晩餐が終わったその夜、ファリスは頭を冷やそうと外へ出た。
我ながら馬鹿なことをしたものだ。あれではバッツも呆れて自分など相手にしようとは思わないだろう。
せっかくジェニカ達に頼んで思い切ってめかしこんだというのに。何故あのようなことをしてしまったのだろう。
とにかく、バッツを見ているだけで胸が高鳴る。どうしていいかわからない。
果たして自分は恋をしているのだろうか?

バッツに会おう。そしてゆっくり、落ち着いて、話をしてみよう。
ファリスがそう思っていた時だった。ちょうど城の召使い達の談話が風に乗って聞こえてきた。ファリスがいたのはたまたま侍女達のいる場所に近かったのである。

「バッツ様って素敵な方よね」
「本当に。世界を救った光の四戦士の1人ですってね」
「それだけではありませんわ。とってもいい男ですわ」
「貴族の方々とはまた違った魅力がおありですわね」
「本当に。あれだけの容姿を持っていると、旅先でも女性に言い寄られることもさぞかし多いんでしょうね」

侍女の1人のこの言葉に、ファリスはぴくっと反応した。

「世界を旅する放浪者。そしていい男。各地を遍歴しながら、旅先で束の間の恋をしていらっしゃるんでしょうね」
「あれだけ素敵な方だもの。一時でいいから抱かれたいものですわ」
「そう思う女はきっと多いでしょうね。ここにいる私達みたいに」
「ええ。でもサリサ殿下、レナ殿下の元でそのようなことできませんわ」
「ああ、でも本当に素敵な方。体つきも逞しくて。でも、あの方と結ばれる女は決していないでしょうね」

「一度旅に出たらいつ帰ってくるかわからない男。結婚なんてできませんわね」
「だから皆、一晩だけの愛を求めるんですのよ。世界各地を旅してまわる美男子。決して捕まえることのできない、決して1人の女に束縛されることのない男」
「そこがまたいいんですのよね」
「決して捕まえられないからこそ、欲しくもなりますわ」
「きっとあの方は、旅先のあちこちで恋をしては、去ってゆく。そんな方なんですのね。ああ、なんだか言いようのない魅力を感じますわ」

ファリス「…………………………」

ファリスは侍女達の話を聞いてひどく動揺した。それに、バッツが旅先で女を抱いていると考えるだけでむかむかとしてくる。
ファリスはその場を立ち去った。


しばらく城の中庭を歩いていると、竪琴の音色が聞こえてくる。その音の方に行くと、いつしか求婚してきた5人の貴族のうちの1人が歌を歌っていた。

「ああ、サリサ王女、あなたを想うだけでこの身が焦がれてしまいそうだ。この気持ちをどうしたらいいだろう。決して叶わぬ恋をしたこの苦しみ。悲嘆にくれて死んでしまいたいくらいだ」
「ギルバート様」
「…君は誰だい?」
「私の名はアンナ。ギルバート様の心の傷を癒して差し上げようと思いまして」
「ああ、美しい乙女よ、君がかい?」
「私では役不足でしょうか?」
「いいや、君は私にとって救いの天使だ。私の心の傷を癒してくれるというのなら」
「今夜は私の部屋にお越し下さいまし。あなた様の心を慰めて差し上げますわ。一晩だけでもあなた様のご寵愛をこの身に――」
「おお、アンナ!私の天使…!」

ファリス「何やってんだよ」

急に無粋な声がかかり、ギルバートとアンナは驚いてファリスの方を見る。

ギルバート「ああ!サリサ王女!私の愛しの姫!今宵はなんと麗しゅう――」
ファリス「気色悪いこと言うな!お前、今そこの女と――やろうとしただろ!」
ギルバート「おお、殿下。貴族に恋はつきものです。叶わぬ恋をしたらそれを慰めてくれる相手も――」
ファリス「うるさいっ!」

バキッ

ギルバート「あああ!」
アンナ「キャー!ギルバート様ー!!」
ファリス「ふっざけんな!失恋したら適当に言い寄られた相手と寝るのかよ!!」

口に出した後、ファリスは恥ずかしくなった。すぐにその場を立ち去る。
いらいらする。男ってのはそういうものなのか!?特に好きでもない女と――
考えるだけで忌々しい!!


