五、魔王城



(太郎さん……前から変な人だとは思ってたけど、まさか魔王だったなんて……)

代々勇者の家系に生まれた勇輝。宿敵のはずの魔王は一体どんな奴かと思えば、いつも大学で世話を焼いていたおっさん学生だった。自分の想像とはまるで違う。太郎を見る限り、とてもじゃないが世界を恐怖に陥れるとは思えない。太郎はこれからどうするのだろう。勇者が勇輝だと知ってあっさり引いた。そして大学では今まで通り接してくる。勇輝としては太郎が魔王として何らかの悪事を働けば戦うが、それ以外は放っておくつもりであった。
ふと、太郎と趣味の話をしたことを思い出す。写経と盆栽が趣味だと言っていたが……勇輝は太郎が写経や盆栽をやる姿を想像してみた。太郎ではなく、魔王の姿をした場合を想像してみても変な気分である。そこで勇輝は太郎――魔王の住処について考えた。太郎は魔王なのだからどこかにある魔王城に住んでいるはずである。世界征服を企んでいる魔王の趣味が写経と盆栽。

(一体どんな魔王城なんだ……)

勇輝は太郎の住んでいる魔王城の場所を突き止めようと思った。そういえば太郎が勇輝の通っている大学を選んだ理由は家から近いからだと言っていた。大学の近くのどこかに魔王城があるのだろう。勇輝の通っている大学は東西南北四つの門があった。授業が終わると太郎はいつも北門から帰る。大学の北に魔王城があるのではないか。そう思った勇輝は自力で魔王城を探した。現代社会の道路や建物の中、特殊な結界が張ってある場所がある。その場所も一見すると、普通の建物のように見える。古いビルが建っていた。そこに特殊な結界を感じた勇輝は勇者の力で結界の中に侵入する。

結界の中には豪勢な城が建っていた。上は雲まで届きそうな高さがあり、城としての広さもかなり大規模なものだった。だが、それより勇輝は城のデザインを見ていた。一言で言うと和洋折衷である。ゲームに出てくるような西洋風の魔王城と和風の城の建築様式が混ざっている。門は洋風である。城を囲む塀は和風である。屋根も洋風と和風と混ざっている。
唖然として見上げていると、どこからか太郎の声が響いてきた。

「このわしの城へ近づくのは何者だ!」

すると、太郎が現れた。ここは大学ではないので当然魔王の姿である。

「なんだ勇輝君じゃないか。遊びに来たのかね?」
(この人俺が敵だって認識あるんだろうか……)

魔王は勇輝を味方に引き込み、自分の腹心にしようと思っている。だから勇輝に対してあまり敵意は持っていないのである。勇輝を客人として扱い、城内へ招く。中にはありとあらゆる種類の魔族がおり、魔王を見ると一斉に平伏した。配下の魔族達の忠誠は絶対的なようである。ここは魔王城。宿敵の本拠地。勇輝は油断することなく魔王についていった。
城の最上階が魔王の私室であり、そこへ招かれた。部屋を見渡した勇輝は、インテリアにこだわる者ならツッコミを入れざるを得ないなと思った。天蓋付きの巨大なベッドがあり、大型のテレビがある。机も洋風なのだが習字道具が置いてある。窓はステンドグラスの場所と障子が張っている場所とある。本棚には政治経済法律の参考書がたくさんあった。部屋自体は全体的に洋風かと思えば床の間があり、掛け軸があり、仏壇があった。掛け軸には達筆な字で『花鳥風月』と書いてあった。勇輝がしばらく眺めていると魔王が自慢げに紹介する。

「どうじゃ。この掛け軸の文字はわしが書いたんじゃぞ」

力強く書かれた達筆な字である。勇輝が素直に褒めると魔王は得意げに笑った。勇輝は次に仏壇に目をやった。仏壇には不動明王が飾られていた。

「え、ちょっと、普通仏壇に不動明王は飾らないよ」
「何を言うんじゃー! わしゃこの不動明王が気に入っとるんじゃー!」

魔王の私室は和洋折衷の変な部屋だった。写経が趣味だと言うし、不動明王も気に入っているようだが、果たして魔王は仏教の概念を理解しているのだろうか。
テラスは洋風だが、そこには盆栽が飾ってあった。魔王は今度は盆栽について延々と語った。
そこにドアをノックする音がし、配下の魔族が入ってきた。

「魔王様、お茶をお持ちしました」
「うむ、ご苦労」
「こちらが現代の勇者、勇輝君ですね。いつも魔王様がお世話になってます」

配下の魔族が丁寧にお辞儀をすると、勇輝はずっこけそうになった。

「いや、そうじゃないだろ! 俺達敵同士だろ!」
「しかしこの間の話では君はやりたいことが見つからない若者の一人のようじゃないか。ここは一つ、志を高くしてわしの世界征服に協力してみないかね?」

魔王は茶を飲みながら世界征服について大志を語った。そして勇輝は非常に優秀な学生であり、学友のよしみもあり、腹心にしたいと言う。
勇輝は一応警戒していたのだが、出されたお茶にもお菓子にも変なものは入っていなかった。思いの外フレンドリーな魔王と配下の魔族達。これで本当に世界征服なんてやるつもりなんだろうか。
魔王達は極めて友好的に勇輝の訪問を歓迎していた。またいつでも遊びに来なさいと言う。一通り接待を受けると勇輝は家に帰った。



魔王はしばらく大人しくしていた。いつも通り大学で政治経済法律の授業を受けている。不穏な動きがなければ勇輝も放っておくことにした。勇者として魔王と戦う時がくるのか、妙な気分である。魔王が特別に行動を起こさないのであれば勇輝も普通の大学生である。将来の進路に思い悩む日々に戻った。一般企業に就職するのか、何か別の道を探すのか。勉強もそれなりにでき、スポーツも得意な勇輝はこれといってやりたいことが見つからなかった。会社員の他にどんな道があるだろう。世の中には様々な職業があるが、どれもピンとこない。それに……

「やっぱり安定収入だよなあ」

生活に困ることなく、休日は趣味でもやって平穏無事な日々を送りたい。そうなると公務員か。勇輝は公務員について調べ始めた。一言で公務員といっても種類は多い。今は真面目な人が損をする社会である。勇輝はなるべく自分と似たタイプの人間が集まる職業につきたかった。そして公務員の種類の中に警察官があることに気づいた。正義感の強い人間でなければ初めから警察官になろうとは思わないだろう。安定収入で自分と似たタイプの人間が集まる場所。勇輝は警察官の道に進もうと思った。



太郎――魔王は勇輝がいつもより晴れやかな表情をしているのに気づいた。将来の進路が決まったのだという。

「俺、これから警察官を目指そうと思うんだ」
「何っ? 君はおまわりさんになるのか」

『おまわりさん』と聞いて勇輝はがくっと脱力した。

「おまわりさんって、やめてよ、その言い方」
「何故じゃ? 警察官とはおまわりさんのことじゃろう」
「いや、そうだけどさ……」

太郎は一体何が問題なのかと怪訝な表情をする。同じ職業でも『警察官』と『おまわりさん』では言葉のイメージが違う。
勇輝が警察官を目指すことについて、太郎――魔王は素直に応援してくれた。

「表向きは警察官、裏ではわしの世界征服の腹心。それもいいのう。勇輝君、がんばって出世するのじゃぞ」
「ああ、そういう風に思ったわけね……」



今のところ、表立った動きはしていない魔王。世界征服の為にこれから一体どのような行動を起こすつもりなのであろうか。



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