ここははピドナ。トーマスは久しぶりにミューズに会いに行くことにした。ミューズの家に行くと子供達が泣いている。

「ミューズさま、苦しそうだよ……」
「ミューズさま~、お目め覚まして」
「俺があんな変な薬、もらってこなきゃよかったんだ」

一体何があったのか。ミューズは悪夢にうなされているようである。シャールはトーマス達を見るとこちらにやってきた。

「トーマス、ちょうどいいところへ来てくれた。私は今からミューズ様を助けに行く。君はここで様子を見ていてくれ」
「?何を言っているんですか、シャール。ミューズ様はここにいるじゃないですか。いったいどこへ行くんですか?」
「ミューズ様は夢魔の秘薬を飲んでしまったのだ。これを飲んだ者は眠りに落ち、夢を見る。そして、夢魔に意識を奪われるのだ。ミューズ様は今、夢の中で夢魔と戦っている。私も夢の中へ入りミューズ様を助けるのだ。この薬を飲んでな。夢魔に負ければ、良くて死、悪ければ夢魔にすべてを乗っ取られる。もし、我々が乗っ取られたら、迷わずに息の根を止めるのだ。頼むぞ。」
「ちょっと待って下さい。夢の中へは何人でも行けるようですね。私も行きましょう」
「いいのか、二度と目覚めないかも知れないんだぞ」
「危険なのはわかっています」
「では、行こう!」

シャールと共に夢魔の秘薬を飲むと、トーマス達は眠りに落ちた。目が覚めるとそこはピドナ王宮。ミューズの夢の中である。彼女は元ピドナの名族クラウディウス家の娘である。ピドナ王宮に行くこともあったのだろう。しかし辺りを見回してもミューズの姿は無い。どこか別の場所で夢魔と戦っているようだ。
夢の中は特殊な作りになっており、現実とは建物の構造が違った。夢の世界の中のモンスターはバクばかり。バクの涙は体力を回復する効果があり、ここでは心置きなく戦える。夢の中の不思議な世界。宝箱を取った部屋に入り直すとまた同じ場所に宝箱がある。中身は毎回違う。バクの涙、夢見る宝石、銀の手。

「これは…聖王遺物の一つじゃないか!」

シャールは銀の手を装備してみた。すると、負傷していたはずの右腕が昔のように動くようになった。

シャールは元ピドナの実力者クレメンスの部下。剣技、術ともに超一流の優れた戦士であった。近衛軍団にこの人ありと言われるほど民衆からの人望も厚い。それはクラウディウス家が没落した今でも変わっていない。元近衛隊の隊員達には今でも慕われており、市民の人望も厚い。かつての権力争いの際、クレメンスの死後も新たに実権を握ったルードヴィッヒに忠誠を誓わなかった為、怒りを買った。しかし民衆の反発を恐れたルードヴィッヒにより処刑されることだけは免れる。だが、命を取られる代わりに利き腕である右腕の筋を切断され、その戦闘能力を奪われてしまった。その後は槍と術で戦いを切り抜けてきた。

それが今、聖王遺物の一つである銀の手を装備したことにより、負傷した右腕が動くようになったのである。これなら夢魔と戦いミューズを助け出すことができるだろう。利き腕の能力が戻ったシャールは勇猛な戦いぶりを発揮した。
夢の中のピドナ王宮を彷徨っていると、やがてミューズを発見した。

「ああ、一人では無理だわ……お父様……シャール……」
「ミューズ様」
「あなた達どうやってここに?この夢は夢魔に支配されていて私は助けを呼べないはずなのに……」
「私達も夢魔の秘薬を飲んだのです」
「そんな!私の為に……命を賭けて……では、これは私だけの戦いではなくなりましたね。絶対に夢魔を倒して、目を覚しましょう」

トーマス、カタリナ、ノーラ、シャールはミューズと共に夢の中のピドナ王宮、王の間へ向かった。そこには今は亡きクレメンスの姿があった。ミューズとシャールを誘うクレメンスは夢魔の姿に形を変え、トーマス達に襲いかかってきた。夢魔は通常の攻撃の他に催眠で眠らせようとしてくる。しかしそれほど苦戦する相手ではなかった。旗色が悪いと見て夢魔は再びクレメンスの姿に変わった。

「ミューズ、愛しき娘よ…」
「お父様はもう、いないのよ!」

ミューズは拳を握りしめ、夢魔を殴りつけた。そして夢魔は消え去った。



トーマス達が目を覚ますとそこは元の現実世界。ピドナ旧市街のミューズの家の中だった。眠っていた彼らを見守っていた子供達がミューズに泣きつく。

「俺、あの薬ローブを着た人からもらったんだ。赤いピアスをした優しそうな人だったのに」
「あの人、教団の一番偉い人だよ!」
「マクシムスか!だが、何故マクシムスが……」

その時、夢の中で手に入れたアイテムが消えていった。バクの涙、夢見る宝石。しかし銀の手は消えない。そのままシャールの腕に装備されたままだった。現実世界でもシャールの右腕は銀の手を装備していれば昔のように動いた。夢の世界で手に入れたものが現実の世界でもそのまま残っている。しかもこれは聖王遺物の一つである。これは一体どういうことなのだろう。

「聖王遺物、こんな立派なものを俺が持っていていいのだろうか」
「いいじゃない、シャール。夢の世界から持ってきたものよ。誰のものでもないわ。それがあればあなたの右腕が動くのなら、ずっとあなたが持っていなさい」
「ミューズ様…」

ひとまず一件落着である。トーマス達は家に帰ることにした。しかしノーラは先程の子供達の言葉が引っかかっていた。

(赤いピアスだって…?)