そしてまたしばらく歩いて夜風に当たっていると――

「ゴードン様…」
ゴードン「聞いてくれ、ヒルダ、私は恋の神に見捨てられているんだ。こんなにお慕いしているサリサ殿下と結ばれることができないとは。ああっ!きっと殿下はアンドレイ公爵と結婚なさるのだ!この私ではなく!ああ、でも私にはアンドレイ公爵と比べて何のとりえもない。地位も家柄も容姿も。公爵の完璧な美貌には叶わない。こんな私は大人しく引き下がるしかないんだ。おお、ヒルダ!私を慰めておくれ」
ヒルダ「ま、ゴードン様、およしになって――あっ――ゴードン様ったら――ああ…」

ファリス「何やってんだお前は!!!!!」

ファリスはゴードンに思いっきり蹴りを入れた。

ゴードン「おおう!こ、これはサリサ殿下。今宵はなんとお美しゅう――」
ファリス「お前、今この女を口説いてただろ!」
ゴードン「ああ殿下、失恋の傷を癒すには新たな恋が必要なのです」
ファリス「自分のやってること正当化すんな!今、押し倒そうとしていなかったか?」
ゴードン「で、殿下!それは――貴族の間では珍しいことではなくてですね――それでそういうことはあまりはっきりと口に出さない方がよろしいかと」
ファリス「うるせえっ!」

バキッ!ガスッ!

ゴードン「げぼはっ!!!!!
ヒルダ「あ、わたくし、そろそろ部屋へ戻らないと」
ゴードン「僕を見捨てるのかい?ひどいじゃないかヒルダー!」


むかつく。
むかつくむかつくむかつく!!!
ファリスは相当いらついていた。自分のことが好きだと言っていながら他の女といちゃつく婿候補達――
男っていうのはそういうものなのか!?だとしたら幻滅だ。
ファリスがそんなことを考えているとまたどこかから声が――

「バッツ様…お願いでございます。たった一晩限りで構いません。ですから――」

バッツは侍女の1人に言い寄られていた。そして背後からただならぬ殺気を感じ、びくっとして振り向いた。

バッツ「ファリス!」
ファリス「バッツ…てめえもあいつらと同じなのか…?その女と――」
侍女「サ、サリサ様!――し、失礼いたします!!」

侍女はそそくさと立ち去って行った。

ファリス「バッツ!!」

叫ぶなりファリスはバッツに殴りかかった。バッツは慌ててよける。

バッツ「ファリス、落ち着けよ」
ファリス「邪魔して悪かったな。俺が来なけりゃどうせあの女と寝てたんだろう!」
バッツ「いや…断るつもりだった」
ファリス「嘘つけ!男なんてみんなそういうもんさ!女に言い寄られたらあっさり Yes なんだろ!今までだって旅した先々でいろんな女を抱いてたんだろうが!!」
バッツ「何だって!?そんなことはしていないぞ!」
ファリス「うるせえっ!侍女達の話はすっかり聞いたんだからな!旅人なんて行く先々でその場限りの恋をして回るって。それが普通なんだろ?男ってのはそういうもんなんだろ!わざわざ据え膳食わない奴はいねえさ!」

そう言ってまたファリスは怒りの拳をバッツに向ける。バッツは非常に驚いたようだった。

バッツ「何だって?誰がそんなこと決めたんだ?」
ファリス「侍女達が皆そう言っていたよ!ついでに俺が好きだとか言っときながら他の女といちゃついてた奴2名も目撃したしな!旅人なら女のことも後くされなくてさぞかし楽だろうな!」
バッツ「…ちょっと待て。…旅人ってそんな風に見られてるのか?」
ファリス「お前くらいのみてくれなら当然だってよ」
バッツ「なっ…!」

ファリス「不潔!!!!!

バッツ「ふけ――ちょ、ちょっと待ったちょっと待った!俺はそんなことしてないぞ!いつもみんな断ってる!」
ファリス「何だと?本当か?」

バッツの真面目な抗議にファリスも拳を引っ込めた。

バッツ「本当だよ。神に誓ってもいい。俺は好きでもない相手とそんなことをしたりはしないぞ」
ファリス「本当に――そうなのか?誘惑に負けそうになったりはしないのか?」
バッツ「いや、別に。おまえこそ海賊のお頭だったんだから、言い寄られた経験くらいあるんじゃないのか?ほら、子分達とか」
ファリス「…そんな奴らは全員ぶっとばしてやったよ!!」
バッツ「そうか…お前らしいな」
ファリス「とにかく――バッツ、お前はそんな――軽い男じゃないんだな?そうなんだな?」
バッツ「ああそうだよ。…ところで…なあ、ファリス。おまえに話があるんだけど」

