レナの熱が下がったと聞いて、ファリスはレナの寝室へ駆け込んだ。中には、哀愁漂う、悲しげな、寂しげな表情の妹がいた。

ファリス「レナ!もう大丈夫なのか!?」
レナ「…姉さん、久しぶりね。……もう……大丈夫……」

ファリスは妹の雰囲気に以前の明るさが無いことを見てとった。病み上がりとはいえ、原因はそれだけではないように思う。

ファリス「…心配したぞ…」

そう言うと、ファリスはレナのベッドの傍の椅子に腰かけた。レナは黙ったままである。そのまま見ていると何だか儚げにも見えてくる。ファリスはだんだん落ち着かなくなった。

ファリス「…医者の話では過労だってな…」
レナ「…ええ…」
ファリス「レナ、ごめんよ。俺、お前の政務もろくに手伝わずに城を抜け出してばかりで…これからは俺も一緒にやるよ。施政とか、まだわからないこといっぱいあるけどさ。ここは俺達の国なんだからな」
レナ「姉さん…」

ファリス「…だ、だ か ら 俺……………王家の人間としての義務も……………果 た そ う と……………思……………う……………その――結――婚――とやらも――お、俺――」
レナ「本当は嫌なのね。姉さん」
ファリス「違う!断じてお前を困らせようとしてるわけじゃないんだ!!これからは城を抜け出すのもやめる!政務も手伝う!」
レナ「だけど結婚は嫌なんでしょう?」

レナは冷たい目で、静かに姉を見つめた。ファリスは一瞬言葉に詰まる。

ファリス「い、嫌だよ!でもお前だって好きでもない相手と結婚するんだ!俺だけわがまま言えるわけないだろ!いいよ!あのアンドレイとかいう奴と……………結婚すればいいんだろ!」
レナ「姉さん、すごいしかめっ面よ。余程アンドレイ公爵が嫌いなのね」
ファリス「で、でもしょうがねえじゃねえか。他に特に相手がいないんだから」
レナ「姉さん、聞いて頂戴」

レナは身体を起こし、居ずまいを正した。

レナ「姉さん、政務は私と大臣達で全部やるわ。好きでもない人と結婚もしなくていい。姉さんの好きにしたらいいわ。そして私の分も幸せになって頂戴」
ファリス「!? な、何を言ってるんだ、レナ。そんなことできるわけないだろう」
レナ「このまま王女として生きていく方が余程姉さんには無理なことだわ。毎日の政務、王侯貴族との社交。個人の感情を捨てて国の為に身を捧げることなんて姉さんにはできっこないわ。この1週間ずっと寝込んでいて、私、考えたの。姉さんにはもっと自由な生き方をしてもらいたいって」
ファリス「…つまり、王女をやめろってことか…?」

レナ「過去の歴史をたどるとね、やっぱり姉さんみたいに自由に憧れて国を出ていってしまった王族はいるのよ。世界が平和になって、今までずっと一緒に暮らしてきたけど、もうわかったわ。姉さんは国のしきたり通りに生きるなんて窮屈な人生は送れない人なのよ」
ファリス「……」
レナ「だから姉さんの好きにしていいわ。王女の生活なんかよりもっとずっと自由に生きていいわ。もちろん城にはいつでも戻ってきていいわよ。いつでも歓迎するから」
ファリス「何を…言い出すんだよ…お前を放っといて国を出るなんてできるわけないだろ?」

レナ「でもどの男性とも結婚する気はないのよね?」
ファリス「うっ…!」

レナの口調は冷たい。冷徹な言葉が刃のようにファリスの心に突き刺さった。

ファリス「レナ!俺が悪かったよ!俺のわがままだった!だから――」
レナ「それでいいのよ、姉さん」
ファリス「え?」
レナ「バッツが好きなら彼と結婚して幸せになって」
ファリス「なっ…なんだって!!!!!
レナ「自分より強い男じゃなきゃ駄目なんでしょう?アンドレイ公爵にそう言ったこと、もうとっくに噂の種になってるわよ」
ファリス「そ、それは――」

レナ「姉さんより強い男って言ったらバッツしかいないじゃない」
ファリス「お、俺は別にあいつのことなんか――」

ファリスは急に取り乱した。妹の為に、国の為に王女として生き、望まぬ結婚もしようと決心しかかったところへこのレナの言葉である。再び頭の中がバッツのことでいっぱいになり、ぐるぐると回り出す。何が何だかわからなくなってくる。


ふと、気がつくと、レナはファリスの手を握っていた。そして寂しげに、悲しげにしかしどこか悟ったような表情で笑いかけた。

レナ「姉さん、私の分も幸せになって。」





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