神王教団のピドナ教長マクシムスは赤いピアスをしているらしい。ノーラは親方の仇を探している。手がかりは赤サンゴのピアスとジャッカルという言葉。

(赤いピアス…まさか…)

聞いたところによるとマクシムスは聖王遺物にとても興味を持っているらしい。ノーラの仇は聖王遺物の一つ、聖王の槍を盗んでいった。それに今回の夢魔の秘薬、マクシムスは一体何の為にミューズに飲むよう仕向けたのか。目的はわからないが夢の世界から手に入れた銀の手も聖王遺物である。
マクシムスは今日も教団員を集めて説教をしていた。

(しらじらしい奴ね、必ず尻尾を掴んでやるわ)



ミューズを夢魔から助け出した後、トーマスは単身ミュルスへ向かった。フルブライトの依頼がきっかけで設立したトーマスカンパニーの社長として出張することになったのである。様々な情報を入手しているうちにトーマスはモニカがツヴァイク公の息子と結婚する代わりに城を抜け出したことを知る。新たにプリンセスガードになった若い男を連れて二人逃亡したそうなのだ。

「ツヴァイク公の息子って言ったら評判悪いからねえ、モニカ様も嫌だったんだろうねえ」
「若い男と二人で逃げたって、身分違いの恋かねえ。駆け落ちかねえ」

この話を聞いてトーマスは唖然とした。

(ユリアンとモニカ様が……)

二人は今どこにいるのだろう。トーマスはこれから会社を大きくしていかなくてはならない。世界中でトレードをしていればそのうち会うこともあるかもしれない。
トーマスはピドナへ帰るとカタリナにこのことを話した。カタリナもまた驚いた。モニカは今まで自分が侍女兼ボディガードとして守ってきた。ゴドウィン男爵の反乱と、マスカレイドを奪われたカタリナが旅に出たのとでモニカのプリンセスガードが新たに結成された。男爵の反乱の際にモニカを護衛してくれたシノンの開拓民の一人、ユリアンという男もプリンセスガードに選ばれたということまでは聞いていたが……。ツヴァイク公の息子との政略結婚。元々評判の良くない男であったのでモニカが嫌がったのはわかるが……それでも若い男と二人で逃げるとは……。
カタリナはモニカのそばを離れるべきではなかったと思った。マスカレイドを奪われるなどという失態をしなければ今でも自分がモニカのそばにいたはずである。カタリナがいればこんなことにはならなかっただろう。

モニカは兄ミカエルを誰よりも敬愛している。その兄に何か不測の事態が起こった時、少しでも力になれるようにと、密かにカタリナに剣術、馬術を習っていた。カタリナもモニカの兄を思う気持ちを汲んで教えていたのだ。ゴドウィン男爵の反乱の際、それは発揮されることになった。馬で兄の元へ向かい、剣を取ってモンスターと戦った。モニカは一見、淑やかで大人しそうに見えるが行動力がある。それが今回、若い男と二人で逃げるなどという形で発揮されるとは……カタリナはモニカが心配になった。今どこにいるのだろう。もし旅の途中に出会うことがあったら自分はどうすべきだろうか。モニカの真の幸せを願うならツヴァイク公の息子との結婚はお勧めできないが、しかし……

トーマスもカタリナも、それぞれユリアンとモニカの二人を心配していた。



トーマスとカタリナ、ノーラが次にミューズの家を訪ねた時には、ミューズはすっかり元気になっていた。今まで病弱だったのが嘘のように顔は血色がよく、ベッドから起きていた。

「皆様、先日は本当にありがとうございました。私、あれ以来とても元気になりましたのよ。きっと、夢魔と一緒に病魔も退散したのですね。私にも何かお手伝いをさせて下さい」
「私とミューズ様は君達にとても世話になった。今度はこちらが手を貸す番だな」

シャールとミューズの申し出を聞いて、カタリナは事情を話した。トーマスに協力してもらってはいるが、マスカレイドの手がかりは未だ得られない。トーマスはトーマスで会社経営もしながら世界中を旅しながら見聞を広めるのが彼の目的である。その一環としてカタリナにも協力しているのだ。これらの話を聞いてミューズは外の世界に出たくなった。

「ねえ、シャール、私達もトーマスやカタリナ達と一緒に旅をしてみない?私、こんなに元気になったのは初めてなの。外の世界を見て回りたいわ」
「ミューズ様がそうおっしゃるなら私もお供します。ただし、モンスターが出るような危険な場所には行かないこと。いいですね?」

シャールとミューズも一緒に旅をすることになった。二人はピドナ旧市街の家を戸締りし、子供達にも別れを告げてトーマスの家にやってきた。

「トーマス、あなたは次はどこへ行くつもり?」
「ウィルミントンへ行ってフルブライトさんを訪ねるつもりなんです」
「行きましょう。世界中を旅してマスカレイドの手がかりを探さなければ」

トーマス、カタリナ、ノーラ、シャール、ミューズの五人はピドナから船に乗った。次の目的地はウィルミントンである。




銀の手はシャールに装備させることにしました。
シャールとミューズはトーマスの仲間になり、今後共に旅をすることになります。
主にトレード関連のイベントはトーマスにやってもらうことに。


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