ロアーヌ宮殿ではミカエルが日々、施政を行っていた。ロアーヌは産業が不足している。ミカエルは産業政策に重点をおいた。
「殿!パッペンハイム傭兵軍団から書状が!」
施政の合間に家臣がやってくる。パッペンハイムの書状は恐喝も同然の内容だった。大人しく言う通りにする必要はない。ミカエルは出兵してパッペンハイム傭兵軍団を蹴散らした。
ミカエルは施政とマスコンバットの日々に明け暮れていた。多忙な兄を密かに心配するモニカ。しかしモニカもたまには外出したかった。ゴドウィン男爵反乱の時に外の世界へ出たのがきっかけで、宮殿に閉じこもった生活は退屈に感じる。モニカはミカエルから外出の許可をもらいにいった。
ユリアンはモニカのプリンセスガードとしてロアーヌに仕えることになった。宮殿の女性達からは今までいなかったタイプの男性ということで注目を浴びる。何かと興味を持って話しかけられたり、親切にしてもらったりした。ユリアンは悪い気はしなかったが、宮殿の生活は随分と堅苦しいものに感じていた。そんな中、宮殿内でミカエルに会う。
「モニカの護衛を頼むぞ」
「は、はいっ!!」
ミカエルに会ったことで気を引き締めたユリアンはモニカの部屋へ向かう。モニカは淑やかな笑顔でユリアンを迎えた。
「まあ、ちょうど良いところに!お兄様が外出を許してくれましたの。護衛をお願いします」
ユリアンはモニカと二人きりで外出した。ロアーヌ近辺を散歩し、日当たりの良い場所を見つけるとモニカはそこでひなたぼっこを始めた。そしてユリアンに穏やかに話しかける。
「ユリアンって呼んでよろしいかしら?お兄様がそうしろと」
「もちろん構いませんよ。みんなそう呼びます」
モニカにとってはシノンの若者達もハリードも大切な恩人であるので『様』を付けて呼ぶべき相手だと思っている。しかしミカエルには家臣であるユリアンに『様』をつけるなと注意されてしまった。そのユリアンとの二人きりの外出。せっかくなのでモニカはユリアンと話をしてみようと思った。
「ユリアンは本は読むの?」
「いや、俺…私はそういうのは苦手で」
モニカの趣味は読書や花の世話である。しかしユリアンはあまり本は読まないし花の名前もろくに知らない。ユリアンはしどろもどろの返事ばかりしていた。相手はお姫様である。小さい頃からさぞかし優雅な生活を送ってきたのだろう。自分とモニカは住む世界が違うのだと感じた。いたたまれなくなったユリアンは少し離れた場所まで行ってしまった。緊張しているユリアンをモニカは穏やかに見つめていた。別段気を悪くしたわけでもなく、モニカはそのままひなたぼっこを続けた。やはり外の空気は気持ちがいい。昼の真っ盛りで暖かな日差しが空から降り注ぐ。そうしていると――
「キャー!」
「モニカ様!」
ユリアンが目を離した隙にモニカはモンスターに攫われてしまったのだ。慌てて探し回るユリアン。近くの洞窟が怪しい。モンスターもいるが今はたった一人である。無駄な戦闘は避け、ユリアンはモニカを探した。
モニカが目を覚ますとそこは暗い洞窟の中だった。そして先日反乱を起こしたゴドウィン男爵の姿が。
「逃げようなどと思うなよ、モニカ。ここのモンスターの餌食になるだけだぞ」
モニカは大人しく助けを待つ気はなかった。確かに一人ではモンスターに簡単にやられてしまうだろう。モンスターに見つからないように気を付けて進んでいると、吟遊詩人の格好をした男に出会った。彼は旅の聖王記読みなのだそうだ。詩を歌うと勝手にモニカに同行した。今は共に戦う仲間が一人でも欲しい。モニカは何も言わず同行を許した。
洞窟を進むと悪鬼がいた。その先は出口かそれともゴドウィンがいるのか。いずれにせよ悪鬼を倒さなければ先に進めない。モニカと詩人の二人では明らかに分が悪い。それでも戦おうとすると悪鬼はぶちかましで攻撃しようとしてきた。
その時ユリアンが現れ、ぶちかましをブロックした。
「モニカ様には指一本触れさせない!」
ユリアンとモニカと詩人の三人で悪鬼と戦い、辛くも勝利を掴むことに成功した。
「ユリアン!助けに来てくれたのですね」
「もちろんです!モニカ様の護衛をほったらかして帰るわけがありません!さあ、早くこの洞窟から出ましょう!」
「待ってユリアン。この洞窟にはゴドウィン男爵もいるはずです」
モニカは逃げることよりゴドウィンを探すことを優先した。ユリアンもそれに従う。そして洞窟の最奥部でゴドウィンを発見した。
