――そして夜。

エドガーにとって運命の時(?)がやってきた。ティナへのプロポーズである。この機を逃さない手はない。

約束通り、ティナは夜エドガーの部屋にやってきた。その純粋無垢な瞳は夜に男の部屋に入る危険など何も知らない。ただひたすら真っ直ぐにエドガーを見つめてくる。エドガーはあらかじめ用意しておいた極上のワインを開け、グラスに注いだ。

「ティナ、まずは一杯どうだい?」
「まあ、ありがとう」

ティナは酒の味はよくわからなかった。なかなか美味しいと感じられないのである。アルコール中毒という話も聞く。酒の味などわからない方がいいのかもしれない。しかし酒はセッツァーも好む。ティナも既に成人している。大人として、そしてセッツァーに釣り合う女として、酒の味を理解したいと密かに思った。
ティナは心の中ではセッツァーのことを考えている。そんなこととは知らないエドガーはティナを窓際へ誘う。飛空艇の窓からは美しい夜景が見える。上を見上げればこれまた美しい夜空だ。数多の星が光輝いている。プロポーズには絶好のシチュエーションだとエドガーは満足した。

「綺麗な夜空だね。でもティナ、君の方が何倍も綺麗だ」
「…………………………」

ティナは可愛らしく小首を傾げただけである。以前からティナは自分の美貌を褒められても無反応であった。恋愛など人間的な感情に乏しいので、女性としての美しさを褒められて喜ぶということがわからないようであった。女好きのエドガーとしてはがっくりくる反応である。普通なら美貌を褒め讃えられればどんな女性でも喜ぶはずである。しかしティナは今一つ意味を理解していないようだった。女性を口説くテクニックの一つが通用しない。

「ねえ、エドガー。あなたににとって恋ってどういうもの?」

ストレートに聞いてくるティナ。こう真っ直ぐに聞かれては大抵の男はたじろいでしまうだろう。

「そうだね……私にとって恋は………女性との恋の語らいは私にとって『癒し』かな?」
「癒し?」
「そう。ティナ、私はフィガロ国王だ。国王というものはとても孤独なものなのだよ」

それはエドガーにとって本音だった。ティナは真摯な目で話を聞いていた。

「国王。国のトップ。本当の意味で心を開ける相手は誰一人いない。それが国王というものだ。自分以外のものは皆、臣下。友人ではない。家来なのだよ。上下関係にあるのだよ。誰も私と対等の人物はいない。……そうだな。それを思えばロックは私にとって個人的な友人に当たる、数少ない人間だ。そういった人間が一人でもいるだけ私は恵まれているのだと思う」
「国王……王様って孤独な存在なのね……」
「ああ。そんな私にとって女性との恋の語らいは癒しだった。だからかな?女性を見ると口説かずにはいられない。年齢問わず、女性を口説かないなんて失礼だとずっと思っていた。だが本当は、私は女性と恋を楽しむことで癒しが欲しかったのかもしれないな……」
「そうだったの……」

本当はこんな話をするつもりじゃなかった。全力で口説くつもりでいたのに、いつしかエドガーは国王としての責務に耐えながら苦労した日々をティナに語っていた。誰にも打ち明けられない孤独。いつもたった一人で抱え込んでいた。何故なら自分は国王なのだから。どんな腹心でも家来には変わりがない。辛い時、苦しい時、本当に弱音を吐いたりできる相手ではなかった。ティナは黙って聞いていた。国王というのは思った以上にずっと大変なのだと、エドガーの話を聞いてつくづく思った。

「ねえ、エドガー、そんなあなたは結婚についてどんな考え方を持っているの?あなたもいずれはお妃さまを迎えるのよね?」

エドガーははっとした。今こそプロポーズする絶好のチャンスだ!エドガーは真面目な顔になるとティナの両手を握りしめた。

「エドガー?」
「ティナ、今この場ではっきり言おう。私の妃になってくれないか?」
「えっ?」
「今言った通り、国王とは孤独なものだ。そして今までの私は女性と恋を語らうことで癒しを求めていた。だが、本当の癒しは妃に求めるべきだ。ティナ、私の癒しになって欲しい。孤独な国王である私を妃として癒して欲しいのだ。そして私はティナ、君を全力で愛する。誰よりも大切にするつもりだ」

ティナは突然の告白に戸惑っていた。エドガーは未だ嘗てないほど真摯な目でティナを真っ直ぐに見つめた。


ティナをフィガロ王妃に


それはティナと初めて会って以来、エドガーの心の中でずっと考えていたことだった。共に仲間として旅をする時間が多くなるにつれ、ティナへの想いは募る一方であった。他の女性を口説きながらも、エドガーの心の中はティナのことでいっぱいだった。

しかし――

ティナは申し訳なさそうにエドガーの手を離した。

「エドガー、ごめんなさい。私、セッツァーが……」
「え?セッツァーだって?」
「ええ。私、セッツァーが好きなの……」

エドガーは自身の失恋を認めたくなかった。

「ティナ、いきなり妃になってくれと言われたから戸惑っているのはわかる。でも一度よく考えてみて欲しいんだ。ティナ、私はフィガロ国王だ。君には王妃として最高の待遇を与えることができる。平和で安全で、何不自由ない暮らしができる。私は君の為なら何でもするつもりだ。だがセッツァーはどうかな?あいつは堅気の人間じゃない」
「堅気……」
「そう。ギャンブラーなのだよ。危険に満ちた世界の住人だ。犯罪や暴力にまみれた世界の人間だ」

