ある夜、ティナは悪夢にうなされていた。
ガストラ帝国により操りの輪をつけられていた頃の、自らの目に映る光景。
それは、辺り一面真っ赤な炎の海。その中で苦しみながら死んでいく人――人――人――
思考を封じられ、操られていても意識はある。命令されるがままに剣を振るう。ティナの剣技は非常に優れ、さらに魔法を使うことができ、戦士としての素質は帝国の誰にも負けなかった。帝国の秘密兵器。

己の意志ではいくら拒んでも、命令されれば身体が自分の意志とは裏腹に動く。ある時は他国の兵士達を。ある時は罪もない一般の人々を。
ティナを主に操っていたケフカは命令するのに容赦はなかった。相手が子供であろうと、赤ん坊を抱いた母親であろうとも、全て殺し、破壊しつくせと命令する。ティナの身体はその命令通りに動き、その間起きていることは彼女の瞳に焼き付き、今でも忘れられない。ティナの魂は悲鳴を上げていた。だがどんなに悲鳴を上げても命令は止まない。さらに残酷な命令が発せられる。数えきれない程の人間を剣で斬り伏せ、魔法で攻撃し、ティナの手は、身体は血にまみれる。

人の血、赤――赤――赤――。真っ赤な血。辺り一面、血と炎のはぜる匂いのみ包まれる。
ケフカから出される命令で最も苦痛だったのは魔導アーマーに乗った時だ。ティナには他の人間には使えないものを扱うことができた。バイオブラスターで多くの人間を一気に殺め、コンフューザーで敵を同志討ちさせる。デジョネーターで敵を異次元に送りこんだり、強力な敵には魔導ミサイルで対抗した。ティナは帝国の秘密兵器。その実力は魔導アーマーに乗った兵士50人をたった3分で皆殺しにしたほどである。操りの輪がなければ、帝国兵と言えども恐怖すべき存在であった。紅蓮の炎と赤黒い血に染まった死の女神。

炎、血、数えきれない程の無残な人間の遺体――遺体――遺体――いつまで経っても終わらない殺戮の命令――




ティナ「嫌ああああーーーーっ!!!!!

ロック「ティナ!どうした!!」

モブリズでロックがあてがわれた部屋は、ティナの部屋の隣であった。ティナの絶叫を聞いて一気に駆けつける。ティナは冷や汗びっしょりで涙を流し、肩で息をしていた。

ティナ「はあ…はあ…」
ロック「…また、例の夢か…?今でもまだ見る時があるのか?」
ティナ「…ええ…今はもう滅多に見なくなったけれど…」
ロック「待ってろ、今、水を持ってきてやる」

ティナとロックが初めて出会った頃、ティナは操りの輪を外されたばかりで、帝国の秘密兵器として操られていた頃の悪夢に毎晩うなされていた。ナルシェからフィガロへ向かう途中、ロックは怯える少女を必死で宥めた。エドガーが加わった後も、マッシュが加わった後も。苦しむティナを見て男達は内心胸を痛めていた。まだ年端もいかぬ少女に帝国はなんと残酷なことをしたのかと。
ベクタ潜入後多くの魔石を持ってティナの元へ行ったロック達は、彼女の生い立ちを知る。その後、ティナの状態は少しずつ安定してきた。それでもまだ、時々悪夢にうなされていた。戦争の惨状を思えば彼女の心の傷の深さは無理もないことであった。

世界崩壊後、ティナはモブリズの子供達と暮らし始め、『愛情』に芽生えた。そして、暫しの時を経て戦う力を取り戻し、皆と共に世界を救う旅を始めた。その頃にはもうだいぶ落ち着いていたが、やはり、たまに悪夢にうなされるのは無くならなかった。
決して消えない、心の傷。

ロック「ティナ、水を持ってきたぞ。大丈夫か?」
ティナ「ありがとう、ロック」

ティナが水を飲み干すと、ロックはタオルでティナの汗を拭いてやった。

ティナ「ごめんなさい」
ロック「何で謝るんだ?」
ティナ「私、あなたの支えになってあげなきゃならないのに、逆にロックに世話になっちゃって」
ロック「何言ってるんだ!俺の方こそティナに世話になりっぱなしで、ティナに甘えちまってる」
ティナ「ロックはそれでいいのよ。だって…何があったのかは知らないけれど、セリスとのことで苦しんでいるのでしょう?」
ロック「そんなこと!ティナが抱えている苦しみに比べれば…!!」

ああ、何故今まで気にかけなかったのだろう。ティナの心の傷は、レイチェルよりも、セリスよりも、遥かに深い。自分の意志とは裏腹に人殺しを命じられてきた。生まれてからまもなく帝国に攫われ、帝国の秘密兵器として育てられてきた彼女。操りの輪を外された後も自分自身についてずっと悩み続けていた。彼女の事情を詳しく知らない者、深く考えようとしない者は「根暗」だと言う。しかしそれはあまりにも心ない発言である。
しかし、ティナは強い精神力を持っていた。悪夢にうなされ続け、自分自身について悩み続けながらも、徐々に人間としての感情に目覚めていき、儚げな印象は変わらないものの、強く、そして優しい心の持ち主だった。

悪夢にうなされるティナの様子から想像できる範囲でも、帝国にいた頃は、ケフカにより相当残虐な光景を見続けてきたようであった。それも他人が行うのではなく、己が行った行為である。それを考えれば、ティナが優しい心を持ち、子供達の面倒をみる聖母のような存在であることは信じがたいことである。それも罪をあがなうというのではなく、彼女の心から自然と湧き出た感情である。
ロックは改めてティナを見た。
この少女はなんと強いのだろう。なんと優しいのだろう。この世の誰よりも過酷な環境で育ってきたというのに。

ロックは思わずティナを強く抱きしめた。

ロック「ティナ!…ごめん。君がそんなに苦しんでいたというのに俺はレイチェルを生き返らす秘宝を探したりセリスと結婚したり…俺…俺は一体何をやっていたんだ…!!」
ティナ「何言ってるの?ロックは愛する人の為に尽くしたのでしょう?」
ロック「ティナ、俺はダメな男だ。レイチェルを守ってやれずに、セリスも幸せにしてやれずに。だけど…今は…俺は、ティナを守ってやりたい!…ただ、側にいるだけでいいから…俺は女を幸せにできない男だ…だから…せめて、君の側にいさせてくれ。守るから。今度こそ、今度こそ俺はティナを守る!!」
ティナ「ロック…」

ティナはロックに抱かれたまま、涙を流していた。男性に強く抱きしめられたのは初めてである。ロックの厚い胸板に強く押し付けられる。そして、その胸から高鳴る鼓動が聞こえる。ティナの頬が赤く染まった。この感情は一体何だろう?ドキドキする。体中が熱くなる。

ロック「ティナ…好きだ…」

ロックはティナのなよやかな身体を強く抱きしめて、耳元で囁く。ティナは耳朶まで真っ赤になった。


真夜中の、2人だけの時間。2人だけの空間。永遠とも思える長い間、2人は抱き合ったままだった。





次へ
前へ

二次創作TOPへ