数日後、ゴドウィン男爵の反乱もやっと落ち着いた。カタリナは一人夜風に当たっていた。人の気配を感じて振り向くとそこにはミカエルの姿が。ミカエルはカタリナに近寄ると、しっかりと抱きしめた。

「カタリナ………おまえのことを心配していた」
「モニカ様のボディガードにすぎない私を心配して下さるとは、もったいないお言葉です」
「そうではない。私はカタリナという一人の女性の心配をしていたのだ」
「ミカエル…さ…ま…………嬉しい」

カタリナは幼い頃からミカエルに尊敬と憧れの念を抱いていた。しかし、身分の違いからか、決してそのことを口にすることはなかった。ミカエルはいつも冷静沈着で誇り高く、落ち着きがある。カタリナにとってミカエルは完璧な、理想の男性であった。そのミカエルから思いを告げられ、カタリナは思わず舞い上がってしまった。理想とする憧れの男性が自分を一人の女性として見てくれる。心の中がとろけるような甘いもので満たされていくような気分である。
ミカエルとカタリナは夜のロアーヌを散歩した。ミカエルは普段と違って気さくに話しかけてくる。それも侯爵としての顔ではない別の一面を見た気分で、カタリナはすっかり有頂天になっていた。二人きりの散歩が終わり、元いた場所へ戻ったところでミカエルからマスカレイドはあるかと聞かれた。カタリナはそのまま取り出してしまう。

「ロアーヌ候家に伝わる聖王遺物マスカレイド。俺が欲しかったのはこれだ!」

なんとそのミカエルは偽者だったのだ。カタリナからマスカレイドを奪うとあっという間に去ってしまう。それは一瞬の出来事であった。カタリナはあまりのことにがっくりとうな垂れた。

カタリナは代々ロアーヌ貴族の家に生まれ、十五歳の時、剣の腕と真面目な性格を見込まれてモニカの侍女兼ボディガードに命じられた。その時に授けられたのが聖王遺物の一つでもある聖剣マスカレイド。これは代々ロアーヌ候妃に授けられる短剣であり、カタリナは非常に名誉なことだと思ったものだった。そして主の期待に応えようと日々鍛錬を積み、期待を裏切らぬようにと、真面目で一途なカタリナはひたすら精一杯努力を続けてきた。
それが恋心をつかれ、まんまとマスカレイドを奪われてしまったのだ。カタリナとしてこんな失態は、何より自分自身が許せなかった。

悔しい。悔しい。悔しい。何たる失態だ。想う御方が――いや、主君が本物か偽者かも見破れぬのか。許せない。許せない。許せない。マスカレイドを奪った者ももちろん許せないが一番許せないのは自分自身だ。何という愚か者なのだろう。
カタリナは悔しさと自分に対する怒りでいっぱいになった。そして――長く伸ばしていた髪を切った。美しい髪が滝のように流れ落ちる。



「カタリナ…どうしたのその髪!!」

長く伸ばしていた髪をショートヘアまで一気に切ったカタリナを見て、モニカは驚いた。マスカレイドを奪われたことに関して、カタリナは自害して詫びようかと考えたが、ミカエルに事情を説明し、取り戻す機会を与えてもらう。但しマスカレイドを取り戻すまではロアーヌには戻ることは許されない。否、カタリナ自身が戻ることを許さないだろう。ミカエルはカタリナほどの者が一体どうやってマスカレイドを奪われたのだろうと思い尋ねるが、カタリナとしてはそれだけは答えるわけにはいかなかった。ミカエルも重ねては問わなかった。悔しさを胸中にしまい込み、ミカエルへの恋心はさらに心の奥底に封じ込め、堅い決意の元、カタリナは旅立った。



一方、ハリードはミカエルとモニカに簡単に挨拶を済ませた。流浪の旅をしている彼はどこで何をするというあてもないのだが、ランスの聖王廟にでも行ってみようかと思っていた。シノンの四人組はロアーヌに滞在していた。ユリアンは今頃モニカのプリンセスガードの話を聞いているだろう。エレン達はおそらくロアーヌの街を歩いて回り、いろんな店を楽しんでいることだろう。そう思っているとハリードはサラを見つけた。サラは一人でいた。ずっとシノンという辺境の村に住んでいたサラにとってロアーヌは都会で真新しいだろう。ハリードはサラに声をかけた。

「サラ、どうだ?ロアーヌの街は」
「ハリード!シノンと比べると、とても大きくて人がたくさん。お店もいっぱいあって、素敵な街ね!」

ハリードとサラはしばらく話しながら歩いた。サラはハリードと別れてからのことを話した。ポドールイまでの道、ポドールイの街並み、ヴァンパイア伯爵と呼ばれるレオニードと不気味な城。財宝の洞窟の探検。サラにとっては初めて体験することばかりだった。ハリードは穏やかに相槌を打ってサラの話を聞いていた。

「ところでサラ、俺はこれから北のランスへ行ってみようと思っている。どうだ、一緒に来ないか?」
「えっ?一緒に行っていいの?」

サラはパッと顔を輝かせた。シノンを出て以来、サラは自分の中の何かが変わっていくのを感じた。これからは今までとは違う人生を歩んでいくのだ。何が待ち受けているかわからない。だが恐れず、外の世界へ足を踏み出すのだ。経験豊富なハリードが一緒にいてくれるのなら心強い。何も恐れることなどないのだ。

「ハリード、私、一緒に行くわ!」
「よし、明日になったら出発だ。ミュルスからツヴァイク行きの船に乗ろう」

ひとしきり喜んだ後でサラは姉のエレンのことを思い出した。

(でもお姉ちゃんが何て言うかな…)

まさか姉に何も告げずに旅立つわけにもいかない。サラはエレンを探した。



エレンはユリアンと話をしていた。

「エレン、俺は新しくできるモニカ様の護衛隊に入るんだ。エレンはどうするんだ?」
「別に何も決めてないけど?」
「それじゃ、元気でな!」
(な、何よ!この間までとずいぶん態度が違うじゃないの!全く!)

