ここはポドールイのヴァンパイア伯爵レオニード城。ハリードはレオニード伯爵と夜遅くまで酒を酌み交わしていた。いつまで経っても部屋に戻って来ないのでエレン達は先に寝ることにした。
深夜、少年は目を覚ました。時計を見ると真夜中の三時である。ポドールイの空気は冷たく、城の中は不気味な雰囲気が漂う。暖炉の炎で室内は暖かいとはいえ、安心して眠りにつけるような場所ではなかった。ハリードはいつ部屋に戻ったのか、もうベッドで寝ている。エレンもサラも静かに寝息を立てている。少年は中途半端な時間に目が覚めてしまったことに困っていた。もう一度寝ようと思っても目が冴えてしまい、寝付けない。

その時、どこからか邪悪な気配がした。少年は思わず身構える。ここはヴァンパイアの城。いつ何が起きてもおかしくない。少年は刀を手に取ると、そっと部屋の外へ出た。
邪悪な気配の正体を探すと、そこには亡霊系のモンスターがいた。レオニードの配下なのだろうか?しかしその亡霊からは強い邪念を感じた。

「やっと見つけたぞ。宿命の子よ」

少年は一瞬、何を言われたのかわからなかった。そして徐々に意味を理解していく。

「ぼ、僕が宿命の子だって?まさか、そんな……」
「今までおまえに関わった人間は皆、死んだ。何故かと思ったことはないのか?それはおまえが宿命の子だからだ。かつての魔王も聖王も、関わった者は全て死んでいったのだ。善人悪人関係なく、自分と関わったもの全てが死んでいく絶望。その結果、魔王は死に魅入られ、死を背負った。聖王は死の息吹に耐え、死を跳ね返した」

少年はあまりのことに絶句した。自分の年齢ははっきりとわからないが、死食の前後に生まれただろうとは思っていた。今まで自分と関わった人間が全て死んでしまったのは自分が宿命の子だからだというのだ。信じられない気持ちがある一方で、そう言われると納得できる。

「宿命の子よ、アビスゲートを開け。魔王として君臨し、我ら魔族を受け入れよ。そして邪悪なるもの全てを率いて、この世を死と恐怖で支配するのだ!」

その亡霊系のモンスターは少年を連れ去ろうとした。少年は夢中で反撃する。そのうち周囲に何体も他の亡霊が現れた。退魔神剣を使って撃退するが、亡霊はどんどん増えてきりがない。少年は冷や汗をかいた。
その時、亡霊達が一瞬に消えた。気がつくとレオニード伯爵がいた。

「ヴァンパイアである私の城にアンデットモンスターをけしかけるとは、四魔貴族も愚かなものだ」

少年は今しがたの出来事に震えていた。そして恐る恐るレオニードを見やる。

「伯爵様………今の話を聞いていましたか?」

レオニードは黙ってうなずいた。

「このようなところで宿命の子と会いまみえるとはな」

少年はびくりと身体を震わせた。

「かつて死に魅入られた魔王は魔貴族を率いて世界を恐怖に陥れた。死を跳ね返した聖王は魔貴族をアビスゲートの先に追いやり、世界を安定させた。おまえは魔王の生き方を選ぶのか、聖王の生き方を選ぶのか、それともまた別の生き方を選ぶのか。自分で決めるがいい」
「……………」

少年はとても動揺していた。心臓がばくばくと波打っている。少年はしばらく黙っていた。

「伯爵様、ハリードさん達には僕のこと黙っていてもらえますか?しばらく一人で考えたいんです。自分自身のこと、これからどうすべきかを」

レオニードは静かにうなずいた。



翌朝、サラは少年の様子がおかしいのに気づいた。純粋に心配して声をかける。

「どうしたの?顔色が悪いわ」
「大丈夫だよ、サラ。昨日はたくさん戦ったから、まだ疲れてるだけさ」

少年は何でもない風を装った。レオニード城地下のダンジョン攻略はかなりきつかった。それは事実だし、この不気味な雰囲気の漂う城内では十分に疲れもとれないだろう。サラは少年の言葉を素直に受け取った。

ハリードは昨夜、夜遅くまで飲んでいたにも関わらず、何事もなかったかのようにぴんぴんしている。短時間で熟睡する術でも心得ているのだろうか。

「おまえ達、昨夜は悪かったな。レオニード伯爵と飲んでいたら思いの外、会話が弾んでな」
「別にいいわよ、ハリード。私達も今後のことを考えて話し合っていたところだわ」
「ほう?」
「昨夜、三人で話し合ったの。ハリード、私もサラも少年も改めてあんたについていくことに決めたわ。アビスゲートを閉じる為に四魔貴族と戦うことになってもね」