「ちっ、私もとうとう最期か」
「ゴドウィン、大人しくしろ!」
「モニカの護衛よ、私を捕らえてミカエルから恩賞を得るつもりか?そうはいかん!」
「男爵、私達とロアーヌに戻って裁きを受けて下さい。あなたは私達兄弟の数少ない血縁の方。きっとお兄様も悪いようにはしませんわ」
「モニカよ、まるで聖王のような言葉だな。だが私がフランツを、おまえの父を殺したと知ってもそう言えるかな?」
「そんな!噂は本当なのですね……」
「どちらにしろミカエルは私を許すまい。もうおしまいだ」
その後、爆音が響き、洞窟は崩れ辺りは真っ暗になった。声を出し合って互いの無事を確かめる。ユリアンはなんとかモニカのそばに行こうとするが、暗くて何も見えないのであちこちぶつけてしまった。
「ユリアン!ああよかった。いなくなったのかと思いましたわ。ユリアン、手を握っていて。不安なのです」
「大丈夫ですよ。きっと助けが来ます」
「ユリアン、ごめんなさい。私の為にあなたまでこんなところに閉じ込められてしまって」
「モニカ様のせいではありませんよ」
「モニカで構いません。お父様が亡くなられて、そう呼んで下さるのは今ではお兄様だけです。さあ」
「モ…モニカ」
「もう一度」
「モニカ!」
「おおうるわしのロアーヌ~!おっと、これはいいムードのところを失礼」
「詩人さん、無事だったのですね」
「お二人は恋人ですか?」
「えっ?」
「いや、寄り添ってるからそう思ったんですが」
「どうしてそんなことがわかるんだ。この暗闇で」
「音でこの空間の大体の広さがわかります。お二人の息遣いでどのあたりにいるのかや、心の高ぶりまでわかるものですよ」
「この方を誰だと思ってるんだ。ロアーヌ候の妹君モニカ様だぞ。俺みたいなのと恋人のわけがないだろう」
そこで洞窟の外から音がし、光が射し込んできた。どうやら助けが来たようである。
モニカの誘拐事件もミカエルは極めて冷静に対処した。いつも冷静な態度を崩さないミカエルだったが、モニカを見ると安堵の表情を隠せなかった。
「無事でよかった。ユリアン、護衛のミスはモニカを救出したことで許そう。そちらの旅の詩人もモニカを護ってくれたこと、礼を言うぞ」
「なかなか貴重な体験でしたよ、ロアーヌ侯爵。では私はこれで失礼します」
誘拐事件が一段落ついた後、ユリアンは内密でモニカに呼ばれた。二人きりで話がしたいというのである。
「ユリアン」
「モニカ様!この間は本当にすみませんでした!俺のミスでモニカ様を危険な目に遭わせてしまって…」
「ユリアン、私のことはモニカで構いませんと言ったはずでしょう?」
「モ、モニカ…」
「あなたのおかげで私は危険な目に遭わず、無事に宮殿に戻ることができました」
モニカは静かに目を伏せた。長い睫毛がわずかに震える。ユリアンの方はモニカを呼び捨てにすることに戸惑っていた。
「ユリアン、少し私のことをお話してよろしいでしょうか?」
「な、何でしょう?」
「……私が物心ついた時、お兄様は既に完璧なプリンスでした。私とお兄様は八歳も歳が離れていますからね。私が七歳の頃、お兄様と二人だけのところを刺客に襲われたことがあるのです。お母様は平民出身でしたから、私達兄弟はよく命を狙われました。刺客に襲われた時、お兄様は傷だらけになりながらも敵を撃退しました。そして無傷の私に『無事か?』と尋ねたのです。私はそんなお兄様のことを世界一大事に思っています」
「そんなことがあったんですか…」
「はい。今はもうお父様もお母様もいません。みんな私のことはお姫様扱い。誰も私のことを『モニカ』とは呼んでくれません。今となってはお兄様だけ」
「……………」
「お願いです、ユリアン。二人きりの時だけで構いません。私のことはただ『モニカ』と呼んで下さい」
「は、はい。モニカさ…モニカ」
モニカはユリアンの手を握った。ユリアンの手は大きな手。日頃からシノンの開拓民として畑を耕していた、ごつい手である。モニカの手は小さな手。力仕事などしたことのない、手荒れも豆もできたことのない綺麗な手である。この場に他の人間は誰もいない。相手の手をしっかりと握り、互いに見つめ合う二人。ユリアンとモニカは心の中で何かの感情が湧きおこるのを感じた。相手を見ているだけで身体中が熱くなる。その感情は――
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