ティナは世界崩壊前にセッツァーと共に夜の街へ繰り出した時を思い出した。

「ティナ、君はとても優しい女性だ。あんな乱暴な世界を好む男には相応しくない。私ならティナを守ってやれる」
「……………」
「だからティナ、私はあきらめない。いや、君ほどの素晴らしい女性をそう簡単にあきらめることなんてできない!未来の伴侶として、私も候補に入れてもらいたい!ティナ、結婚は一生の問題だ。本当に自分が幸せになれる男と結婚すべきだ。そして私はティナを幸せにするに相応しい男だと自負している!」
「……!!」

ティナの心が揺れ動く。

「ねえ、エドガー、結婚ってなあに?」
「真に愛し合う男女が婚姻によって結ばれること。そして夫婦になること」
「夫婦ってなあに?」
「そうだな………理想はお互い精神的に支え合う、そういう意味で互いに愛し合っている者同士だよ。私が君に癒しを求めているように、君にとっても私は癒しでありたい。頼れる男でありたい。互いに相手の真の幸せを望む。それが理想の夫婦であり、本当に結婚すべき相手だ」

ティナは真剣な表情でしばらく黙っていた。

「エドガー、ありがとう。私、これからよく考えてみる」

ティナは部屋を出て行った。

その後、エドガーはがくっと膝をついた。柄にもないことを言ってしまったような気がする。女性を見ると口説かずにはいられない。自分はこれで結構軽い男なんじゃないかと思っていたのだ。だが、ティナから『夫婦ってなあに?』と聞かれて、図らずも極めて真面目な答えを言ってしまった。自分でもあそこまで立派なことが言える人間だとは思っていなかった。



一方、セッツァーはティナがエドガーの部屋から出てくるのを待っていた。本当は二人の会話を盗み聞きしたくてたまらなかったのだが、なんとゴゴに止められたのだ。こっそり監視はゴゴがやるからおまえは大人しく引っ込んでいろと。恋のライバルにもちゃんと機会を与えろと。そう言われて内心憤然としながらもエドガーの部屋の近くで待っていたのだ。部屋から出てきたティナの様子を見ると、特に何かあったようではなさそうだ。エドガーは告白はしただろうが手は出さなかったらしい。

「あら?セッツァー」

ティナは目ざとくセッツァーを見つける。セッツァーはばつが悪い顔をする。

「よ、よお。エドガーに恋愛や結婚について聞いてきたんだろ?どうだった?」
「……………」

ティナはセッツァーをじっと見つめた。先程のエドガーの言葉が思い出される。

『ティナ、私の癒しになって欲しい。そして私はティナ、君を全力で愛する。誰よりも大切にするつもりだ』
(私はセッツァーの癒しになるのかしら?そしてセッツァーは私を愛してくれるのかしら?誰よりも私を大切にしてくれるのかしら?)

『ティナ、結婚は一生の問題だ。本当に自分が幸せになれる男と結婚すべきだ。そして私はティナを幸せにするに相応しい男だと自負している!』
(結婚は一生の問題。私が本当に幸せになれる男性はセッツァーかしら?セッツァーは私を幸せにしてくれるかしら?それに………私はセッツァーを幸せにすることができるのかしら?)

『夫婦の理想はお互い精神的に支え合う、そういう意味で互いに愛し合っている者同士だよ。私が君に癒しを求めているように、君にとっても私は癒しでありたい。頼れる男でありたい。互いに相手の真の幸せを望む。それが理想の夫婦であり、本当に結婚すべき相手だ』
(理想の夫婦とはお互い精神的な支えになること。私にとってセッツァーは精神的な支え?逆にセッツァーにとって私は精神的な支え?ただ愛し合うだけじゃないのね。お互い支え合う関係でなければ。互いにとって癒しになる存在。それが本当に結婚すべき相手。私はセッツァーの真の幸せを望むわ。でも、セッツァーの方はどうなのかしら?)

何やら真剣に考え事をしているティナにセッツァーは話しかけづらかった。

「ごめんなさい、セッツァー。私、今、考えることがいっぱいで。そ、そうだわ!明日になったら今度はマッシュに結婚や恋愛について聞いてみるわ!お休みなさい!」

そう言うと、ティナはセッツァーの返事も待たずに自分の部屋へ走っていった。そこへゴゴが現れる。

「よう、セッツァー。エドガーは思いの外真面目なこと言ったぞー。イヤらしいことしたら『おしおきメテオ』でも喰らわせてやるつもりだったんだが、案外マジだったよ。ティナの方も真剣になっちゃって。おい、セッツァー、本気でティナと結婚するなら覚悟を決めておくんだな!そう簡単にはおまえにやらないぞー!」
「ゴゴ、おまえはティナの何なんだ?」
「俺は俺なりにティナが好きなんだ!俺が認めた相手じゃないと結婚は認めないからな!軽い気持ちで女を落としてた今までと一緒にするなよ!」
「うっ……」


俺だってマジなんだよ!


そう言いたかったが、自分よりティナの方が遥かに真面目で真剣である。恋というものは軽い気持ちで楽しむのも一興だと思うのだが。セッツァーとしては、もちろんいずれは自分の女にして結婚するつもりだが、恋人の段階でも恋を楽しみたかった。

「さて、どうすっかな~、っと」





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