ファリスが城に戻るとお付きの女官長ジェニカが待ち受けていた。ジェニカはファリスが幼い頃にお付きだった侍女である。ファリスがサリサ王女として城に戻るにあたって、再びファリスのお付きの侍女と任命されたのであった。

ジェニカ「お帰りなさいませ。サリサ様。また城を抜け出していらしたのですね」
ファリス「あ、ああ。悪かったよ。ジェニカ」
ジェニカ「その言葉遣いも徐々に改めていただきたいですわね。何と言っても王女様なのですから」

ファリスの素行を窘めると、ジェニカはいつものようにファリス――サリサの帰還を涙ぐみながら喜ぶのだった。

ジェニカ「ああっ!二度とお目にかかれないと思っていたサリサ様が奇跡的に見つかったと思ったらまさか海賊に育てられていたなんて――!!生きていらしたのはそれはもう嬉しくてたまらないのですけど、海賊のお行儀の悪いところが完全に身についてしまっていらっしゃいますわ。いえ、海賊とはいっても気のいい人達ばかりに囲まれて、サリサ様の気立ての良さは変わりませんけどね。ああ、サリサ様!このわたくしめがあなた様を立派な淑女にしてさしあげますわ!せっかくそんなにお美しいのですから。そして、お美しいサリサ様にふさわしい立派な殿方をお迎えしなければなりませんわね。さあ、サリサ様、王女のドレスにお召しかえ下さいませ」
ファリス「立派な殿方って……何の話だ?」
ジェニカ「またそんな乱暴な口調で…サリサ様ったら。ご結婚なさるまでにどうかお直し下さいませ」
ファリス「け、結婚!?

ファリスは飛び上がった。

ジェニカ「そうです。ご結婚です。現在、サリサ様のご結婚のお話が持ち上がっているのですよ。でもサリサ様の場合、他国の王子などではなく、国内で婿を探した方が良いというのが皆の意見ですわ」
ファリス「他国の王子!?国内で婿って……冗談じゃねえよ!」
ジェニカ「サリサ様、王族は皆、誰かと結婚して身を固めなければなりませんわ。サリサ様はとてもお美しいから、さぞかし候補者が殺到するでしょうね」
ファリス「人のことを勝手に決めるなよ!レナは?」
ジェニカ「もうすぐ施政の時間が終わりますわ」
ファリス「レナと話をさせろ!!」
ジェニカ「その前にお召しかえです!」
ファリス「この格好のままでいい!!」

ファリスは駈け出した。


王の間ではレナが大臣達を相手に政務を行っていた。手荒くドアを開けたファリスの方を、驚いて振り向く。

レナ「姉さん……?」
大臣「サリサ様!またそんな恰好で!」
ファリス「レナ、話がある」
レナ「……ちょうど良かったわ。私も姉さんに話があるの」

レナは憎らしいほど冷静だ。ファリスはレナを連れて私室に入っていった。


ファリス「レナ、どういうことだ……?俺に結婚しろなんて……」
レナ「……姉さん、いつかは誰かと結婚しなければならないのよ。私だって…ウォルスやカルナックの王子と結婚するかもしれない」
ファリス「何だって?」
レナ「国交を回復する為に必要なのよ。でも姉さんに政略結婚なんてさせられない。だから私……」


その後、ファリスは王女とは実際にはどのようなものかをレナから長々と聞くことになったのだった。


ファリス「……レナ、お前の話はわかったけど……そんなのふざけてる!好きでもない男と結婚するなんて間違ってるぜ!」
レナ「国民の為だもの。仕方ないのよ。自分の民の幸せを願って自らを犠牲にする……王侯貴族では当たり前に行われてきたことだわ。そして一人でも多く子供を産まないと……後継ぎを後世に残すのも立派な王族の役割だわ。……姉さん、王女ってそんなに幸せなことじゃないのよ。たくさん後継ぎがいれば話は別だけれど……王女っていってもタイクーンには私と姉さんしかいない。わがままは許されないのよ」
ファリス「……なんてことだ……」

