四、勇者との対峙


ここは魔王城。大学の授業の無い日、魔王は部屋で勉強していた。世界征服に必要な政治経済法律。授業で使っているテキストを何度も熟読し、ノートを見て何度も復習する。テキストの他に、魔王は大学の本屋で参考書をいくつか購入した。初心者にもわかりやすくお勧めの書籍は勇輝が教えてくれた。魔王は城に帰ると部屋に籠もり、机に向かって一生懸命勉強していた。特に経済が苦手である。経済学は数式も絡んでくる為、魔王は勇輝に教えてもらいながら授業についていくことに必死だった。こっそり小学校の算数から高校の数学までの教科書を入手し、短期間集中で復習をしていった。勇輝は魔王の正体を知らない。相手が本気で世界征服を企んでいる魔王であるなどとは知らずに、世界征服に加担している――ことになるかどうかはまだわからない。それはこれからの魔王次第である。

「魔王様、そろそろ世界征服の具体的な計画を立てた方がいいんじゃないですか? 地球はとても大きくて広いです。全ての地域を征服するには相当の年月がかかりますよ」
「む、そうじゃのう」魔王は地球儀をくるくると回した。
「魔王様が世界征服に必要な政治経済法律の知識を全て取得するにはどれくらいかかりますか?」
「心配するな。授業を聞きながらありとあらゆる参考書を読み漁っている。通常、大学生は卒業まで四年かかるが、このわしにかかれば政治経済法律を一年でマスターしてみせるわい!」
「さすが魔王様、頭脳明晰ですねえ」
「ぐわははは!」

実は大学で専門課程を選択すればまだまだ奥が深いことには気づいている。魔王は密かに冷や汗をかいた。しかしそれは優秀な人材を配下にすればよいと思った。自分は優秀な人材を扱うことができる程度に政治経済法律がわかればいいのだ。専門的なことは皆その道のプロがいる。詳しいことはプロに任せればよい。世界の支配者に必要なのは何より圧倒的なカリスマ、そして優秀な人材を適材適所する能力である。そう思い、魔王は自信を回復した。
それはそうと、世界は広い。全ての地域を征服するには一体どれだけの時間がかかるのか。今からでも少しずつ人間の国を征服していくべきではないか。魔王はまた地球儀をくるくると回した。

「魔王様、魔王様ならどの国から征服しますか?」
「う~む、そうじゃのう………」

魔王は考えた。しばらく地球儀を睨みつける。

「人口の少ない国からじゃ!」



魔王は広い大洋にある島国の一つをターゲットにした。人口が少ないので征服するにもそれほど手こずらないと思われる。いずれにしてもいきなり大国を支配するのは得策ではない。手始めに小さな島国を支配下に治めるのだ。
自然豊かな、小さな島国。そこへ魔王は配下の魔族達を率いて問答無用に乗り込んだ。島の国民達は成すすべもなく征服されてしまった。島国の国王は命乞いをする。

「ああ、どうか、命だけはお助けを。国民達もどうかお助け下さい」
「ぐわはははは! 安心しろ。民は生かさず殺さずというからな。おまえ達は殺さずに支配する。その代り今後わしの命令は何でも聞くのだぞ。ぐわははははは!」

島国の国王は勇者の助けを求めようとした。魔王は人間が持つどんな最新の兵器でもかすり傷ひとつつけられない。魔王を倒せるのは勇者だけである。国王の動きに魔王も気づいたが、わざと放っておいた。勇者がここへやってくるというのならちょうどいい。今のうちに倒してしまおう。

島国の国王の救助要請は勇者である勇輝の元へ届いた。勇輝はすぐに準備を整え、出発する。とうとう魔王が現れた。勇者として魔王と戦う時がきたのだ。一体どんな奴なのか。そんなことを考えながら勇輝は救助要請のあった島国に向かう。到着すると勇者の鎧に身を固めた。その姿は昔ながらのゲームに出てくる勇者の格好そのものだった。立派な鎧とマントを身に着け、立派な剣を腰に下げ、国王の元へ向かう。国王の頼みを聞いた後、勇輝は魔王達の元へ向かう。魔王達は国王の城の近くに巨大な砦を作っていた。

