グレイはクローディアにメルビルを案内した。昨日クローディアが見たところは、宮殿まで真っすぐ目指してきたので他は見ていない。ただでさえ外の世界は初めてなのだ。慣れない都会を、グレイの案内に従って進んでいった。

グレイ「…疲れたか?」
クローディア「ええ。私は静かな森で育ったので人の多い所は苦手だわ…」
グレイ「では木々のある神殿の方へ行くか」

神殿の近くまで来ると、町の喧騒から遠ざかり、厳粛な雰囲気に包まれる。クローディアは1つの大木の下に腰を下ろすと、ブラウとシルベンを側に呼び、その毛並みを優しく撫で始めた。2匹は心底クローディアに懐いているようであった。

グレイ「…その2匹も旅に連れていくつもりか?」
クローディア「ええ。駄目かしら?皆、この子達のことを異様な目で見るけれど…」
グレイ「その2匹と一緒にいなければ心細いか」
クローディア「…そうね。グレイとはまだ会ったばかりだし、この子達がいるととても安心するのだけれど…熊や狼を連れて歩くのは変かしら?」
グレイ「森の中では普通かもしれない」
クローディア「そう。やっぱり外の世界ではおかしいのね。でも…そうね。私がもう少し外の世界に慣れるまでは待ってくれるかしら?」
グレイ「君がそう言うならそうしよう」

熊のブラウと狼のシルベンがクローディアにとって大切な友達だということはあらかじめジャンから聞いていた。グレイは敢えて何も言わなかったが、内心どうにかならないものだろうかと思っていた。護衛を頼まれているというのに、人目を引く動物達と共に行動するというのは得策ではない。グレイがそう考えていた時だ。

「クローディアさんだね?」

男が1人近づいてきたと思ったらクローディアに襲いかかったのだ。グレイは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、暗殺者を斬り伏せた。ブラウとシルベンも警戒して回りを見渡す。

クローディア「い、今の人は……?」
グレイ「宿に戻るぞ」

怯えた表情のクローディアを連れて、グレイは宿へ向かった。ブラウとシルベンはクローディアを守るようにして、他の人間達に対して鋭い眼光を放ちながらグレイについてくる。暗殺者は1人ではなかった。

「一緒にいる彼女、クローディアさんだろう?探したぜ!」

今度はブラウが真っ先に飛びかかった。熊の一撃にやられ、暗殺者は瀕死の重傷を負った。そこにグレイの無慈悲な剣が一閃する。

クローディア「グ、グレイ…」
グレイ「心当たりはあるか?」
クローディア「いえ…」

グレイは遺体が発見される前にクローディアと2匹の獣達を連れて宿へ戻った。

クローディア「何故私が命を狙われなければならないの?」

クローディアはわけもわからず自問自答した。グレイは黙って剣の手入れをしていた。ジャンに護衛を頼まれた以上、こういうことが起きると思っていたのだ。そしてブラウとシルベンにあらためて目をやる。この2匹と一緒にいると非常に目立つ。だからこそ暗殺者も場所を考えて襲いかかって来る。人の多い場所は却って安全なのだと思い知らされた。それに現実的に考えて手練れの戦士である自分と熊と狼を同時に相手をするのは分が悪すぎる。奴らは一旦退くだろうと判断した。

クローディア「ねえ、グレイ、教えて。どうして私が狙われるの?」
グレイ「…クローディア、さっきから気になっていたが、君のその珊瑚の指輪はどこで手に入れたんだ?」
クローディア「これは、私が生まれた時から持っていたと言われたわ」
グレイ「…そうか」

バファル皇族の特徴である栗色の髪とヘイゼルの瞳、そして皇族の印である珊瑚の指輪。グレイの中で答えは1つしかなかった。
クローディアはバファル帝国の皇族の1人なのだ。具体的に誰の娘かは知らないが。だからこそジャンもグレイに護衛を頼んできたのだ。
しかし、そのことはクローディアには告げずにいた。必要ならジャンが言うだろうと思ったからだ。自分はただ依頼を果たすだけだ。

グレイ「クローディア、君のことは俺が守るから安心して欲しい。例えどのような敵に狙われても俺が必ず守ってみせる」
クローディア「グレイ…」
グレイ「今日襲ってきた奴等については調べておこう。一旦メルビルを離れる。君はどこか行きたいところはあるか?」
クローディア「そうね…ジャンからもらった地図にはメルビルの他にゴールドマインという場所が載っているわ。そこへ行くのはどうかしら?」
グレイ「よし、わかった。その間にあの男達の調べもついているだろう」


グレイはその日の内にメルビル諜報部に暗殺者について調査依頼を出すと、翌日、クローディア達とゴールドマインへ向かった。
そこでは――モンスターの襲来を受けていた。

クローディア「た、大変!襲われている人達を助けてあげないと」

グレイは秘かにため息をついた。どうやらクローディアと一緒では平穏無事な旅は過ごせそうもない。まあ、波乱万丈の日々ならそれはそれで楽しめるが。

「突然モンスターがやってきて金庫を襲っているんだ!」
「……やられた……」

グレイとクローディアは金庫を襲っているゴブリンを倒した。その時、男が1人やってきた。

「モンスターに襲われたと聞いて来てみればたいした被害ではないようだな」
クローディア「あなたは?」
「私は帝国の大臣をしておりますパトリック。しかしモンスターが何の為に金を……?とにかく、金庫の被害を抑えられたのはあなた方のおかげです。お礼を差し上げます」

