その日、アレルとセドリックは部屋で話し合っていた。
「どうも最近、暗黒騎士達の様子がおかしいみたいなんだ。アレルくんに敵意を持ってるみたいで」
「俺が以前やったことを考えれば当然だな。戦艦ギガレスクにいた暗黒騎士達の大半は俺が殺してしまった」
「君には絶対に暗黒剣なんか持たせられないね」
「とにかく暗黒騎士達の間で不穏な動きがあるんだな? こっちから先手を取って出向いてやろうか。俺が皇后様と一緒にいる時に問題を起こされるのは避けたい」
「先手必勝か。それで全て解決する問題でもないが」
「んなわけで俺はこれから暗黒騎士団に行こうと思う」
「ちょっと待つんだ! アレルくん!」
 アレルは好戦的に、挑戦的に暗黒騎士団の元へ出向いていった。アレルは記憶を失ってヴィランツ帝国にいた時に数え切れないほど人を殺めてきた。その結果、人の命を奪うことへの躊躇いは既になくしてしまった。罪悪感について考える暇もない日々を送っていたのである。
一方、暗黒騎士達はアレルの方から堂々と出向いてきたことに戸惑いを感じていた。最近は皇后に懐いているという話だったからその隙を見て痛い目に遭わせようと企んでいたのである。
「小僧、よくもおめおめとここまで来たな」
「よう、俺が気に食わないんだったらいくらでも相手するぜ!」
「小癪な……!!」
 魔族により術をかけられている暗黒騎士達の目に憎悪の炎が燃え上がった。腰に下げた暗黒剣を抜き、アレルに襲いかかる。アレルの方は術がかけられているのを一目で看破した。これは一通り相手するしかなさそうだ。憎しみや怒りと言った感情は一旦相手にぶつけることで発散されることがある。実際アレルは暗黒騎士達を数多く手にかけたのだから憎まれても仕方がない。アレルは暗黒騎士達の憎悪をその身に受け止めた。
(人の心、憎悪、憎しみ……こいつらのは単純だ。ちゃんと理解できる。憎まれても納得できる。何かもっとやりきれない出来事もあったような気がするけど……今はそんなこと言ってる場合じゃないな)
 アレルは次々と暗黒騎士達をみね打ちで倒していった。戦艦ギガレスクでは暗黒剣を手にするまで素手で彼らを倒していたのである。レイピアを持った状態のアレルにとって彼らは敵ではなかった。一通り倒した後、術の解除を試みる。その時、以前対峙したことのある暗黒騎士団大隊長クラレンスと戦艦ギガレスク総司令官ダニエルがやってきた。
「あれ? あんた達は正気なのか?」
「司令官まで正気を失ってどうする」とダニエル。
「アレルくん大丈夫かい? 怪我は?」とクラレンス。
「相変わらずお人よしの兄ちゃんだなあ。それで隊長だっていうんだから呆れちまうよ」
「そのようなことを言っている場合ではないぞ」とダニエル。
 アレルは敵の気配を感じた。術の行使者である魔族が近くにいるようだ。まずはその魔族を倒すのが先決である。
「よくぞ見破ったな。ミドケニア帝国の暗黒騎士団も上官には骨のある奴がいると見える。わが名はヘイトレッド。憎しみに心を任せて狂うがいい!」
 暗黒のローブを纏った魔物が襲いかかってきた。アレルとダニエル、クラレンスの三人で応戦する。ヘイトレッドと名乗った魔物は次から次へと魔法を唱えて攻撃してくる。直接ダメージを与えるものもあれば精神攻撃もあった。だが――
「こんな奴を倒すなんて簡単だぜ。ダニエル総司令官、クラレンス隊長、あんた達二人は暗黒剣の力を思いっきり奴にぶつけてくれ。俺は聖剣エクティオスの聖なる力を思いっきりぶつける。聖剣と暗黒剣、相反する二つの力を同時に受ければひとたまりもないはずだ」
「それはいい考えだ」とダニエル。
「よし、行くぞ!」とクラレンス。
 二つの暗黒剣と一つの聖剣エクティオスから発せられる暗黒の力と聖なる力、相反する二つの力は透明感のある光を生みだし魔物に襲いかかった。これらを同時に受けた魔物はひとたまりもなかった。声にならない絶叫を上げ、黒い塊となり、その塊もぼろぼろと崩れていった。
「す、すごい、これが聖剣と暗黒剣の力……」とクラレンス。
「我がミドケニア帝国に伝わる二つの剣、聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェ、共に使い手が現れたらこれほどの威力を発揮するわけか。素晴らしいな。これはなんとしても使い手を探さねば」とダニエル。
「聖剣と暗黒剣って相反するものだと思ってたけど、この二つの力が合わさったらとんでもない力を発揮するんだな」とアレル。

 この一件は瞬く間にミドケニア宮廷に広まった。人の憎しみを増幅させる術をかけた魔族の存在や暗黒騎士団のアレルに対する確執よりも、暗黒剣と聖剣が合わさった時の凄まじい威力の方が人々の間で問題になった。
「アレルくん、無茶するなあ。暗黒騎士達は一応これで落ち着いたみたいだが」とセドリック。
「そういえばセドリックってここに来てから全然戦ってないよな。たまには訓練しないと駄目だぜ」とアレル。
「アレルくん」
「何だ?」
「そういうのは陰ながらやるものなんだよ。俺にとって武術の訓練は人前でやるものじゃないんだ。人が見ていないところで日々鍛錬に励んで、いざという時にとびっきりカッコイイところを見せるのさ。そうすれば俺に惚れるレディがいるかもしれない」
「けっこういいこと言ったと思ったのに最後に減点」
「何故だ! 出会いを求めて何が悪い!」
「そうやって常に恋人を求めてるのがいけないんじゃないか? 自然体でいて偶然出会った人と恋に落ちるっていうのが普通だよ。いつかそのうちおまえにも運命の人が現れるさ」
「いや! 俺はあきらめないぞ! そのうちとびっきりの美女を連れて君の前に現れるから見ていてくれ!」
「ふう……何を言っても無駄みたいだな」

 そして、魔族達は同胞の一人がやられたと知ってまた新たな手を考え始めた。
「ヘイトレッドがやられたか……それにしても聖剣と暗黒剣の合わさった力とは恐ろしい」
「あれだけの力を見せつけられてはな」
「ミドケニア帝国に代々伝わる聖剣ヴィブランジェと暗黒剣デセブランジェ。この二本をそれぞれ使いこなす者を手中におさめた者は世界を支配できるという」
「ミドケニアに覇権は渡さん。なんとしても」
「暗黒騎士達は正気に戻ってしまった。同じ手を二度は使えん。今度はやはり皇后を狙うか……」
 皇帝の寵を失いひっそりと暮らしていたエルヴィーラ皇后に今、魔の手が忍び寄ろうとしている。



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