食事が終わると、ジェーンはアレルの体温を測ろうとした。熱が下がったかどうか確かめる為である。
「アレル君、お熱を測りましょうね。はい、体温計」
「何これ? どうやって使うの?」
「スイッチは入れたわ。脇に挟んでしばらくじっとしてて」
 目が覚めて以来、不可思議なものばかり見ている。アレルは後で一通りジェーンに説明してもらおうと思った。

ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ

「うわっ! 何だ!?」
「はい、ちょうだい。……36.2℃。大丈夫ね。さあてと、次は着替えね。あなたが起きた時の為に男の子の服を買ってきておいたのよ。さっそく着てみて」
 また見たこともないデザインの服である。記憶喪失とはいえ、どうもこの国は自分の知っているものとはかなり異なった文化を持っているようだ。
「良かった! ぴったりだわ!」
「え~と、ジェーンおばさん。俺、おばさんに聞きたいことたくさんあるんだよ。この家にあるもの全部、何か説明してくれる?」
「ええ、いいわよ」
「じゃあ、さっそく聞いてみるけど、そこの平べったい黒いものは何?」
「これは薄型テレビよ」
「テレビ?」
「こうやってスイッチを入れると……」
「うわ! 額縁の中に人が!」
「が、額縁!?……薄型じゃなかった頃は『箱』って言われてたものだけど……知らないとそう見えるのね」
「どういう魔術使ってるの?」
「う~ん、これは魔術とは違う原理で動いてるのよ。私の国ではあまりにもありふれたものだからうまく説明できないけど」」
「……じゃあさ、おばさんのポケットに入ってるそれは?」
「これは携帯電話。こっちには固定電話もあるわ。電話というのは遠く離れた人と話をする機械よ」
「機械……」
「他の大陸ではどれだけ機械技術が発達しているのかしらね……でも安心して。しばらくここにいればすぐわかるわよ」
「ねえ、他の部屋も見せてよ」
「もう、しょうがない子ねえ」
 アレルはジェーンに家の中にあるものを片っ端から尋ね回った。パソコン、ミニコンポ、掃除機、全自動洗濯機。全てアレルにとっては未知のものばかりである。
「どう? 満足した?」
「うん。知らないものがいっぱいあって面白いよ」
「良かったわ。それじゃあ後はリビングでくつろいでいて。私は家事をやらなきゃならないから。」
「リビングってあのテレビっていう額縁がある部屋だね」
「額縁じゃないわよ! これからはテ・レ・ビって呼びなさい!」
「は~い♪」
 無邪気に返事をすると、アレルはリビングへ行った。テレビのリモコンの使い方は先程ジェーンに教わった。スイッチを入れると適当に面白いチャンネルを探して回る。
「面白いな~これ。ボタン押すたびにいろんな映像が出てくるや。魔術じゃこんな速度でいろんな映像を映し出すなんてできないぞ」
 そうやって面白がっていると、部屋の奥の方から何かが近づいてきた。
「!? 何だ? おばさーん、まだ変なものがあったよー!」
「変なものって何のこと?」
 アレルが指差したのは犬の形をしたロボットだった。
「ああ、この子はペットロボットよ。名前は『コロ』っていうの」
「ペット……ロボット……ロボットのペット……」
「興味があったら遊んであげて」
 アレルは不思議そうにコロを眺めた。硬い物質でできてはいるが、動物の動作――特に犬のような動きをする。ちょっかいを出すとコロは反応してアレルに近づいてきた。どういう仕組みになっているか不思議だと感じるアレルは近くにあったボールを投げてみたりして『コロ』がどういうものかを調べた。そのうちに夢中になって遊び始めた。
「あらあら。中世レベルの文明で育った子にしては適応力があるわねえ」
 ジェーンは感心して家事に戻った。