エレンは憤慨した。今までユリアンはエレンに対して気があった。それに対し、つれない返事ばかりしてきたエレンだったが、今まで自分にアプローチしてきた男が急に別の女のところに喜び勇んで行くのを見ると、それはそれで腹立たしかった。美しいモニカ姫の護衛隊。男として喜ぶのも無理はない。
そんなところへサラがやってきた。丁度良かった。妹と一緒にさっさとシノンへ帰ってしまおう。

「サラ、シノンへ帰るよ」
「ハリードと北へ行くの」
「は?何言ってるのあんたは?まだ子供のくせに。バカ言ってないで帰るわよ」
「私はもう大人よ!!お姉ちゃんの言うこといちいち聞く必要はないわ!」
「何ですって!何てこと言うの!あんたが一緒じゃハリードの邪魔になるだけよ」
「そんなことないよ。私だってお姉ちゃんがいなくても一人でハリードの手助けができるわ!」
「ダメよ!ハリードは遊びに行くんじゃないのよ。あんたなんかついてったら迷惑でしょう。一人じゃ何にもできないくせに」
「そんなことない!私だって一人で、お姉ちゃんなんかいなくたって大丈夫だもん!」
「ああ、そう。随分 お・と・な になったわね。わかったわ。じゃあ勝手にすれば!!一人で北でもどこでも好きなところへ行けばいいのよ!ふん!」


トーマスは祖父からピドナへ行くように言われた。そしてユリアンに別れを告げ、エレンとサラを探していたのだが、ちょうど二人の姉妹喧嘩に遭遇した。お互いそっぽを向いてしまったエレンとサラ。二人をなだめ、まずはサラと話をする。

「トーマス、ごめんなさい……」
「驚いたな~、二人が喧嘩するのを初めて見たぞ。一体どうしたんだ?」
「わからない……でも、でも、旅に出たかったの……そうしたら……」
「いいよ。エレンには俺から話しとくよ。大丈夫、わかってくれるさ」
「ありがとう、トーマス……」

サラはこのままシノンへ帰るのは嫌だった。もっと外の世界を見て回りたかった。姉のエレンに反発して喧嘩をしたのは生まれて初めてだ。サラは自分の中で変化が起きているのを感じた。

「わかってやれよ、エレン。あの子も、もう大人だよ」
「ごめんね、トム。サラがあんな風に私に口答えしたのは初めてなの。つい、かっとなっちゃって……」
「サラは一人で旅へ出るつもりなのかい?」
「違うわ。ハリードと一緒に北へ行くんですって」

エレンは初めてサラに反抗されて困惑していた。今まで大切な妹として守ってきたのが急に大人になって自立してしまったというのか。しかし姉としては心配である。外の世界を知らないサラがハリードと二人だけで旅をするなんて本当に大丈夫だろうか。



エレンはロアーヌのパブで一人座っていた。注文した酒はほとんど手付かずである。明日にはサラはハリードと共に北へ旅立つのだそうだ。自分はどうすればよいのだろう。考え込んでいるとハリードがやってきて隣に座った。

「どうした?みんな行っちまったのに何で残ってるんだ?」
「そんなの私の勝手でしょう!いちいちうるさいオヤジなんだから」
「そう怒るなよ、皺になるぞ。待てよ。トーマスから聞いたぞ。サラと喧嘩したらしいな」
「あんたと北のランスへ行くって。ダメだって言ったんだけど、言うこと聞かないのよ」
「サラも、もう大人だ。おまえの思い通りにはならんさ」
「ユリアンはモニカ様の護衛隊に入るってうきうきしてるし、みんな勝手よね。何か、寂しいような、悔しいような……」
「人それぞれ進む道は違うってことだ。エレン、おまえも自分の道を探すんだな」
「何よ急に偉そうに。でもハリードの言う通りなのかな……」

一人おいてけぼりを喰らったような気分のエレンはあることに思い当たり、ハリードを睨みつけた。

「ところでハリード、姉の私を差し置いて妹のサラを旅に誘ったのはどういうわけ?まさかあんたサラに気があるんじゃ……」
「何を言ってるんだ。旅は道連れというだろう。おまえより先にサラに会ったから誘ったまでだ。おまえに先に会っていたらおまえを誘った。だいたい、そんなに気になるならおまえも一緒に来ればいいだろう」
「え?」
「決まったな。明日になったらサラと三人で出発だ。ミュルスからツヴァイク行きの船に乗るぞ」
「ちょっとちょっと。もう、強引なんだから」



――翌朝、

「お姉ちゃん、昨日はごめんなさい。でも、外の世界が見てみたいの。だからお姉ちゃん、お願い!」
「しょうがないわね、サラは。わかったわ、一緒に行くわよ」
「ありがとう、お姉ちゃん!!」

仲直りをしたエレンとサラはハリードと共に旅立ちの準備をする。ミュルスの船着き場まではトーマスも一緒だった。

「ハリード、あてのない旅をしてるなら、ピドナへ一緒に来てもいいんだぞ」
「ピドナを支配しているルードヴィッヒとは昔いろいろあってな。奴の近くには行きたくない」
「残念だな。それじゃまたどこかで会おう」
「おう、おまえも元気でな」

「トム、元気でね!」
「ああ、エレンとサラも元気でな!」

ハリード達はツヴァイク行きの船に乗り、トーマスはピドナ行きの船に乗った。一足先にはカタリナが聖剣マスカレイドを求めて旅立っている。それぞれの旅が始まった。





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