サラも少年も自分の可能性を試したい、自分の力でどこまでできるのか、やれるところまでやってみたいと言う。二人の健気な志にハリードは穏やかな笑みを返した。

「そうか。まあ、安心しろ。例え四魔貴族が相手でも、いざとなれば俺が守ってやるさ」
「たいした自信ね。私だって腕っぷしには自信があるわ。あんたなんかに負けないんだから!」
「ほう、頼りにしてるぜ」

エレンの勝気なセリフにも微笑するハリード。

「ところでおまえ達に頼みがあるんだが」
「何?」
「レオニード伯爵を旅の仲間に加えようと思うんだが」
「は?」

エレンは目が点になった。サラも少年も面食らった顔をしている。レオニードはポドールイの伯爵である。この領地をおさめる領主なのだ。そしてヴァンパイアでもある。

「昨夜、酒の席で『あんたも来るか?』って言ったら、伯爵の奴、予想外に乗り気になってしまってな」
「一体どんな会話したらそうなるのよ?だいたいあの方は伯爵なんでしょ?領地をほったらかしにして旅に出られるわけないじゃない。それにどう見たって引きこもりで自分から外に出ようとしないわよ。ヴァンパイアだし」

エレンがそうやってしゃべっている間に部屋をノックする音が聞こえ、当のレオニードが入ってきた。エレンは思わず口をつぐむ。レオニードは旅行用の服装に着替え、既に荷物も手にしていた。出発する準備が整い、旅に出る気満々のレオニードを見てハリードは呆れた。

「何だ、もう旅の準備ができたのか。早いな」
「いつも歴史の傍観者として時を過ごしていたが、たまには自らこの世の行く末を見るのも悪くないと思ってな」
「留守の間ポドールイの統治はどうするんだ?」
「この地は私が何百年もおさめている。しばらく不在にしたところで統治がゆるぐことなどない。短い間ならしもべに任せていれば十分だ」
「一つだけ注意しておくが、エレンとサラに手を出すなよ。二人共ヴァンパイアにはなりたくないだろう」
「心配しなくても彼女達を我が眷属にする気はない」

それを聞いても不安そうなエレンとサラであった。少年も昨夜のことがあるので内心怯えながらレオニードを見るが、彼は何事もなかったかのように平然としている。

「よし、それじゃあ行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ハリード!」
「それでは皆さん、改めてよろしく」

レオニードは礼儀正しくお辞儀をする。エレン達三人は顔を引きつらせ硬直した。
こうして新たな旅の仲間が加わることになった。なんとヴァンパイア伯爵である。
レオニードは早速提案を持ちかける。

「聞けばこのポドールイまで馬に乗ってきたとか」
「ああ、あれは借りた馬だからもう返してしまったぞ」
「それではこのポドールイでは私が馬を手配しよう」



ヴァンパイア伯爵が治めているこの不思議な街では白馬がたくさんいた。レオニードが手配した馬は全て白馬だった。全員が馬に乗ろうとしたところ、少年は思い切ってサラに話しかけた。

「サ、サラ!よ、よかったら僕と一緒に乗らないかい?」
「え?」
「乗馬は苦手なんだろう?」
「そうね。前はハリードに乗せてもらったけど、今度はあなたと乗るわ」

サラは少年と同じ馬に乗る。少年の顔は真っ赤だった。ハリード達はそれを見て微笑する。

「さあ、出発するぞ。次の目的地はキドラントだ」

ヴァンパイア伯爵という異例の仲間を加え、アビスゲートを閉じるという新たな使命を受けながら、ハリード達は旅を続けた。



・少年は自分が宿命の子であることを知っていたのか?

「僕に構わないで!」の理由は自分に関わった人間が善人悪人関係なくみんな死んでしまうから。これだけでは宿命の子であることを知っていたかどうかはわかりません。しかし、四つ目のアビスゲートを閉じる段階では知っているようです。初めから知っていたのか、物語の途中で知ったのか。本作では後者を選びました。そして私の独自の設定では、関わった人間が善人悪人関係なくみんな死んでしまうというのが宿命の子の特徴であるという解釈にしました。説明書や攻略本に書いてある死食についての冒頭文ですが、

死に魅入られ、死を背負ったその子は、長じて魔王になり、世界に君臨した。
死の息吹に耐え、死を跳ね返したその子は、長じて聖王になり、世界を安定させた。

とあります。関わった人間がみんな死んでしまった結果、「死に魅入られ、死を背負った」「死の息吹に耐え、死を跳ね返した」ということなのではと独自の解釈をしました。じゃあサラはどうなるのか? それはまた後程説明します。



ポドールイに白馬がたくさんいるというのは私独自の設定です。何故この設定にしたのかは12話でわかります。



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