そう言われた瞬間、ファリスは急に取り乱し始めた。

ファリス「な、何だよ」
バッツ「落ちつけよ。お前らしくもない。なあ、こっちに来いよ」

バッツはファリスの手を引くと、城の中でも特に見晴らしの良いテラスまで連れていった。

バッツ「俺はさっきから夜景が綺麗に見える場所を探していたんだ。それでその後おまえを呼ぼうと思って…ただ、聞いた女の人がまずかったな…あんなこと言われるなんて思いもしなかったから…」

バッツは頭をかいた。ファリスはもう怒ってはいなかった。バッツに手を引かれただけで心臓の鼓動が高くなる。
バッツの選んだ場所はなかなか良かった。城のそこここで明りが灯され、炎がちらちらと揺れる。見下ろせば中庭には噴水があり、涼しげな水の音を湛えている。空を見上げれば満天の星空である。気持ちいい夜風にひたりながらファリスは先程あったことも忘れていい気分になった。

ファリス「…いい場所だな」
バッツ「そうだろう?……………なあ、ファリス。そのドレス、似合ってるよ。とても綺麗だ」
ファリス「……!」

ファリスは真っ赤になった。バッツは優しい口調で静かに語りかけてくる。

バッツ「ファリス」
ファリス「……………」
バッツ「俺は持って回った遠回しな言葉は使わない。この際だからはっきり言おう。ファリス、お前が、好きだ」
ファリス「…!」

バッツはゆっくりと、だがしっかりと、ファリスを抱きしめた。

バッツ「俺は――お前が他の男と結婚するなんて許せない。こうして女の恰好をした――ドレスを着たおまえを見ていると、こんなに綺麗なおまえが他の男と結婚するなんて――そんなこと考えただけで気が狂いそうだ。それくらいならこのまま攫っていく!!」
ファリス「バ、バッツ!」
バッツ「はっきりと気付いたんだ。自分の気持ちに。おまえが結婚するかもしれないと聞いて、それでも全て縁談を断ったおまえが綺麗なドレスを着て化粧までしてめかし込んで俺の前に現れて俺は――っ!ファリス、俺は、おまえを――愛している」
ファリス「愛――!」
バッツ「お前の為ならなんでもする。これからも一生、ずっと一緒にいたい」
ファリス「バッツ…」

バッツは逞しい腕でファリスをしっかりと抱きしめて離さない。バッツの真剣な告白にファリスは喘いだ。

バッツ「お前はどうなんだ?ファリス」
ファリス「お、俺は――」
バッツ「ファリス、城を出て俺と一緒に来い。王女の身分を捨てて俺についてきてくれ」
ファリス「バッツ――」
バッツ「ファリス――答えてくれ」


ファリス「お…俺も…おまえのことが…好きだよ…」
バッツ「ファリス――」
ファリス「結婚話なんか出ていろんな男に言い寄られてわかったよ。俺、おまえ以外の男は嫌なんだ。理屈じゃない。他の奴らなんて見た瞬間却下だ。ひでえと思うだろ?でも本当に直感で嫌だと思ったんだ。顔だの地位だの家柄だの、そんなものはどうだっていい。俺は、バッツ、おまえが好きなんだ。おまえじゃなきゃ嫌なんだよ」
バッツ「ファリス――」
ファリス「レナは好きでもない他国の王子と結婚するんだ。国の為に!毎日政務に追われて日々国の為に尽くす毎日で、過労で倒れながらもタイクーンの為に必死で――女としての幸せも捨てて――!」
バッツ「……………」
ファリス「それに引き換え俺はタイクーンの貴族達の中から好きな奴を選べばいいって言われた。普段から施政なんて難しくてよくわからねえからレナと大臣達に任せっきりで、ほとんど何もしてない、好き放題やって――俺、最低だ」
バッツ「そんなことはない」
ファリス「いや、本当に最低な奴なんだよ俺。王女としては完全に失格だ!でもそんな俺にレナは自由に生きていいって――」

ファリスはバッツに抱かれたまま泣きじゃくりだした。バッツは優しくファリスの頭を撫でた。


ファリス「本っ当に最低だ、俺。こんなに泣きじゃくって、情けねえ」
バッツ「もういい、わかったよ、ファリス。これからは俺と一緒に生きていこうな。そしてたまにはレナに会いにここにも来よう。そうしよう、な?」

バッツはファリスが落ち着くまで優しくなだめていた。





ファリスが泣きやみ落ち着くと、バッツはファリスの顔を引き寄せた。

バッツ「ファリス――愛している」

そう言うと、バッツはそっとファリスに口づけをした。





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