そう言うと、パトリックはそそくさと立ち去った。

グレイ「何の気なしにきてみれば、全く、とんだ災難だったな」
クローディア「でも、ここの人達にたいした被害がなくてよかったわ」
グレイ「…クローディア」
クローディア「何?」
グレイ「君の弓の腕はなかなかのものだな。それにブラウとシルベンも」
クローディア「グレイ、この子達を認めてくれたの?」
グレイ「…まあな」
クローディア「嬉しい!ありがとう、グレイ!」
グレイ「それはともかく、ここにいてもしょうがない。メルビルに戻るぞ。その頃には君を襲った奴らの調べもついているだろう」

グレイ達は次の日、メルビルに戻った。諜報部の調べによると、暗殺者達は下水道のどこかにあるサルーインの秘密神殿というところから現れているようだとの報告をうけた。グレイは1人調査に向かおうとした。ブラウとシルベンがいれば大丈夫だと判断したのである。2匹はクローディアを守るのに十分な強さを備え、尚且つ人目につく分、暗殺者も表立っては狙って来ない。しかし、クローディアの断固とした反対にあった。

クローディア「グレイ、あなたが行くのなら私も行くわ!」
グレイ「しかし…」
クローディア「あなたは私のガイドなのでしょう?だったらあなたの行くところには私も行くわ!それに、私だって自分の命は自分で守りたい。誰が何の為に私を狙っていたのか知りたいの」
グレイ「…クローディア…」

これまでのほんの数日間の旅でもそうだったが、クローディアはグレイと引き離されると思うと急に不安に襲われるのだ。いつもグレイと一緒にいたい。グレイから離れたくないと、そう強く思うのだ。その気持ちが何なのか、まだ彼女は気づいていなかった。グレイはグレイでこの気丈であり無垢でもある美しい乙女に惹かれつつあった。
十分な休息を取った後、彼らは下水道に侵入した。すると、予想外に盗賊と遭遇した。

グレイ「おまえ達泥棒だな」
盗賊「何だおまえは?怪我したくなかったらあっちいってろ!おい、てめえらはさっさと片付けちまえ!」
グレイ「泥棒をほっとけるか!」

グレイ達は盗賊を倒した。

盗賊「グフッ…熊…狼…あり得ねえだろ…普通…ガクッ!」

クローディア「……………」
グレイ「この上の家から盗まれたみたいだな」
クローディア「返してあげましょう」

グレイとクローディアは下水道から上の家へ上がった。

グレイ「誰かいないのか?」
パトリック「何ですか、この夜中に?ん!?あなた方とは前にお会いしましたね。おや?その金はゴールドマインで盗まれた金。何故そんなものがここに?」
グレイ「たった今あんたの家から泥棒達が盗み出そうとしていたんだ」
パトリック「そんなバカな!我が家にそんなものはないぞ!さては誰かが私を陥れる為に……」
兵士「パトリック!金塊横領の容疑で逮捕する!!」

予想外の事件に巻き込まれたグレイとクローディアは事件の当事者として事情聴取を受けた。このようなことは全くの初めてのクローディアはおろおろしており、グレイが主に受け答えをした。やがて、2人は謁見の間に呼ばれた。

パトリック「だからこれは陰謀だと言っとろうが。もし私がやったのなら金などさっさと別のものに鋳潰して証拠を消しておるわい」
コルネリオ「だがこちらの方々は盗賊があなたの屋敷から盗み出すところを捕らえたと」
グレイ「ちょっと待ってくれ。運び込むところだったかもしれない」
フェルY世「もうよい。パトリックには謹慎を申しつける」
パトリック「しかし陛下……」
フェルY世「おまえが横領したとは思っておらぬ。パトリックよ。だがおまえが反省せねばならんのはこのような事件が起きたことだ。皆の者、御苦労であった」

謁見が終わると人々は皇帝の前から下がっていった。グレイとクローディアも謁見の間から出ようとした時、皇帝フェルY世から呼びとめられた。

フェルY世「ああ、待て、そこの娘。そなた、名は何という?」
グレイ「…!!」
クローディア「……クローディアでございます。陛下」

皇帝はしばらくクローディアを見つめた。その目には懐かしさや父親の娘に対する愛おしさのようなものが感じられた。

グレイ(ま…まさか…)
フェルY世「……良い名だ……では下がってよいぞ」


特に何も気にしていないクローディアと引きかえ、グレイの胸中は穏やかでなかった。皇帝のクローディアを見るあの目つき。おそらくはクローディアはバファル皇帝フェルY世の娘なのだろう。これまではバファル皇族の1人だということしかわからなかったが、よりにもよって皇帝の娘だとは!グレイは驚きを隠せなかった。と同時に、身分が明らかになれば自動的に第1皇位継承者になるクローディアを何故自分のような者に護衛させたのだろうとジャンの人選を疑った。ジャンは元々人がいい。悪く言えばぼんくらなとこともある。グレイはクローディアの護衛に選ばれたことが自分にとって良かったのか悪かったのかわからなくなってきた。

グレイの胸中はざわめいておさまることを知らなかった。





次へ
前へ

二次創作TOPへ戻る