「魔王様! 国王が勇者を呼びました。そして勇者がやってきた模様です!」
「そうか! 今までご先祖様を倒した憎き勇者! そしてわしの世界征服の最大の障害! 今のうちに倒してくれる! そしてご先祖様の無念を晴らすのじゃ!」

魔王は憎き勇者を倒さんと砦の頂上で構えていた。そして勇輝は魔王を倒さんと砦に向かっていた。今ここに勇者と魔王が相まみえる瞬間が来ようとしていた。そして現れた勇者の姿を見た魔王は――

「あっ! 君は勇輝君!」
「えっ? その声は太郎さん?」

二人は驚いた。相手は大学で親しくしていた相手だったからである。現れた勇者はいつも魔王に親切にしてくれた勇輝。そして魔王から出た声はいつも大学で一緒にいた太郎という名のおっさん学生のものであった。人違いでないことは先程の魔王のセリフでわかる。

・・・・・・・・・・

先に沈黙を破ったのは勇輝の方だった。

「状況を把握する為に話し合いたいんだけど、ちょっといいかな」



勇輝は魔王から一通りの事情を聞いた。世界征服をするには政治ができなければダメだと気づき、勉強を始めたが独学では厳しい。それで大学に潜入したという。出席を取らない授業に出れば学生でなくても授業が受けられる。呆れながら勇輝は聞いていた。前から何か変だとは思っていたが、太郎――魔王は大学受験で入ってきた学生ではなかったのだ。

「しかし勇者が勇輝君だったとは……そうじゃ! それならそれで君を味方に引き込むまでだ! 勇輝君! わしに協力すれば世界の半分を君に――」
「いらないよ」
「なっ!? 何故じゃ?」
「学級委員や生徒会長でさえ面倒くさいのに世界なんて……」
「え?」

憎むべき勇者が大学で親しくしていた勇輝だと知り、魔王は勇輝を味方に引き込む作戦に出た。しかし勇輝はまるで相手にしない。世界征服なんか面倒くさいだけじゃないかと言われ、魔王は困惑する。魔王にとって世界の覇者になるのは夢である。男のロマンだとも思っている。だが勇輝には通じない。

「だいたい世界征服って、人生の全てをかけてまでやりたいことなの、それ?」
「えっ?」

改めて、そんなにまで世界征服をしたいのかと言われ、魔王は返事に詰まった。何か目的があって行動していても、何故なのかを改めて聞かれると上手く説明できないことがある。

「そういう勇輝君はどうなんだ? 君には何か生きがいがあるのかね?」
「うぐ……」

勇輝はやりたいことがみつからない若者の一人だった。今後どう生きていくべきかで思い悩んでいる。勇者も魔王も互いの問いかけに対し、答えに詰まってしまった。

・・・・・・・・・・



こうして、勇者と魔王の戦いは不発に終わったのだった。



「――で、何で俺達また一緒にいるわけ? 俺達敵同士だろ?」
「しかし君に勉強を教えてもらわなければ、わしは授業についていけんのじゃ」
「あんた単位関係ないじゃん!」

あれから後、勇輝が勇者だと知った魔王は何か思うところがあったのか、矛を交えることなく占拠した島国から一旦撤退し、魔王城に戻った。魔王が島国から撤退したことで対外的には勇者としての役割を果たした勇輝も自国に戻った。そしてまた元の日々に戻る。
大学に行けばいつものように太郎――魔王が何食わぬ顔で隣の席に座ってきたのだ。ツッコミを入れずにはいられない。相変わらず勉強を教えてくれという魔王。相手が宿敵の勇者だと知っても尚、その態度は変わらない。勇輝は呆れた。魔王との奇妙な関係を考えると変な気分である。


一方、魔王城でも配下の魔族達は動揺を隠せなかった。

「そんな……魔王様が大学でお世話になってる学生さんが勇者だったなんて……」
「親切な若者としてかなり気に入っていらっしゃったようだけど、魔王様は一体どうなさるおつもりなのだろう?」


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