声が聞こえてくる。様子を伺おうとしたセドリックだったが、中から強力な臭いが漂ってきたので慌てて鼻と口を塞ぐ。
(うっ! なんだこの臭いは!)
 麻薬の類なのはすぐにわかったが、かなり強烈である。ほんの少し吸い込んだだけで頭がくらくらする。このままではまずい。セドリックはこれ以上の追跡を断念して外へ出た。長い間新鮮な空気を吸ってやっと気分がよくなる。仕方なしに今日は帰ることにしよう。

 宮廷の部屋に戻るとアレルはまだ起きていた。
「セドリック、こんな時間まで何やってたんだ?」
「この間のクリーパーの調査だよ」
「なんか臭うけど。強烈な麻薬とか媚薬の香りだな」
「君、何でそんなこと知ってるわけ?」
「……………」
「……………」
「ごめん、わかんないや。それより一体どんな怪しげな場所に行ってきたんだよ」
「アレルくん、これにはわけがあるんだよ。ルジェネ姫を見つけて跡を追ったんだ」
 セドリックは今しがた起きた出来事を話した。もちろん差し障りのない範囲で。
「ルジェネ姫、まさか魔界の住人と取引なんてしてないだろうな」とアレル。
「闇社会と関わりがあるのは確かだな。愛人は皇帝陛下だけじゃないんだろう」とセドリック。
「とんでもない大罪だな。皇后陛下を差し置いて愛人になってさらに他の男もいるなんて」
「ま、まあ、とにかく、こういうことは大人に任せておいてくれないかな。子供の君には関係ないことだ」
「リュシアン殿下にも話す?」
「あんなに澄んだ目をした皇太子様に言うのは気が引けるが、そうも言ってられないな。ルジェネ姫に関してもう少し調べられれば良かったんだが」
「無理しない方がいいんじゃないか? かなり強烈な麻薬みたいだし。下手するとおまえまでおかしくなってしまうぜ」
「う〜む……」
 ルジェネ姫の行いを追跡するにはまた対策を練らなければなさそうだ。
「そういえばアレルくん、皇后陛下に会いに行ったんだって?」
「うん、とても綺麗な人だったよ。あんな綺麗な奥さんがいるのに浮気するなんて許せないや」
「噂だけ聞くと、美人なだけでなく、性格もとてもいい人らしいな」
「うん、とても優しい人だよ。怒りより悲しみが前面に出るタイプだ。とても悲しそうな顔をしていたよ」
「よくある話だが、ルジェネ姫が皇后の座を狙って陰謀を企んでいる可能性もあるな」
「今のところ邪悪な気配はしなかったけど、皇后って立場上誰から狙われてもおかしくない。どこから矢が飛んでくるかわからないな。俺、しばらく皇后様のところへ通うよ」
「ん〜? アレルくん、もしかして皇后陛下のこと、気に入ってたりして」
「うん、まあ」
「皇帝陛下は君がお母さんのことを思い出すかもって言ってたけど、まさか本当に思い出したとか?」
「俺の母さんのことは全然思い出せないけど、皇后様を見てるとさ、とにかく優しくてあったかくて、お母さんってこんな感じなのかなって思うんだ」
「君もまだ子供だからねえ。大人には甘えたい年頃だろう」
「そっ、そんなんじゃないよ!」
 むきになって否定するところが怪しい。セドリックの見たところ、アレルは皇后に懐いているようだ。セドリックはセドリックで女好きだが、アレルはアレルで女性には弱かった。いつもは生意気な態度が一変して素直な子供になってしまうのを今まで何度も見ている。
「皇帝陛下とは今でも遊んでいるのかい?」
「俺、これからは皇后様のところにいたいな。陛下にそう言ったら喜んでたよ」
「そうなのか」
 ヴァルドロス皇帝も宮廷内では危ない趣味に目覚めたのではないかと危惧されていたが、純粋な父親のような感情だったのかもしれない。
「よし、それじゃあアレルくんは皇后様のところで怪しげな動きがないか見ていてくれ」
「ああ、わかったよ」



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