 ジェーンは密かに感心していた。アレルという子供は記憶を失って寄る辺ない身の上だというのに年相応にはしゃいで明るく元気である。本当はとっても心細いだろうに。本来ならパパは? ママは? お家はどこ? などと言って泣いていてもおかしくないというのに。冷静に現在自分の置かれた状況を把握したり、機械にすぐ順応したり、魔術と比べたりするところからみても、随分落ち着いている。しかし、きっと本当はさぞかし心細いだろうと思った。ジェーンは記憶を失った寄る辺ない子供であるアレルに対して、出来る限りの暖かい心で接しようと思った。

 夕食はジェーンが腕に撚りをかけて栄養たっぷりのご馳走を作った。アレルは喜んでたくさんお代わりをした。ペットロボットのコロとは既に仲よしになったらしく、食卓の椅子の近くまで連れてきていた。
「おばさん、俺、全然記憶が戻って来ないんだ」
「焦ることはないわ。少しずつ思いだしていけばいいのよ。例えばあなたの持っていたそのレイピアを見て、何か思い出せない?」
「う~ん……直感的に『俺のだ!』って思っただけなんだ。本当に俺のものだっていう確証はないよ」
「そう。……ねえ、そのレイピア、ちょっと私に見せてくれる? 見るからに由緒正しい家系に伝わる剣って感じだから、名前とかあると思うのよね」
「こいつの名前!?」
 アレルは慌ててレイピアを抜いて、刃の部分や柄、鞘を調べ始めた。
「刃の部分に何か文字が彫ってあるよ」
「見せて頂戴……これは古代文字ね。『エクティオス』って彫ってあるわ」
「エクティオス……それがこいつの名前か!」
「そう。あなたの身元を調べる唯一の手掛かりね」
「この剣を知っている奴がいれば俺が何者だかわかるんだな?」
「町長さんに頼んで調査してあげるわよ。そのレイピア、ただの剣じゃないわ。おそらく神から人間に与えられたものだと思うの」
「何でそんなことまでわかるわけ?」
「それは秘密。……ねえ他には?私の家にあるものの中で何か思い出せそうなものはある?」
「う~ん、植物、かな」
「え?」
「庭にいろんな植木や花壇があったよね? ああいう緑を見ているととても懐かしく感じるんだ」
「そう……他には?」
「何にも。それだけさ。動植物以外にちょっとでも記憶を呼び起こせそうなものはないよ」
「それだけわかるだけでも充分ね。それじゃあ明日はお庭で遊ぶ?」
「うん!」
「ええと、天気予報を見ておかないとね、明日雨が降ったりしないかしら?」
「おばさん何言ってるんだよ。明日は雨なんか降らないよ?」
「あら? どうして君がわかるの?」
「どうしてって……そんなの直感ですぐわかるよ」
「……そう……」
 ジェーンが後で天気予報を見ると、明日は快晴だと出ていた。アレルという子供はどうも只者ではないようである。

 夕食の片づけが終ると、ジェーンはまだコロと遊んだりテレビのチャンネルを変えたりしているアレルに声をかけた。
「アレル君、お風呂に入りましょう」
「お風呂……また変わった形してるの?」
「う~ん、そうねえ。確かに他の国とは変わってるけど、でも入るととっても気持ちよくてさっぱりするわよ」
 風呂場もやはりアレルが知っているはずのものとは違った。使い方がよくわからない。あれこれ見ているうちにジェーンが蛇口をひねった。
「うわーあったかい雨!?」
 ジェーンはクスクスと笑いながら説明する。
「これはシャワーよ。ほら、ここから出ているの」
「……なんか……俺が知ってるお風呂とは違う気がする」
「それはそうよ。何せ文明レベルが違うもの」
「文明レベル?」
「さあ、洗ってあげるから大人しくしてなさい!」
 アレルは最初はジェーンのされるがままで、そのうち見様見真似で身体を洗った。浴槽はジェットバスで中からいろんな泡が出てくる。アレルはバスタブの中ではしゃいだ。



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