ファリスはしばらく黙ってしまった。

ファリス「お前は好きでもない他国の王子と結婚するんだな?じゃあ俺は……」
レナ「今度、舞踏会を開くわ。タイクーンの有力な貴族達をたくさん招いて、ね。姉さんは綺麗だから多くの男性から結婚を申し込まれると思うわ。その中で1番姉さんと気が合いそうな人を選べばいいの。姉さんが相手を選べばいいのよ」
ファリス「……それはもう決定してるのか……?」
レナ「残念だけど……ごめんね、姉さん……」


ファリスは黙ったまま部屋を出ていった。中にはレナだけが取り残される。


レナ「本当に、ごめんね、姉さん……私……」

レナは罪悪感でいっぱいになりながらも、舞踏会の計画を進めるのであった。





それからしばらく後、タイクーンで大規模な舞踏会が開かれた。今回はサリサ王女の婿を選ぶという大事だから大勢の貴族の息子達がこぞって参加した。皆、この時の為に特別にめかしこんだサリサ姫の美しさに目を奪われた。

「ねえ、あなた、ご覧になりました?サリサ殿下のあのお美しさといったら、……ああ、もう、言葉では言い尽くせない程ですわ。豊かな紫の髪、澄んだ瞳、筋の通った鼻、薔薇の様な唇、そしてきめ細かな肌。ああ、それに体つきも女らしくて、何一つ非の打ちどころが無くて、まるで絶世の美女ですわ」
「ええ、本当に。あれだけの美貌に恵まれればどんな男でも虜になってしまでしょうね。ほら、ご覧になって。男達ったら皆サリサ殿下に見とれてしまっていますわ。レナ殿下もいらっしゃるというのに。もっとも女性としての魅力は完全にお姉様の方が上回っていらっしゃいますからね。でもこの舞踏会の主役はサリサ殿下ですものね。あの方のお婿には一体誰が選ばれるのでしょう?」
「あれほどお美しいサリサ殿下と結ばれる男性はさぞかし幸せでしょうね」
「本当ですわ。何せ絶世の美女を妻にするのですから」

王宮の中では貴族の女達がそこここでさんざめき、宮廷の楽師達が優雅な旋律のメロディーを奏でている。そんな中、ファリスの気分は最悪だった。
自分に求婚を申し込む男達の群れ。その数だけでも気が滅入ってしまいそうだ。だが、それだけではない。結婚相手として考えるには肝心かなめの部分が受け付けないのだった。ファリスは宮廷の男達を見た瞬間、思いっきり後ずさってしまった。彼らは本当に肝心なところが欠けている。


生理的に受け付けないのだ。


この事実をファリスが自覚すると、舞踏会が地獄のように感じられてきた。結婚以前に男として完全に受け付けないのだ。海賊という男だらけの環境で育ったファリスだったが、恋愛となるとまた話は別である。宮廷の男達は見るからに恋愛対象にならない。

「殿下、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
「殿下、是非わたくしめと」
「いや、私だ」
「私だ」

ファリス「よ、寄るな。おまえら…」

その時、ある貴族の男が一気に進み出て、ファリスの手の甲に口づけした。

「ああ!殿下!どうか私の想いを受け止めて下さい!」


バキッ!


その瞬間、ファリスは相手の男を殴りつけていた。

ファリス「気やすくさわるんじゃねえーっ!!!!!





レナ「――もう、姉さんったら」
ファリス「俺には結婚なんて無理だよ」
レナ「綺麗に着飾った状態でそんな乱暴な言葉遣いしないで。せっかくのお化粧が台無しよ。……お願い、姉さん。まだタイクーンの中でも特に有力な貴族で5名、私と大臣達で選んだ婿候補がいるわ。皆、容姿も整っていて、教養もあって、ちゃんと姉さんの境遇にも理解を示す、洗練された人達ばかりよ。お願い、会うだけ会ってみて」
ファリス「……………」
レナ「お願いよ、姉さん……」
ファリス「わかったよ。おまえがそんなに言うなら――」





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